射抜かれた鶴(壱)
「待ってください」
「えっ……」
男性は、驚いたように夕鶴の方を振り返った。敬語からは隠し切れないほど、肩を掴む力は強い。元からなのかもしれないが、怒りを微塵も感じないほど無表情だったが。
「なぜ、鈴陽さまの部屋から出てきたのですか?」
その問いに、ぱちぱちと目を瞬かせた。男性は、焦りも悪意も無い、困惑だけを抱いた伽羅色の瞳を細めて、不思議そうに呟いた。
「鈴陽さま、のお部屋だったのですか?」
「……………はい?」
今度は夕鶴が目を瞬かせる。長い真っ白なまつ毛が、パサパサと小さな音を立てた。
夕鶴は少し黙り込んだのち、眉間に皺を寄せた。
「来たばかりの男房ですか?」
「え。……………まぁ、はい」
(間が語ってるんだよなぁ……)
ここは宮廷。基本的には、女の愛憎が渦巻く巣窟だが、貴族という点でみれば、男女共々、常日頃の心理戦を繰り広げている。フクザツな権力関係は知らないが、身分を隠したい人物は一定数いる。
おそらく、この男性もその一人。しかし、あの麗しさを見とれない男など数えられる程しかいないだろう。女の夕鶴でも、確信を持てた。
となると、この男性は、まだ鈴陽さまを見たことがない、来たばかりの何者かである可能性が高い。
「あそこは、宮廷にいる姫、鈴陽さまのお部屋です。間違えて入ったのであれば、以後お気をつけください」
「あぁ……申し訳ございません。ところで、道をお聞きしたいんですけれど、よろしいでしょうか?」
あぁ、と夕鶴は、心の中で相槌を打つ。たしかに、迷っていたのであれば、探し物があったわけだ。
「手短にお願いします。鈴陽さまのお部屋の準備がございますので」
「ありがとうございます。では……」
その時だった。
「きゃああああぁぁぁぁぁあああ!!!」