鶴との出会い
(鈴陽さま、大丈夫だろうか……)
夕鶴は、鈴陽の私室に戻ろうと廊下を歩みながら、ぼうっと考える。
要らぬ心配であることは分かっている。鈴陽は聡明な人だ。皇后に呼ばれる機会が初めてなわけでもないし、うまく取り繕えるだろう。
「……………」
縁側から見える庭園を見つめる。色とりどりの花々と、冷たそうな小川、切り揃えられた冬の緑の木。花が咲きにくい冬でも、彩りを保とうと庭師が頭を捻ったのだろう。
そうやって、庭師の作った彩り。これを、鈴陽は生まれつき見えていなかったのか。
鈴陽は、生まれつき重度の白内障だった。この時代では、もちろん知られていない。そもそも、白内障になるほどの歳を重なる者が少ないのだから。
鈴陽の白濁した瞳は、たしかにびっくりしたが、夕鶴はあまり気にしていない。むしろ……。
ドンッ
夕鶴は現実に引き戻され、ぶつかってしまった方を見た。宮廷では珍しい、男性だった。
夕鶴は一歩下がり、頭を下げた。
「ぶつかってしまい、申し訳ございません」
自身よりも長身の男は、驚いたように目を見開いていた。おそらく髪のせいだが、相手が上か下か分からない今、むやみやたらに聞くのも良くない。
「……ああ、こちらもすまなかった。少々、考え事をしていてな」
(私もですがね)
なんたる偶然。いや、ぶつかったのだから、一種の必然だろう。こんな開けた廊下、考え事をしていないで気付かないのは異常だ。
「では」
夕鶴は一礼をし、足早に鈴陽の私室に入った。
「……………ん?」
心の声ではない。素で出てしまった声。
そう、開けた廊下。考え事をしなくては、気づく場所。しかし、気付く、気付かないというのは、ぶつかってしまった原因なだけである。その瞬間さえ気付かなくとも、後になれば、なぜ気付かなかったのだろうという光景を思い返せる。
そう、夕鶴は思い出した。あの男が、鈴陽の私室から出てきたことを。
「あンの、変態……ッ!」
夕鶴は、部屋を飛び出した。