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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望

私の前世は、恥の多い一生だった。

三人兄弟の長男として生まれた。父は零細企業の中間管理職で、母親はフリーランスのアロマセラピストだった。一家は男女男の三人のクソガキが居たので、貧乏とは言えないが並の暮らしとも言い難い家庭だった。

他の人間は知らないが、私の耳に聞こえてくる一般家庭の姿とは長期休暇にはどこかしらの娯楽施設に一家で出かけ、食卓は家族揃って囲い、親は子供のやっている習い事をそれなりに支援してくれるものなのらしい。"らしい"というのは、自分の目に映る家庭の姿と同年代の子供が口にする家庭の姿とでは、余りにもかけ離れていたからである。


父は、モラルを母親の胎内に置いてきたようなクズだった。それも、猫被りが上手な男であった分…私の心象は最悪だった。男は、零細企業の管理職とは言いながらも、その実は倒産寸前の零細企業に務める営業課の管理職で、母からの再三に渡る転職の提案を突っぱねて遂に失職した頭の悪い存在だった。その上、家庭ではありもしない過去の栄光を嘯き、「俺は剣道で国体に行ったのだ」とオウムのように毎晩大声で叫び続けていた。過去の栄光を語る割に、過去の栄光を物語る表彰状やトロフィーを彼の部屋は愚か、彼の実家でも見つからない時点で、私は彼を内心嗤っていた。そして、彼の実家にある男からすれば弟にあたり、私からすれば叔父にあたる人間の部屋だった場所に叔父の写真がひっそりと飾られているのを見た時、私は心底男を軽蔑した。その写真には、"国体"の名が掲げられた横断幕を背にトロフィーを抱き締める若き日の叔父の姿が遺されていた。

男がなぜ自らを偽るのかに関しては、興味の欠片もなかったので遂に聞くことはなかった。だが、それだけならば彼を軽蔑する事はなかっただろう。ある時、男は我々兄弟や母の生命保険を勝手に解約して得た金で、自らこさえた秘密の借金を完済したのだ。更に、私の実家をローンで購入する際に母の祖父母から借金した金銭を返済せずに半ば有耶無耶にした。極めつけは、倒産寸前の零細企業に固執する愚かな自分から目を逸らし、酒に溺れて私と妹を嬲り続けたのだ。



『野球チームからもらったジャージの苗字が間違ってる?ははっ、そりゃ間違えられるだろ。だって、お前はチームのレギュラーでもなければ補欠でもない。"その他"なんだから。居ても居なくても変わらねぇやつの名前覚える人間なんて居るか?』


『受験、失敗したんだってな。まぁ、勉強してないから当たり前だろ。ホント、金ばっかかかるよな。新聞配達でもしたらどうだ?自分の学費くらい稼げるだろ?15歳なんだし。』


『はぁ…私立なんて聞いてねぇよ。なんで、高校も大学も私立なんだよ。文句ばっかで実力もねぇやつの卒業式で泣く馬鹿がどこに居るんだよ。』



思い返せば、16歳の頃に酒に酔った男を金属バットで殴り潰した時以来、男は私への暴力から暴言による攻撃に切り替えたのだったな。そして、18歳の時が人生の分岐点だった。

私は、家族仲に恵まれなかった。しかし、幸運な事に交際相手には恵まれた。友人…とまでは行かなくとも、それなりに社交的な話をできる知人にも恵まれた。何よりも、私の家庭環境に涙を流して、父の虐待と夫婦間の冷え込みによる母の自立志向によって、親と食卓を囲う事もなければ親と時間を共有できなかった私の孤独を癒してくれた。そんな人が居るだけで、私は生きていても良いのだと感じた。

だが、私が彼女に返せる事は多くなかった。彼女は何もしなくて良いと言ったが、私の気は済まなかった。母はセラピストという事もあって、それなりに裕福な客を相手にする事が多かった。当然、客はなぜか母の接客へ支払った額よりも遥かに高そうな菓子折りを母に渡してきて、それが私の手元に来るという事は珍しい事ではなかった。だから、私は母から渡された菓子折りの一部を小綺麗に包装し直して、彼女へ事あるごとに贈っていた。

私の家庭はお小遣い制度をできるような裕福な家ではなかったので、毎年貰える3万円前後のお年玉では年に数回デートするのが限界だった。大抵は、近くの公園でデートとは名ばかりの井戸端会議を公園のベンチでする事が大半だった。それか、自分に付き合ってトレーニングという名目で母からもらった金で陸上競技場で私のトレーニングを手伝うかの二択だった。

小説や漫画、ドラマのような交際関係はできなかったが、それでも私は彼女を愛していたし、その時はそれで十分だった。


そんなある日、私は母が毎度の如く持ち帰る客からの菓子折りを小綺麗に包装して冷蔵庫へ保管して翌朝の彼女とのデートに贈ろうと考えていた。しかし、風呂から出て冷水を飲もうと冷蔵庫を開けたら、私の包装した菓子は包装をビリビリに破かれて無造作に置かれていた。

私は勢いよく冷蔵庫の扉を閉めると、その場に居た妹と弟を威圧するように冷蔵庫を触ったか確認した。二人が首を横に振ったのを確認して、私は玄関から金属バットを持ってきて男の部屋の扉を破壊して、男を部屋から引き摺り出した。二階の階段から強引に突き落として、下階に落とされた男の腹を二階から飛び降りて踏み潰し、私は男をリビングへ引き摺り込んだ。


突然の暴力に晒された男は、痛みの感情に任せて私へ殴りかかってきた。私は咄嗟に、机にあって弟の水筒で男の顔面を殴り飛ばして、水筒が変形するまで男を一方的に殴り続けた。水筒の蓋が衝撃に耐えかねて壊れたのを見ると、私は水筒にこびりついた蓋だったものを男の眼球目掛けて振り下ろした。

男の目を使い物にならないようにして、上下関係を徹底的に躾ようとしたその時、妹からのメールで仕事から急いで帰宅した母に羽交い締めにされて止められた。私は、男を躾ける事を止められた事に怒り、母へ鈍器を向けたがまたしても腕が動かなかった。醜悪な顔でこちらを見つめる妹に、もう一方の腕を掴まれて私は動けなくなった。

女二人とは言え、両腕の関節を完全に抑えられている私では、対抗する余地などなかった。それから、自由になった男は逃げるように外へ飛び出して消えた。


地獄はそこからだった。

私を磔にする裁判が始まったのだ。弁護人など居ない。母は私を出て行くように迫った。妹と弟は泣きながら、私の蛮行に対する母の処罰に賛同した。私は事のあらましを説明したが、母の同意は得られず。翌日、私は大学受験を控えた12月に住居近くの家賃2万円のボロアパートに監禁された。当然、引っ越し業者などは居なく。私は高校から帰宅すると、人目をはばかって深夜にガラガラと音を立てる台車に自分のものを置いて、運び続けた。10日間に渡って自分の荷物を深夜に運び続けさせられながら、受験勉強をする私はどんな顔をしていたのだろうか?

きっと、私は今までになく笑顔を振り撒いているように見えたのだろう。彼女は私の家庭環境を知って、普段は仏頂面の私が笑顔を絶やさないのに大層喜んだ。醜く歪んだ私の顔が褒められるとは、随分と私も道化師の才能があったものだ。


母からは、引っ越しが終わるとにこやかな笑顔で「一人の時間が作れるから良かったね」と言われた。その時、何かが崩れる音がした。



大学受験では国公立を志望したが、私は私立の平凡な大学に入学した。決して、Fラン大と呼ばれるような大学ではなかったが、人に誇れるような学歴となる大学でもなかった。まして、私はその大学にスポーツ推薦やスポーツ目的で入ったわけでは無いのだから。

受験が終わった後の私の生活は、陰鬱としたものだったが、卒業式を終えた直後から始めたバイトでそれなりにいい時給で働く事ができたので、私は陰鬱とした心を封じ込めてバイトに勤しんだ。


今までは、交際相手に何もできなかったが、お金を稼げるようになれば彼女とたくさんの思い出が作れるし、今までやりたくてもできなかった経験ができる。そう考えて、私は大学の学費を払いながら必死に切り詰めては働いてを繰り返して、8月の長期休暇に彼女とたくさん遊ぼうと考えていた。

だが、夏季休暇が始まった最初の日、私は彼女にフラれた。彼女曰く、私と全く会えない事が浮気なのではないかと疑って自分を信じられなくなったらしい。そして、一度距離を置きたかったらしい。"らしい"というのも、今私の前で彼女が懺悔しているので、彼女の言葉が正しいのならば事の真相はそうなのだろう。

ああ、なぜ彼女が私の前で懺悔しているのかと言えば…私は彼女にフラれた後、頭が真っ白になってそのまま餓死したので、彼女が葬式に出席しているからである。彼女の啜り泣く声に、私は幽体というか精神体的なものとなって彼女の目の前に現れた。原理は分からないが、腐った私の身体に縋る彼女を触れる事もできなければ、話しかける事もできないのでそういう事なのだろう。


そんな彼女だが、泣き終えたと思ったら、おもむろに鋭利な包丁を取り出した。



「私がもうちょっと、大人だったらこうはならなかったのかな?ごめんね、私もすぐにそっちに行くから。こんなにも愛してくれた貴方の事を疑った私なんか、死んだ方がマシだよね。」



彼女は乾いた笑いを浮かべると、私の目の前で自殺した。私は、咄嗟に声を出して止めようとしたが…彼女に声が届くこともなく、彼女が私に覆い被さった音を聞いたのを最後に、私の意識は途絶えた。

ほぼ実話

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