二重スパイ
「昨年の聖女祭の時に、惚れ薬が入った飲み物を、私に渡していたでしょう?」
「……」
司教様からの指示とはいえ、全く効いていないとは思わなかった。普通に考えても犯罪だ。いくら聖女とはいえ、許されないだろう。
「うちの家系は、代々騎士のせいか、ちょっとした魔術や魔術薬は効かないんですよ」
「すみません」
「それに、そんな事をしなくても、貴方は十分に魅力的だ」
「ありがとうございます?」
「教会からの指示なのですか?」
「……」
「そうか。あの、ゲス野郎ども──おっと、すみません。すぐに陛下に報告して……」
「待ってください」
私が必死にライナス様の腕を掴むと、ライナス様は赤面していた。
「え、エレナ様?」
「実家に、父と母がいます。『言うとおりにしないと、両親の命はない』と脅されています」
「なんて卑劣な……」
「それに──王族と教会に亀裂が生まれるのも、よくないかと思われます」
「しかし……」
「ライナス様には、惚れ薬が効かなかった。そういう事にして──どうか、国王陛下には内密にしておいていただけませんか? 父と母には、何があっても生きていて欲しいのです」
「そういう訳には、いきません」
やっぱり無理か──そう思い、泣きそうになりながら、ライナス様を見上げると、予想外にもライナス様は困り切った顔をしていた。
「では、国王陛下には、ご両親の身の安全が確認出来るまで、報告は見送る事に致しましょう。ここからは、私の独断になりますが……」
ライナス様の話は長かったが、端的に言うと魔術薬にかかったふりをして、教会や司教様の悪事を暴きたいという話だった。
「私に二重スパイなど、務まるでしょうか?」
「なに──私以外に、誰も知らなければいいことです。いざとなったら、私を切り捨てて敵側に寝返ればよいのです。煮るなり焼くなり。私の事は、好きにしてください。貴方のためになら、命をかけても構わない。初めて、そう思える方に出会えたのです。自分の命と引き換えに、貴方が助かるなら本望だ」
「そんな……。私など──」
「騎士団長の代わりなんて、いくらでもいます。ですが、聖女様の代わりはいません。どうか、『私など』と言わずに、私を頼って下さいませんか?」
「そんな。本当に? 頼っていいんでしょうか?」
「もちろんです。私にお任せください」
今までスパイ活動をさせられているなんて誰にも言えなかった。ライナス様の笑顔に気が緩み、私の中にある張り詰めていたものが決壊していくのを感じていた。いつの間にか涙が溢れ──視界は歪んでいった。
「ライナス様……」
「大丈夫。ずっと側にいて、私がお守り致しますよ」
ライナス様は私を抱きしめると、泣き止むまで、ずっと側にいて抱きしめてくれていたのだった。
♢♢♢次ページからは『番外編③』になります♢♢♢
サラの城での生活──とある一日です。




