四つ葉のクローバー
「えっとね、真っ直ぐ行ったら草の生えてる場所に出たの‥‥‥。だから少し戻って、いい匂いがしたから、そっちの方にも行ってみたの‥‥‥。そしたら騎士の人が、たくさんいて‥‥‥」
彼女のたどたどしい話を聞いている内に、僕は何が何だか分からなくなっていた‥‥‥。まるで、謎かけである。
「まぁ‥‥‥。綺麗なお庭ですねぇ」
「おそれいります」
「なぜ、エリオットがおそれいるの?」
僕は、しまった!! と思った。いつもの調子で答えてしまったのだ。庭を褒められたらそう言うようにと何回も言われていた為、言葉が身体に染みついてしまっていたのだ。
「城に勤める者として、嬉しかったからですよ、お嬢様」
「へぇ‥‥‥。そうなのね。ねぇ、エリオットそれやめない?」
「‥‥‥え? 何をですか?」
「その、『お嬢様』って言うの‥‥‥。私は『アイリス・グレイ』よ」
「では、なんとお呼びすれば?」
「決まってるでしょう? アイリスよ」
「アイリス様?」
「アイリス」
「しかし、呼び捨ては‥‥‥」
「私が『いい』って言ってるのよ? レディに対して失礼だわ。ちゃんと言わないと、お父様に言って、貴方には罰を与えるんだから」
「レディに失礼‥‥‥。プッ‥‥‥」
湧き上がる笑いを抑えることは、僕には出来なかった。
「笑ったわね‥‥‥」
「も、申し訳ありません。それで、罰とは何でしょう?」
「貴方には、家に来てもらうわ」
「えっ?!」
「だって、つまらなさそうなんだもの。顔色だって、子供にしては良くないし。きっと『待遇』が良くないのでしょう。家に来なさい‥‥‥。子供がする顔つきじゃなくってよ」
「難しい言葉を知っているんですね‥‥‥。それに、貴方も子供では?」
「それも、そうね‥‥‥。私、何でそんな事を言ったのかしら‥‥‥」
「ありがたいお話ですが、私には城を離れられない理由があるのです‥‥‥。仕事がありますから」
「そう‥‥‥。残念ね。あっ、四つ葉!!」
さして残念そうな様子には見えなかったが、彼女は僕の手を振り払うと、庭にある草花へ向かって一直線に走って行った‥‥‥。迷子になった理由が、何となく分かった。
「ねぇ、エリオット知ってる? 四つ葉のクローバーは幸運を運んでくるのよ」
「幸運?」
「いいことが、あるって事。貴方には、これをあげるわ」
「いいのですか? それは、アイリス様が見つけたものでは?」
「いいの‥‥‥。だって、貴方の方が辛そうなんだもの。こういうのは『願う心』が大事なんだって、誰かが言ってたわ」
「それでは、ありがたく頂戴致します‥‥‥。ありがとうございます。嬉しいです」
僕は生まれて初めて貰ったプレゼントが嬉しくて、泣いてしまいそうだった‥‥‥。洋服の袖で涙を拭うと、四つ葉のクローバーを受け取り、そっと内ポケットへしまった。
「‥‥‥泣いてるの?」
「いいえ‥‥‥。これは、『心の汗』です」
「‥‥‥そう」
彼女は嬉しそうに笑っていた。彼女が笑った瞬間、庭の草花が色づいて見えた‥‥‥。今まで色は見えていたが、見え方が違っていた。
その時から、僕の日常は『灰色の世界』から、『色つきの世界』に変わっていった。