望み
「いないもの? その公爵家に、ヘンリー様が預けられていたのかしら?!」
「どうなんだろう──詳しい話は、私にも分からないんだ」
「そうなのですね……」
「アイリス──話が変わるけど、侍医に聞いた話では、兄上は以前より随分と心身共に弱っているみたいなんだ」
「確かに、操られていたのであれば、精神的に病んでしまうかもしれませんね」
私達は顔を見合わせると、肩をすくめた。
「……エリオット様、もう終わりですよね!! これ以上、何も起きませんよね?!」
「うーん。何とも言えないけど、これ以上、何も起こって欲しくはないよね」
「本当に……」
疲れていた私達は今までのことを思いだし、しばしの間、沈黙してしまう。ふと、エリオット様が口を開く。
「──アイリス、3ヶ月後には結婚式が行われる。いろいろあったけど、私と結婚してくれる?」
エリオット様が私の両手を外側から包みこんで、私の瞳を覗き込んでいた。
「私は……」
私はエリオット様の事が好き。でも、何だろう? 何かが違う気がする。ずっと、心の何処かで何かが引っ掛かっていた。
「エリオット様の側で、お支えしたいと思っております。けれど……」
「けれど?」
「国王になるのならば、私以外の人間を、いずれは妃として迎える可能性もあるのでしょう? 私は心の狭い人間なので、それには耐えられそうにもありません」
私は前世が日本人だったせいか、王族に適用される『一夫多妻制』という制度が、どうしても受け入れられなかった。記憶を思い出してからは、余計に受け入れられないと感じていた。
「アイリスがそう思うなら、私はアイリス以外の人と、結婚しないと約束するよ」
「いいのですか? 国王になる人間が、そんな事を軽々しく言っても。跡継ぎ問題もあるのでしょう?」
「いざとなったら、優秀な候補を何人か立てて、誰かになってもらえばいいさ」
「でも、それでは何代も続いた王家が──」
「そんなことを言っても、アイリスは私が他の人と結婚するのは嫌なのだろう?」
「はい。いつも傍にいたいです」
「我が儘かもしれないが、私は周りを巻き込んだり、自分の本当の望みを捨ててまで、王になりたいなんて到底思えないんだ。本当は兄上に継いで欲しかったのだが──アイリス、君の望みはなんだ? 君の望みが私の望みだよ」
「私は──王家とか公爵家とか関係なく、ただエリオット様と幸せになりたいです」
「分かった。それは私が必ず叶える。もし反対されて、どうしようもなくなった時は、二人で国外へ一緒に逃げよう」
何だか泣きそうな気分だったのに、エリオット様のあまりの勝手さに、少し笑ってしまった。




