服従の魔術
ゴォッ────
壁の内側を削られるような音に、三人は驚きで動けなくなり、その場に立ちつくしていた。
「!!」
オーベル様が私達より早く我に返ると、謁見の間の扉を勢いよく開けた──すると、中から白い煙が出てきて、あたり一帯に充満してしまう。
謁見の間の玉座には、国王陛下と王妃様がいるはずだったが、白くて見えなかった。隣からエリオット様の嗚咽する声が聞こえる。
「うっ、何だこれは……」
「殿下、これは魔素です。煙とは別に魔素が流れてきています──お逃げください。私とアイリス様は魔術具を着けておりますので自然と調整できますが、魔素を調整できない身体には有害でしょう。たくさん取り込むのは危険です」
「アイリスとオーベルは、平気なのか……。一体どうしたというんだ?」
「おそらく、魔素が大量に発生する装置を持ち込んだのでしょう。殿下、失礼致します」
オーベル様は、エリオット様を肩に担ぐとその場を離れた。
「アイリス様も、どの様な状況か分かりませんので、この場からお逃げください」
「はい」
返事をしたものの、すぐに身体は動かなかった。中から高笑いした女性の声が聞こえる。
「あははははは────これで、ようやく母の敵が討てるわ」
「えっ……」
私は思わず開かれた扉の方を見てしまった。視界の先には、煙の中に佇む一人の女性が見える。煙が収まるにつれて、国王陛下と王妃様が倒れているのが見えた。
「──誰?」
思いがけず、ヘンリー王子の婚約者と目が合ってしまった。こうなったら、逃げても仕方がない。早く国王陛下や王妃様を助けなくては。
「私はエリオット様の婚約者、アイリス・グレイよ。自分から名乗るのが礼儀ではなくって?」
「へぇ、あなたがそうなの? 私はエリオットの妹、クリスティよ。昔、そこにいる女に騙されて、私の母は死んだわ──これは、その報いよ。償いなさい」
クリスティが、こちらを睨みながら威圧してくる。
「エリオット様の妹? もしかして、病気でアーリヤ国で治療していたけど、亡くなったという……」
「何を言っているのかしら。私は死んでなんかいないわ。そこにいる女の企みか何かで、この国で私は死んだことになっているの? へぇ、そう。残念だったわね。私は生きているし、復讐をするために、ここへ来たのよ」
クリスティは乾いた笑いをすると、再び私を睨んだ。
「どうして亡くなったことに──何か事情があるはずだわ。王妃様に話を聞いてみましょう」
「詭弁だわ。マヌーヴル!!」
クリスティが叫ぶと、王妃様は操り人形のように立ち上がった。口からヨダレを垂らしたまま目が見開いていて、何も見えていないかのように、前を見据えている。正常な状態でないことは明らかだった。表情から、かろうじて意識があることは分かったが、きちんと自我を保てているのかどうかは、判断がつかなかった。
右足、左手、左足、右手の順番でロボットの様に前進して来る──なかなかシュールな光景だ。異様な雰囲気に呑まれそうになりつつも、前を見据えているとオーベル様が戻ってきたのか、後ろから声が聞こえた。
「アイリス様、ご無事でしたか」
「オーベル様、あれは……」
「あれは──おそらく服従の魔術でしょう」




