違和感
次の日の朝早く、アーリヤ国の人達は帰っていった。何でも魔術陣を使った、転移魔術を使えば一瞬で、自国まで帰れるらしい──どおりで、伝書鳩を送った数時間後に、こちらへ来れた訳だ。
「エリオット様、お疲れ様でございます」
見送りをしていたエリオット様は、イル王が帰ると小さな溜め息をついていた。
「アイリス、本当に疲れたよ。お疲れ様」
「お疲れ様です。話し合いは、どうでしたか?」
「カルム国の国家予算1年相当の賠償で、手を打ってもらったよ。それには、あの紙の内容も含まれている」
「上手くいって良かったですね」
「ああ。ただ、兄上のことはあまり聞けなかった。無事なのは口頭で確認できたのだが」
私達は来た道を戻りながら、話し続ける。
「ええ。私もリン王女からヘンリー様は保護されていると聞きました」
「どうしたものかな……。結局、キース国王時代のことは、聞けずじまいだったし」
「そうですね」
「兄上の容態が落ち着いたら、連絡すると言っていた。そしたら、誰かに迎えに行ってもらおうかと思っている──たぶんオーベルに、頼むことになるだろう」
(アーリヤ国の情勢は、落ち着いているのだろうか? 迎えに行くのも大変そうだ)
「分かりました。私も行きます」
「いや、アイリスは城にいてくれ。私が心配だ」
「分かりました」
「いろいろ言って、すまない。アイリスには、いつも助けてもらっているのに……」
エリオット様は、渡り廊下の途中で立ち止まると俯いていた。
「エリオット様──どうかされましたか?」
「……いや、これで事件が全て収まった気になっているが、母上の毒殺未遂事件が、まだ解決していないだろう?」
「あれは……。確か犯人がメイドでしたよね? ヴァイオレット公爵が裏で指示していたのでは、なかったのですか?」
「今のところ、確証がない。でも、なんだか小骨が喉に引っ掛かっている様な、違和感があるんだ。何か見落としているような……」
「確かに。今までの事を思い出すと、不可解な点も多いですよね。アーリヤ国のスパイが全てやった事であれば、納得できるのですが」
「ああ。司教は自害してしまったし、聖女エレナは脅されていただけで、ほとんど何も知らされていなかったみたいだしな」
「……」
「……」
私達は再び歩き出し──しばらく無言のまま歩いていたが、気がつくと執務室の前へ到着していた。
「今日は疲れただろうから、ゆっくりお休み」
今日は半年ぶりの休暇だった。エリオット様は、私の身体をそっと抱きしめると微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
「アイリス、またね」
護衛騎士を引き連れて、私は部屋へ戻った。警戒体制は、いつまで続けるのだろうと思ったが、そんなこと誰にも聞けないと──そう思ったのだった。




