解呪
私とエリオット様は、慌てて旗を降ろしていた。周りの騎士たちは青ざめ、慌てふためく者もいた。
別の場所にいた騎士達に指示を出していたオーベル様が、こちらの様子に気がついて、駆けて来るのが見える。
「殿下‥‥‥」
「やられたな。場合によっては、出陣することになるだろう。オーベル、この旗の色は元に戻せるか?」
オーベル様は、旗に手を翳すと首を横に振った。
「幻影の魔術が使われています。すぐに元に戻すことや、色を変えることは難しいでしょう」
全体に緑の集合体が渦巻いており、その中心に黒い点が見えていた‥‥‥。本来、幻影の魔術は呪術では無いが、悪意を持って使用された場合、呪術に変わる事も稀にあるもだと、オーベル様から聞いていた。
「「「‥‥‥」」」
城壁の向こうから、敵側の兵の咆哮が聞こえる────何があったのか、声の調子を合わせて掛け声を掛け合っていた。
「お偉方でも到着したか」
「あの‥‥‥。エリオット様。私に幻影の魔術を解呪させてもらえませんか?」
「アイリス‥‥‥。出来るのか?」
「出来るかどうかは、やってみないと分かりませんが‥‥‥」
私が言い終える前に、オーベル様が止めに入った。
「アイリス様、お止めください。これには呪いの魔術がかかっています。アイリス様には見えますでしょう? そのまま解呪すれば、おそらくアイリス様自身に、呪いがかかってしまいます」
「構いません。オーベル様から教わった解毒薬は、数種類作って持ってきてあります」
私は肩から下げていた小さなバッグを開けて、小瓶をオーベル様へ見せていた。オーベル様はバッグの中身を見て、溜め息をついている。
「はぁ‥‥‥。これは薬の性能が低いですから、呪いが解呪出来るか分かりませんよ?! まったく‥‥‥。一度言い出したら聞きませんからね、アイリス様は。仕方ありません。万が一の時には、受けた呪いは全て私に付与してください」
「分かりましたわ」
そんなこと『出来るはずがない』と思った。だが今は──頷いておこう。
頭が痛いというように、こめかみを押さえていたオーベル様の肩に、エリオット様が手を乗せた。
「オーベル、こんなのは今更だ。多少、程度はひどくなったが、昔からあんなんだぞ」
なんだか、2人が私を貶している気がする‥‥‥。今は、それどころではない。早くしないと戦争が始まってしまう。
「エリオット様、時間がありません」
「分かった。アイリス、よろしく頼む」
エリオット様は少し逡巡した後、私に頭を下げた。私は頷くと、旗に手をかざす。
「いきます」
私は緑の集合体の中心に、思い切って手を入れた。渦が徐々に流れを緩め、消滅していく。
「何度やっても他人の魔力というのは、あまり気持ちのいいものではありませんね」
私は息苦しさを感じながら、バッグに手を伸ばした。旗の色は『黄色』に戻っている。オーベル様が片手で私の動きを止めると、鞄の中にある対象の瓶を、ラベルを見ながら出してくれた。
「解呪には、この解毒薬がいいでしょう。殿下、アイリス様にこちらを飲ませてあげて下さい。私は旗に結界を張り、揚げてきます」
「分かった」
エリオット様は小瓶を受けとると、私に解毒薬を飲ませた。
「にがっ‥‥‥」
あまりの苦さに、私は吐き出してしまう。
「アイリス、ちゃんと飲め」
エリオット様は瓶の中身を口に含むと、私の顎を掴み、口移しで無理やり飲ませてきた。
「んっ‥‥‥」
やっとの思いで嚥下すると、恥ずかしくて頬が熱くなるのが分かった。成り行きとはいえ、前世と今世あわせて初めてだったファーストキスは、めちゃくちゃ苦かったのである。