開戦
────ドォン、ドォン
オーベル様との話が終わった瞬間、大砲の様な大きな音が聞こえてきた。
「まさか‥‥‥」
「遅かったか」
国王陛下は椅子に雪崩れ込み、エリオット様はこれまでにない緊迫した面持ちをしている。
「エリオット様、まさか‥‥‥」
「ああ、そのまさかだ。どうやら間に合わなかったようだ。あれは開戦の合図‥‥‥。戦争が始まってしまった」
ヴァイオレット公爵は、騎士に拘束されていたが、床に膝をついて座り込み、俯くと笑い始めた。
「フハハハハハハ‥‥‥。残念だったな。私は以前より宣戦布告の密書を偽造して、アーリヤ国に届けていたのさ‥‥‥。もう手遅れなんだよ。この国もろとも滅びるがいい」
公爵は狂ったように笑い続けていたが、国王の命により牢屋へ連行されていった。何ということだ。外交に抜きんでているヴァイオレット家に言われたら、アーリヤ国も信じてしまうだろう。
「アイリス」
「分かっていますわ。全力で戦います」
そう言うと、エリオット様は何故か溜め息をついていた。
「「全然わかっていませんね‥‥‥」」
通信機のオーベル様の声と、エリオット様の声がハモった。
*****
パーティーに参加していた貴族達は、関係者を除いて別室へ移動していた。
即席でパーティー会場を、騎士団召集用の会場に変えて会議が始まった。いよいよ国境へ向かうことになる。私は比較的サイズの小さい騎士団の服を借りて、別室で着替えていた。ズボンの上から長めのブーツを履いて、近衛騎士と同じ格好になる。
「アイリス‥‥‥」
「アイリス様、どうかお考え直しを」
エリオット様と、城に戻ってきたオーベル様は、私のことを必死に止めていた。
「いやですわ。何のために魔術を習ってきたと思っているのです? こういう時のためでしょう?」
「しかし‥‥‥」
「危険すぎます」
「何を考えているんだ‥‥‥」
2人のお説教のようなお小言は、30分ほど続いた。
「予めオーベル様に付与していただいた魔術がありますので、必要があればエリオット様に付与も出来ますし‥‥‥」
何よりカルム国を失いたくない。エリオット様を失いたくない‥‥‥。その必死の思いが伝わったのか、2人は最後には許してくれた。
「いいかい? アイリス。私の側を離れないように。出来るだけ大人しくしていてくれ。私より先に死んだら絶対に許さないからね」
エリオット様の、必死の形相に私は頷いた。
「もちろんですわ」
私の前に国王陛下がやってくる。
「今回の戦は、する必要のない戦だと思っている。旗を掲げたら、すぐに戻ってくるように‥‥‥。私に、かわいい孫の顔を見させておくれ」
国境付近で黄色い旗を掲げる───この世界の国家間で行われる『休戦協定』申し入れの合図だった。
「陛下‥‥‥。承知致しました」
どう答えるべきなのか迷ったが、気がつくとそう答えていた。結婚? 私はエリオット様と結婚するのだろうか? 何かのフラグが立った気がするが、いまいち実感が湧かなかった。
でも────それもいいのかもしれない。断罪イベントを回避し、戦争で生き残れたら、そんな選択肢もありかもしれない。そう思った私は、挨拶を済ませると国境付近にある城壁へ向かったのだった。