親戚関係
私達はエリオット様の私室へ向かったものの、先ほどの騒ぎで通路は人でごった返し、私室への通路は通れなくなっていた。仕方なく、引き返して執務室へ向かう。
「アイリス、気分はどう?」
「大丈夫です。先ほどの騒動で、びっくりして涙が止まってしまいました」
ジルがお茶を運んで来てくれていた。一口飲んでから、私達のカップにお茶を注いでいる──おそらく、毒味をしてくれたのだろう。
「エリオット殿下、お疲れのところ申し訳ありませんが、後でヘンリー様のご遺体の確認をお願い致します」
「ああ。分かっている──兄上は亡くなったのだな?」
「私に来ている報告はそれだけですので、今は何とも……」
「いや。アイリスが森で、兄上の影武者らしき亡骸を見たというので、まさかと思ってね」
「では、すぐにでも確認出来るよう、手筈を整えて参ります」
「頼む」
「はっ!」
ジルは騎士の礼をすると、部屋から出ていった。すると、今度は入れ替わりでオーベル様が部屋へ入って来た。
「殿下、失礼致します。ああ、アイリス様、こちらでしたか」
オーベル様こと哲ちゃんは、私を見て安心したような顔をしていた。そう言えば、からくり箱型通信機は、机の引き出しの中に入れっぱなしになっている。
「オーベル、ご苦労だった。そこへ掛けてくれ。司教の尋問は進んでいるのか?」
「申し訳ありません。まだ何も、掴めておりません。自白剤の使用許可をいただきたく、こちらへ参りました」
「構わない──許可する。せっかくだから、少し休んでいくといい。話をしよう」
「かしこまりました」
オーベル様は、私たちの向かいのソファーに腰かけた。心なしか、疲れた顔をしているように見える。
「さっき、アイリスから聞いたよ。前に生きていた時の記憶があるんだって──もしかして、オーベルもそうなのか?」
オーベル様は目を瞠ると、ひとつ咳払いをしてから話はじめた。
「はい。以前いた世界───『前世』では、アイリス様と私は親戚関係にありました」
「そうか。恋仲だったのか?」
「ご冗談を──殿下は、何か勘違いをしていらっしゃいます。アイリス様は、私にとって妹の様な存在でした」
「今でもか?」
「当たり前です。前世では、私には妻がおりました。アイリス様は、世間一般的に言えば、行き遅れの腐女子でした」
「なっ?!」
「アイリス様、本当のことでしょう?」
「フジョシ?」
「主に男性同士の恋愛話が好きな女性に、使われていた言葉だったと、記憶しております」
「……」
(そんなことエリオット様に、ばらさなくても──もう、腐女子で結構!!)
「オーベルには妻がいたのか。てっきり、男性ではないと駄目なのかと思っていたよ」
「私は男性と女性、どちらでも大丈夫なのですが、跡継ぎ問題もあって、わざとそういう噂を流しております」
オーベル様は両性愛者であることを、さり気なくカミングアウトしていた。
「そうか。オーベルは確か三男だったか?」
「はい。長男や次男とは母が違うので、跡継ぎ問題で少し揉めておりまして……」
「はあ。侯爵家も大変だな。前世? でのアイリスは、どんな感じだったんだ?」
「まあ、なんというか──先ほども言いましたが、妹みたいな存在でしたよ。幽霊が見えるという、不思議な子でした」
「その『幽霊』とは、何なのだ?」
「死んだものが、実体ではなく幻の様に見えるというものでした。これには見える者と見えない者がおりまして、見える者はごく僅か。見えれば、たいていは気味悪がられておりました」
「アイリスに特別に見えるとは──まるで識る力みたいだな」
「おそらく、そんなにいいものではないでしょう」
「もし可能であるならば、私も亡くなった妹に会ってみたいものだ」
「エリオット様に、妹がいらっしゃったんですね? 存じ上げませんでした」




