本当の私
「え、と‥‥‥」
エリオット様は私の手を掴むと、引き寄せてから抱きしめた。
「アイリス、愛してる‥‥‥」
「‥‥‥」
急な言葉に、私は何て返せばいいのか、考えあぐねていた。
「アイリスは、私のことが嫌い?」
私が首を横に振ると、エリオット様は更にきつく抱きしめてくる。
「‥‥‥よかった」
しばらくして、エリオット様は私から身体を引き離すと、視線を合わせながら聞いてきた。
「話してくれる?」
エリオット様の吸い込まれそうな緑の瞳に、私は完全に絆されてしまっていた。
「‥‥‥はい」
「アイリスは何故、悪役令嬢なの?」
私には以前に生きていた時の記憶があること。前に生きていた時に、よくプレイしていた、この世界に似ている世界で『ゲーム』というものがあることを、エリオット様に話して聞かせた。
「『ゲーム』とは、この世界にある『リカード』みたいなものかな?」
この世界にはカードを使ったポーカーみたいなゲームがある。それを貴族間で『リカード』と呼んでいた。賭け事に使われることも多く、あまり良いイメージがなかったりする。
「そうです。カード1つ1つに物語が組み込まれたものだと考えてください。その物語が主人公のとる行動によって、どのカードが選択されるのか、変わるのです。『悪役令嬢』は物語の中に登場する悪役の人物です。エリオット様とは敵対関係にあります」
「良くわからないけど、物語が変わるのであれば、私とアイリスが敵対するとは限らないんじゃない?」
「いいえ‥‥‥。『悪役令嬢』は、何処までいっても悪役です。その設定が変わることはありません」
私がキッパリ言いきると、エリオット様は唖然としていた。
「‥‥‥前に生きていた記憶があると言っていたけれど、君はアイリスとは別人格なの?」
「いえ。私は正真正銘のアイリス・グレイです‥‥‥。アイリスの記憶に、今はもう生きていない別人の記憶がプラスされた感じ───と言えば、お分かりでしょうか?」
私は記憶が戻ってからの、今までの経緯を説明した。こんなにザックリとした説明で納得してくれるのだろうか‥‥‥。そう思って、エリオット様を見ると、腕組みをしながら考え込んでいた。
「んー‥‥‥」
こんな突拍子のない話、信じろという方が無理難題だろう。
「分かった」
「え?」
「君は何も悪くないって事がね。アイリスの中に誰だか分からないけど、もう1人のアイリスが生まれたってこともね」
「いや、その‥‥‥」
そんな簡単に受け入れられる事だろうか?
「アイリス、それでも君を愛してる」
「?!」
エリオット様のその言葉に、私の涙腺はとうとう決壊した。エリオット様が私の頬に流れる涙を手で掬ってくれる。
「アイリス、今までよく頑張ったね」
頭を優しく撫でられ、さらに涙は止まらなくなった。
「‥‥‥エリオット様」
おそらく過去最高にみっともない顔で、私はエリオット様の名前を呼んだ。