偽りと本心
「エリオット様‥‥‥。王太子任命式の件、王妃様から伺いました。おめでとうございます」
「ありがとう。アイリスは、私が王太子になっても支えてくれるかな?」
「‥‥‥はい」
「本当に‥‥‥。正直な気持ちを話すと、私に王太子は向いてないと思ってるんだ。私に民を導くことなんて、出来ないような気がしている」
エリオット様は、気落ちしているようだった‥‥‥。様々なことがあったせいかもしれない。
「‥‥‥エリオット様」
私は俯いたエリオット様の手の上に、自分の手をそっと重ね合わせた。すると、エリオット様は私の手を握り返し、切なげな瞳でこちらを見つめ返した。
「アイリス、これからも側で支えてくれると約束して欲しい‥‥‥。君がいなければ、そのうち私は自分自身を見失うだろう」
「そんな‥‥‥」
そんなことはないと思う‥‥‥。だけど、そんな風には言えなかった。
「私が言葉を尽くせば尽くすほど、君の心が離れていくような気がしてならないよ‥‥‥。どうしてそんな顔をするの?」
「そんな顔?」
「‥‥‥泣きそうでいて困っている様な、そんな顔だよ」
「私は‥‥‥」
「王妃にはなれません」と言うべきだろうか? 今、ここでハッキリと。そうしなければ──今ここで言わなければ、言えなくなってしまう‥‥‥。そんな気がした。
「私はエリオット様を、『支えたい』と思っています」
「それは‥‥‥」
「ですが、王妃として支えるべきなのか、今の私には分かりません」
今まで受けてきた王妃教育の内容を、無駄にはできないだろう‥‥‥。でも、『エリオット様の隣に立つ』には、私はあまりにも未熟だ。オーベル様の言う通り、今の私自身の気持ちと、きちんと向き合わなければならないと思う。
「それは、他に好きな人がいるから一緒になれないとか、そういうことだったりする?」
私は首を横に振り、エリオット様を見つめ返した。
「私には、エリオット様の王妃になる資格なんてありません。だって、私は悪役令嬢なんですもの」
つい口走ってしまった言葉に、エリオット様が反応する。
「‥‥‥何だって?」
「‥‥‥悪役令嬢です」
「アクヤクレイジョウ?」
突拍子のない言葉に、エリオット様は目を白黒させていた。
「ねえ、アイリス。もしかして、私に何か隠している事があるんじゃない?」
「隠している訳ではないのですが‥‥‥。今は言えないのです」
『前世』なんて概念は、この世界にはない。いくら魔法が通用する世界でも、簡単には信じられないだろう。
「でも、オーベルは知っているんだよね?」
「?!」
「オーベルに話せて、私には話せない?」
「そう言う訳では‥‥‥。ただ、信じられない内容だと思います」
「話してごらん‥‥‥。私は、どんなアイリスでも構わない。受け入れる覚悟は、出来ているつもりだよ」
そう言うと、エリオット様は両手を広げて微笑んだ。