前世の話
部屋へ戻ると、メイドのサラがお茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
サラに淹れてもらった温かいお茶は、飲むと身体に染みわたる気がした。
「アイリス様、婚約披露パーティーが延期ということで、まことに残念なことでございました」
(そうなのよ。残念‥‥‥。というか、ラッキーというべきなのか)
「そうね。でも、来週やるかもしれないのよ」
「来週──でございますか?」
「ええ。何だか、あまり延期することも出来ないらしくって」
そう言えば、エリオット様が「王妃様に相談してみるといい」って言ってたわね‥‥‥。ヘンリー様が見つからない時に、そんな話をしても大丈夫なのかしら? 良く分からないけど、話を聞くだけ聞いてみるってのもありよね?! そう思いながら、紙とペンを取るとサラへ言った。
「サラ、王妃様に取りつぎをお願いできるかしら? 手紙を書くわ」
「かしこまりました」
私は机に向かうと、王妃様宛てに『お茶会へのお誘い』の手紙を書いたのだった。
*****
次の日の午後。王妃教育の部屋へ行く途中、中庭の側にある廊下を歩いていると、反対側からオーベル様が歩いてくるのが見えた。
「オーベル様!!」
「これは、アイリス様。昨日はお疲れ様でした」
「オーベル様、昨日のことで少し‥‥‥。お話よろしいかしら?」
「構いませんが、これから何処かへ行かれるのでは?」
オーベル様は、チラッと側にいるサラへ目を向けると言った。
「オーベル様がよければ、私は構いません。サラ、先生に遅れると伝えてきてくれるかしら?」
「かしこまりました。ですが、護衛が‥‥‥」
さっきまで一緒にいた護衛は、腰の曲がったご年配の公爵様に、お御手洗いを案内していた。もうすぐ戻ってくるだろう。
オーベル様が、哲っちゃんだって分かってから、何も話せていなかった。乙女ゲームの世界について、何か知っている事がないか、聞いてみたかったけど、それどころでは無かったのだ。
「オーベル様がいれば、護衛は不要よ」
「ですが‥‥‥」
更に食い下がるサラに、オーベル様は言った。
「お話が終われば、私が部屋までお送りしますよ」
「サラお願い。先生に伝えてきてくれる? 急用なのよ」
「かしこまりました」
私が両手を合わせてお願いのポーズを取ると、サラは諦めたのか、先に部屋へ向かってくれた。
「‥‥‥サラの心配は、そこではないのでしょう」
「分かってるわ」
私達は話しながら、中庭の小道を歩いて行った。
「哲っちゃんに、どうしても聞いてもらいたいことがあるの」
「アイリス様、外でその呼び方はやめましょう。いらない誤解が生まれます」
「私は誤解されても、別にどうってことは無いんだけどね‥‥‥」
「え?」
「ああっ‥‥‥。変な意味じゃなくてね。誰も困らないって話」
「‥‥‥そうですか。相変わらず不思議な人ですね」
「人を勝手に、変な人みたいに言わないで‥‥‥。オーベル様にどうしても、聞いてもらいたい話があったの」
「何でしょう?」
「前の世界にいた時に、乙女ゲームが流行ってたのは覚えてる?」
「恋愛シュミレーションゲームですか?」
「そう!! その恋愛シュミレーションゲームの世界が、この世界なのよ。それで、どうやら私は乙女ゲームの『白薔薇シリーズ』に登場する悪役令嬢に、転生してしまったみたいなの」
「‥‥‥何ですか?」
「その白薔薇シリーズの悪役令嬢の名前がアイリスで、今の立場とゲームの内容が全く一緒なのよ!!」
「それで?」
「それでって‥‥‥。ゲームの内容によっては私、殺されてしまうかもしれないのよ」
「‥‥‥何とも、掴み所の無い話ですね」
「こんな話、誰にも出来なかったから聞いてみたかったの。でも何も知らないのなら、オーベル様も、これからどうなるかなんて、分からないわよね‥‥‥」
「そうですね‥‥‥。申し訳ありません」