隠し通路
扉の先には薄暗い通路が続いていた。大人が少し屈んでやっと通れるくらいの、狭くて細い通路である‥‥‥。進むのに恐怖心が芽生えた。
魔術用のブレスレットが手元にあるのを確認すると、私は燭台を片手に通路の奥へと進んでいった。
足元がよく見えないまま前へ進むと、目の前に壁があるのが分かった。
「行き止まりかしら?」
ひとり呟くと、右斜め前の辺りに階段があるのが見えた。そちらに向かおうとして、思わずフラついてしまう。
「あっ‥‥‥」
左側の壁に手をついた次の瞬間、私は知らない部屋にいた。手をついた壁が、180度回転してしまっていたのである。慌てて元の場所へ戻ろうとして壁を押したが、壁は動かなかった。
「まるで忍者屋敷ね」
辺りを見渡すと、テーブルと椅子だけ置いてある誰もいない部屋だった‥‥‥。ただ、鼻をつくような臭いがする。
(そう言えば、位置的にも部屋の雰囲気的にも、解毒薬を作ったあの部屋に似ている気がするわ)
足音を立てずに扉へ向かおうとして、隣の部屋から微かに話し声が聞こえてきている事に気がついた。よく見れば、廊下に繋がると思われる扉の他に、隣の部屋に繋がる扉もあった。
「だから、無理だって言ったじゃありませんか」
(くぐもって聞こえるから分からないけれど‥‥‥。何だか、エレナ様の声に似ているわね)
「そんなことを言うな。この、魔性の女が‥‥‥」
(魔性の女? 聖女エレナ様が言われる言葉じゃないわね‥‥‥。やっぱり、人違いか)
私は声が聞こえて来る部屋の壁に耳をあてて、聞き耳を立てていた。盗み聞きは良くないかもしれないが、ここが何処か何か情報を得られるかもしれない。
「とにかく、アーリヤ国から帰還命令が出ている。ミスを犯した以上、我々もただでは済まないと思え」
(うーん‥‥‥。司教様の声に似ている気がする‥‥‥。気のせいかしら)
「誰だ、そこにいるのは?」
背中を冷や汗が伝う───私のことかしら? でも、壁があるから分からないと思うんだけど。
「気のせいか‥‥‥。兎に角、ライナスは捨て置け。連れていく訳にはいかない」
「そんな‥‥‥。私はライナス様を慕っております。彼を置いて、この国を離れる訳にはいきません」
「どうせ魔術で誘惑した男だろう? 男なら、自国にも腐るほどいるではないか‥‥‥。何なら性奴隷を何人か見繕ってやろうか?」
顔は見えなかったが、男は下卑た笑いをしている様だった。
「私が、愛しているのはライナス様だけです‥‥‥。今までも、これからも」
「ふん‥‥‥。これだから、平民出の女スパイは困るんだよ。明日までにライナスを殺せ。いいか? これは命令だ。出来なければ、お前は───」
そう言うと男は、舌を打ちならした。
「私と共に消されるだろう」
「分かっています。私とライナス様に未来がないことなど‥‥‥。だから、私はライナス様と共に何処か遠くに逃げたいと思います」
「お前は!! 人の話を聞いてたのか?!」
(ん? ん? ん? 何だか不味いことになってきたわね‥‥‥。女スパイって、誰が? エレナ様がスパイ?)
訳が分からず混乱していると、閉じられていたはずの扉が開いていた。
「やっぱり‥‥‥。どうやって、ここへ入ったんだ?」
気がつくと、ラフな格好をした司教様が扉を開き、こちらを見ていた。