リリカルの花
次の日の朝。目が覚めると知らない部屋にいた。よく寝たのか、頭がスッキリしている。
「おはよう、アイリス。よく眠れた?」
「!!」
「どうしたの?」
「ま、まさか昨日はエリオット様のお部屋に泊まったとかではありませんよね?!」
「‥‥‥そうだね。まあ、でも婚約者同士だし、問題ないよ」
何ですって?! これじゃ、周りの人達に私達が仲良しだって思われるじゃない。そんなの、ダメに決まってる。
「ご、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
私が目を白黒させていると、エリオット様は笑いながら言った。
「昨日、急に意識を失ったように見えたから、王宮の専属医を呼んだんだ。どうやら睡眠薬を飲まされたみたいだね。医者は問題ないと言っていたが‥‥‥。ああ、ちなみに僕は隣の部屋で寝たから大丈夫だよ」
も、問題ない? 本当に、そうだろうか‥‥‥。エリオット様は楽観的に考えすぎなのではないだろうか? でも今は、恥ずかしすぎてエリオット様の顔も見れない。
それにしても睡眠薬って‥‥‥。誰が入れたのだろう? 私を狙っての犯行なら、タイミングが良すぎる気がする。それなら、エリオット様に睡眠薬を飲ませようとしたって、考える方が自然かも。
「エリオット様、睡眠薬のことですが‥‥‥」
「ああ、犯人の目星はついている」
(え? 犯人の目星はついているって、一体どういうこと?!)
「ええと‥‥‥。エリオット様?」
「私は単独で事を起こす人は、好きになれないかな」
(ん? 誰のことを言っているのかしら)
「エリオット殿下、失礼致します」
ノック音が聞こえ、護衛騎士が入ってくる。
「オーベル様がお越しです。いかが致しましょう?」
「構わない。中へ入れてくれ」
「失礼致します」
護衛騎士が出ていき、代わりにオーベル様が部屋の中へ入ってくる。
「おはようございます、殿下。朝早くから申し訳ありません」
「ああ、構わないよ──そうだろう、アイリス?」
エリオット様は、意味ありげに微笑むと、ソファへ座った。私とオーベル様も、部屋の真ん中にあるソファーに腰掛けた。
「おはよう、オーベル。昨日は、君のおかげでよく眠れたよ」
「お気づきになられましたか?」
「私が気がつかないとでも? 前に君が作ってくれた睡眠薬と同じ匂いだったから、すぐに分かったよ」
「匂い?」
「オーベルが作る睡眠薬は、微かにリリカルの匂いがするんだ」
「実際に、リリカルを入れてますからね」
リリカルとは、白い小さな花を咲かせる、ラベンダーみたいに良い匂いのする植物だ。
「さあ、言い訳を聞こうじゃないか」
エリオット様はソファに深く腰かけると、腕を組んで微笑んでいた。けれど、目が全く笑っていなかったのである。