馬の嘶き
「‥‥‥様、‥‥‥リス様、アイリス様!!」
ハッとして目を開けると、そこには焦った様子のオーベル様が立っていた。どうやら、待っているうちに疲れて眠ってしまったようだ。
「あれ‥‥‥。もう戻られたのですね」
「アイリス様。お疲れだとは思いますが、もう少し頑張れますか? 城へ帰りましょう」
私は伸びをすると立ち上がり、壁面にある手すりを掴んで、よじ登った。出口はオーベル様が開けっぱなしにしてあったので、そのまま這い出ると街道から少し離れた森の中へ出たみたいだった。微かに西日が差していたが、森の中は既に暗い。
地下道の出口は、雑草に取り囲まれて分からなくなっていたが、入ってきた石碑のある場所とは違って、マンホールの蓋の様なものが、出口に覆い被さっていただけだった。私は蓋を避けようとして、何か別のものに躓いてしまった。
「ひゃっ!!」
(な、何?‥‥‥。もしかして、もしかしなくても、人が倒れてる?)
暗くてよく分からずに、目を凝らしていると、いつの間にか後ろからオーベル様が来ていた。
「ヘンリー殿下かと思われます」
私は近くまで行って顔を覗き見たが、別人だと思った。確かに第1王子のヘンリー様に似ているが、何度か顔を見たことがあるし、幼い頃に遊んでもらった記憶もあるので、見間違える筈はない。
「似ていますが、おそらく影武者でしょう」
「ヒィッヒーン‥‥‥」
馬の嘶きを聞いて振り返ると、私の愛馬が近くまで来ていた。離れているのに、ここまで迎えに来てくれたのだろうか‥‥‥。そう思いながら馬の首を撫でていると、森の奥から火の手が上がった。
ゴォォォォ──────
小さなくすぶりだった火は、あっという間に燃え広がった。
「アイリス様、城は近いと思われます。ここは一旦引き上げましょう」
私が頷くよりも前に、オーベル様は馬に乗ると私の身体を引っ張り上げ、前に乗せた。いわゆる相乗りだ。
「少し飛ばします」
オーベル様は手綱を引くと馬の腹を思いっきり蹴って、あり得ないスピードで走り始めた。馬を走らせて10分もしないうちに城が見えてくる。
「アイリス様、城の様子がおかしいです。何かあったのかもしれません。裏手へ回ります」
「──はい」
城の裏手にある裏門へ回ると、門番がいなかった。どうしたのかと思って辺りを見回すと、近くに門番が倒れているのを見つけた。オーベル様は馬から降りると、倒れている門番に近づいて様子を見ている。
「どうやら、気絶しているようです」
「エリオット様が心配です。参りましょう」
「アイリス様、敵が何処かに潜んでいるかもしれません。充分に気をつけて、私から離れたりしないで下さい」
私が頷くと、オーベル様は人目を避けて、エリオット様の私室へ私を案内してくれた。
私室の前まで来ると、いつもの様に護衛騎士が扉の前に立っていた。いつもは1人の護衛騎士が今日は2人いる。やはり何かあったのだ──動揺しながらも、私は平静を装いながら、部屋の前にいる護衛騎士へ尋ねた。
「エリオット様は、お部屋にいらっしゃるかしら?」
「アイリス様、緊急事態でございます。申し訳ありませんが、どなたもお通しする訳には参りません」
「緊急事態? 何かあったのですか?」
「聞いておりませんか? 実は‥‥‥」
護衛の騎士が何か言いかけたところで、部屋の中から声が聞こえた。
「アイリス、そこにいるのかい?」
「はい。ただいま戻りました」
ドアが開いて、満面の笑みを浮かべたエリオット様が出てきた。
「良かった。無事だったんだね」
「はい‥‥‥」
エリオット様に力強く抱きしめられた私は、恥ずかしくなって思わず顔を伏せていた。