石碑
「その他にも、魔素を吸いとる魔方陣がありますが、それを取り囲むようにして幾重にも結界が重ねがけしてあります」
「魔素‥‥‥。森には、やっぱり魔素があるのですね」
「そうです。魔術書にも記載があるように、森では魔素が発生しやすい。私の国だけ、ほとんど魔素が発生しないというのは、常々おかしいと思っていたんですよ。今までも魔術師団や研究所で調査を行っていましたが、まさかこのような事になっているとは‥‥‥」
「オーベル様。私の力で、どうにかならないのでしょうか?」
「正直なところ、何がどうなるのか分かりません。これが害をなすものなのか、そうでないものなのか‥‥‥。もし仮に、アイリス様がこの結界を解除したとしても、ご無事でいられるのかどうかも、全く見当がつかないのです。ただ‥‥‥」
「ただ?」
「あの結界の中にある石碑に、隣国の紋章が彫られています。あれが、どういう意味を成すものなのか‥‥‥」
「そんな‥‥‥。もしかして、魔術師が育たぬように、隣国が私たちの国から魔素を奪っているとでも言うのですか? いつでも戦争を仕掛けられるように‥‥‥」
「その可能性は否定しきれませんが、そう結論づけるのは早計です」
「私は、これから王族になる身として、この事態を看過しておくことは出来ません」
何より──無いとは思うが、森への追放ルートのフラグは折っておきたい。それに、結界から火花は散っているものの、これには触っても平気な気がした。私は馬から飛び降りると、結界に近づいた。
「アイリス様!! 私の話を聞いてましたか? お待ちください!!」
オーベル様が止めるよりも前に、私は結界の中に入りこんだ。すると、ガラスの弾ける様な音が幾重にも重なって聞こえ、結界は消滅した。
「そんな、まさか‥‥‥。こんなことってあるのか?!」
オーベル様は、独りで何かブツブツと呟いていたが、やがてこめかみを押さえながら、私の前までやって来て言った。
「アイリス様‥‥‥。私の話を聞いていましたか?」
「‥‥‥はい」
「もし、アイリス様に何かあれば、私はエリオット殿下に死んでもお詫びしきれません」
怒るでもなく、悲しむでもなく、淡々と語るオーベル様に私は恐怖を感じた。
「申し訳ありません。もう致しません」
オーベル様は溜め息をつくと、私を見て言った。
「よろしい‥‥‥。いいでしょう。今回の事は偶然ということに、しておきましょう」
(ん? よく分からないけれど、偶然さわったって事になるのね?! まあ、許してくれるみたいだし、余計なことは言わないに限るわ。それにしても、銅盤から何か良からぬ気配を感じるわね)
「オーベル様!! 銅盤が‥‥‥」
見れば、銅盤からテニスボール位の大きさの濁った青い塊の様なものが飛び出して、空の彼方へと飛んでいった。
「‥‥‥」
「見えましたか?」
「ああ。あれは‥‥‥。私にも見えました。いったい、何だったのでしょう」
「何か良からぬ気配を感じます。調査を終えたら、早めに城へ戻りましょう」
「承知致しました」
オーベル様は、明らかにホッとしていた。きっと、私が城に戻ると言ったからだろう。