執務室
私達三人が執務室の前へ着くと、ジルは衣服が濡れてしまったからと、一度着替えに部屋へ戻っていった。
私が部屋の中へ入ると、エリオット様は何かあったことに気がつき、話を聞くために人払いをしてくれた。ソファに座ったところで、紅茶が運ばれてきて、お茶をしながら事の顛末について、オーベル様が一通りエリオット様へ話していた。話が終わると同時に、エリオット様の深い溜め息が聞こえた。
「そうか、競技場が燃えたか……。一体、魔術師団は、普段どんな練習をしているのだ?」
オーベル様は、なんとも言えない表情でエリオット様へ言葉を返した。
「おそれながら殿下、普通の練習です。今回アイリス様は、魔術を取り入れる事に成功されたので、まずは試しに放出してみた方が良いと判断したのです。魔術を使った事が無いのに、いきなり他人に付与するのは難しいでしょうから」
「それで? アイリスは使ってみて、どうだったんだ?」
「まだ慣れないせいか、気分が悪くなってしまいました。けれど、競技場で魔術を放出してからは気分が良いのです」
「おそらく、他人の魔力を吸収するのは気分が悪くなったりと、あまりいいものでは無いのでしょう。アイリス様には魔術具のブレスレットをお渡ししましたが、必要が無いときは、使うのをお控えくださいませ」
「何故かしら? 命が削られてしまうから?」
顔を顰めながらも、オーベル様は話を続けた。
「エレナ様が、いつでも魔力を補給してくれるとは限りません。それに、あなたは殿下の婚約者です。もっと自覚を持って行動していただかなければなりません」
私は──エリオット様の婚約者でなくてもいいと思っていた。むしろ婚約破棄してもらいたいくらいだ。エレナ様の事を抜かして考えても、将来的に国王になる可能性の高い人の妻になるのは、自分には荷が勝ちすぎているとも思っていた。
そんな事を考えていると、エリオット様が私の隣に腰かけてきた。肩を抱き寄せ、私を落ち着かせる様に、背中をさすってくれていた。今までにない親密な態度だった。
「アイリス、君に何かあれば僕はどうすればいいのか分からないよ。協力をお願いしておいて、こんな事を言うのは気が引けるけど、これからも側にいて欲しいと思っている」
そっと重ねられた手からは、温もりが感じられた。私の『識る力』の事を心配してくれているのだろうか?
「ご心配いただき、ありがとうございます。でも私は、エリオット様が考えているほど弱くはありませんわ。王妃様を狙った犯人を捕まえるためにも、努力は惜しまないつもりです」
そう──王妃様を助ければ、断罪イベントだって、回避出来るはずなのよ。私は鼻息も荒く、やる気に満ちていた。
エリオット様は、そんな私を見て苦笑していたが、やがて頭を軽く撫でながらポンポンと、優しく叩いていた。
「では、アイリス。午後からは、その頑張りを王妃教育へ向けてくれるね?」
「うっ……」
そう言えば王妃教育も今まで以上に、しっかりとやらなければならないのであった。身体がいくつあっても足りない気がする。
「もちろんですわ」
どぎまぎしながらそう答えると、エリオット様は満足そうに頷いたのだった。




