第八話 暴かれる王家の罪①
王家の数々の不正。
その言葉をきっかけに、場の空気がさらに張り詰めた。
あまりそういうことに詳しくないのでわたしにはよくわからないけれど、周囲の貴族たちの動揺っぷりを見るに、ただごとではないのだろうと理解する。
しかし口を挟めないので、侯爵様の隣でただ眺めていることしかできなかった。
「宰相である私を王宮から遠ざけ、国税を好き放題に使い財政状況を傾けたこと、本来三大公爵家の意向を確認しなければいけない政策を押し通したこと、これ以上容認してはおけません」
三大公爵家というこの国の最大貴族集団からの、王への宣戦布告。
筆頭公爵の両隣にはどこからともなく他二人の公爵も現れて、国王を睨みつけていた。
「なんだその言いがかりは。冤罪に決まっておろう! 建国百周年の祝いの席で、適当な嘘を吐きおって!」
「冤罪だとおっしゃるのであればこの証拠を否定できるものを提出していただけるとありがたく」
そう言いながら公爵が差し出したのは、分厚い紙の束。
「あれは金に関する書類だ」と侯爵様がぼそりと教えてくれる。
国王は「そんなもの偽造に決まっておろう。馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」と叫び、衛兵を動かそうとするが誰も微動だにしなかった。
「それほどまでに人望もないのも当然でしょうな。先ほどのことに加え、第一王子殿下、第二王子殿下にも後ろ暗い過去があるご様子だ」
次に追及の矛先を向けられたのは、わたしの腹違いの兄王子たち。
女漁りをする気満々だった王子たちは、怒りを隠そうともしなかった。
「我慢ならぬ! どうして衛兵が動かんのだ。どうせ息がかかっているんだろうそうだろう!」
「父上だけでなく、僕たちも問い詰めるつもりかい。首を切り落としてやろうか?」
「首を切り落とされるのはどちらですかな。身分の低い令嬢を『婚約者にしてやるから』という言葉で騙し、その純潔を奪っていたのだとか。ずいぶんと悍ましいことをなさるではありませんか。先ほどお見せした資料の中に被害者と目撃者の証言が確かにございます」
令嬢や婦人たちから「ひっ……!」と悲鳴が上がった。
その中の数名はふらふらと地面に倒れるか、顔を背けて俯くか、怒りを込めた瞳で王子らを見るなどしている。
純潔とは何だろう。きっと教育を受けている彼女らにとっては当然で、しかしわたしが知らされなかったことだ。
けれど、純潔が何にせよ、兄たちの暴力を受けていたからこそ本当にひどい仕打ちをされていたのだろうと理解してしまい、我がことではないのに顔を歪めてしまう。
そんな状況の中、しかし侯爵様は少しも動じていないようで、呆れたように言っていた。
「まさかここまで後ろ暗いことだらけとはな。まあ当然か」
「ええと……わたしはどうしていたら」
やはり話についていけず、独り言のように問いかけてしまう。
国王に注意が向いている今のうちに逃げるという手もありだ。しかし現状、侯爵様から逃れられそうもないし、口実を作るのも難しい。
そんなことを考えていると突然、「そろそろ行くぞ」と手を引かれた。
――は? どこへ?
わけがわからないまま、しかしわたしは侯爵様に従うしかない。
ホールの中央に立つ公爵三人へどんどん歩み寄ったかと思えば、彼らの数歩前方に立たされた。
つまりそれは国王たちと向かい合っているということだ。これがどうして恐怖を感じずにいられようか。
国王はわたしの姿を見るなり、ほんの少し――わたしが国王に怯えていなければ気づかなかっただろう程度――不快げに眉を上げた。
王妃はわたしの変わりように驚いたのか声を失い、固まっている。化け物を見るような目だ。
きっと次の瞬間には恐ろしい言葉を投げかけられる。そんなのきっと、今のわたしには耐えられない。
侯爵邸でぬくぬくと過ごし、その心地良さを知ってしまったわたしには。
「あ、あのっ、ちょっと逃げてもいいですか!」
切羽詰まって、小さく震えながら叫んでしまう。
けれど侯爵様は首を振り、その代わりとばかりにわたしより一歩前に出て、国王へと言い放った。
「フレミング侯爵である俺からも現国王が王座に居座っていることへ、否を突きつけさせてもらおう。我が妻アグネスを長年虐げていた王家など、忠誠を捧げられるはずがないからな」
「ふん! 若造のくせに偉そうな口を。アグネスは我が寵愛の姫である。体が弱かった愛娘をわざわざ寄越してやったのに、謀反の口実に使おうというのか。アグネスも怯えているではないか」
先ほどまでとは打って変わって、作り物めいた笑顔を見せた国王。
それは言葉で言い表せないほど気色が悪かったし、さらにその笑顔のままで口にした言葉の意味が到底理解し難いものだった。
寵愛の姫? 体が弱かった? 愛娘?
全てあまりに覚えがなさ過ぎて、沈黙する。
侯爵様も勘違いしていたから、きっとわたしの体が弱いという情報は王家がばら撒いたのだろうとようやくわかった。
わたしを不健康にしたのは国王たちだ。それに愛されたなんてこともない。わたしの中にある思い出は全てひどい言葉をかけられたり、無視されたりしたものばかり。
それが当たり前。なのになぜ、さも娘想いであったかのような発言をされなければならないのか。
王家を出て、侯爵夫人となっても扱いが変わらずに利用されようとしている事実に吐き気がする。
沸々と怒りが湧いてくるのに、国王を前にするとろくに言葉を発することができない自分が憎たらしかった。
逆らわない方がいいと本能が激しく告げていた。
それに、わたしが虐げられてきた事実を認めてしまえば、侯爵様に捨てられるかも知れない。
そうなったら王家に戻るしかなくなる。仮に公爵たちが王家に勝ったとすれば、わたしは王族として殺されるのではなかろうか。
でも愛娘なんて言われたくない。わたしを側妃腹だからというだけの理由で愛さなかったくせに、どの口がわたしを可愛がっていたと法螺を吹けるのか。
侯爵様は国王の方へ顔を向けながらも、横目でわたしを見ている。
わたしは一度も彼に今までのことを話してこなかったのに、いつの間にか知っていた。そのことを考えればわたしの過去を侯爵様自らで調べたのだろう。公爵たちと手を組んだと言われても何の不思議もない。
全て筒抜けのはずなのに早々にそれを国王へ突きつけないのは、わたしの反応を待っているからだろうか。
わたしの決断への重みがさらに増していく気がした。
わたしが国王の嘘に同調すれば、侯爵様を裏切ることになる。どうせもうすぐ逃げ出そうとしていたのだし――そう考えるけれど、絶対に国王の都合のいい道具にはなってやるものかとも思う。
悩んで悩んで、悩みまくって。
その末に意を決したわたしは、ゆっくりと口を開いた。
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