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第六話 侯爵様とパーティーへ

「近々、パーティーがある。それに参加しようと思うのだが」


 相変わらずの軟禁生活のある日、侯爵様がそんな風に言い出したので、わたしは驚いて顔を上げた。

 侯爵様の鋭い瞳とまっすぐに目が合う。何度見ても美しい(かんばせ)だ。


「パーティー……?」


「普段は催しには参加しないが、少しばかり用件ができてな。きみにもついてきてほしい」


「そうなのですね? わかりました、パーティーですね」


 パーティー。それは実はわたしが今までの人生で一度たりとも赴いたことのないものだった。

 パーティーには美味しい料理と可愛い令嬢たちがたくさんいてきゃあきゃあ騒がれるのだと、自慢げに腹違いの兄が言っていたことがあるのは覚えている。「それに比べてお前は枯れ木みたいだな」と笑われたのだったか。


 ……まあいい。それは今は忘れよう。


 悪い場所でなければいけれど――と思う。

 だが侯爵様ならきっとなんとかしてくれるという思いもあって、それほど心配はしていなかった。


 それに、もしかするとこれは絶好の逃亡の機会かも知れないのだ。


 もちろん簡単に逃げられるなんて楽観的には考えていない。

 過去に三回もわたしを捕まえた実績のある侯爵様の同伴は決定している。けれどやりようはいくらでもある。例えば、パーティーの中ではぐれたことにし、人混みに混じってパーティー会場から抜け出してしまえばいいのではないだろうか。


「パーティーはとにかく人の多いところらしいですから、隙を見つけて全力ダッシュすれば可能性はあるでしょう」


 もちろん現場に行ってみなければわからないが。

 軟禁生活は嫌ではなかったしご飯は美味しいし侯爵様はわたしのことを気にかけてくれる。それでも、やはりわたしは野望を捨て切れないのだ。


 逃げた先にわたしの幸せがあるかどうかは、わからないけれど。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 パーティーに向けて準備をしなくてはならないらしい。

 結婚式の時とも普段着のものとも違う、新しいドレスを仕立てることになった。


 侯爵様同伴の上、五人以上のメイドに周囲をきっちり固められて入ったその店には綺麗な生地がずらり。

 王城の庭園に咲いていた花々を思い出させる薄紅色のふんわりとしたものから、目が冴えるような深い青、優しげな緑もあれば、月夜の淡い光のような白銀まで、色とりどりだった。


 どれも美し過ぎて目を奪われるわたしに代わり、侯爵様がわたしに似合いそうな生地を選んでくださった。


「これなんかどうだ。瞳の色と非常に合うのではないか?」


「そうですか? なら、これにします」


 アクセサリーは銀色のチェーンに薄青の宝石のついたネックレス、それから扇などいくつかの品を手にし、店の中央の鏡の前に立ってみる。

 侯爵家に滞在している間きちんと食べていたおかげだろうか。そこには、前までの痩せぎすでボロボロな小娘と同じとは思えない可愛らしい少女が映っていた。


 纏うのは鮮明な赤のドレス。ふわりと優雅に裾が広がっているそれはとても目を引き、ため息が出そうなほどに美しかった。


「これでどこに出しても恥ずかしくないな」


 侯爵様の言葉にわたしは頷きながら、これを売ればかなりの金額になりそうだと思った。

 逃亡後の当面の生活費にはできる。侯爵様には少々申し訳ないけれど、逃亡する時点で迷惑をかけるのは同じなのだし構わない。


「ありがとうございます。パーティーの日がとても楽しみです」


「そうか。それならいい」


 侯爵様はそう言いながら、そっとわたしの肩へ手を伸ばし、抱き寄せる。

 その手にはなんだか力がこもっているように思えた。




 ――そんなことがありつつ迎えた、パーティー当日。

 馬車に乗って丸一日をかけて向かった先は王城。その一角にあるホールにて、パーティーが開催されることになっているらしい。

 そのことを直前に知らされたわたしは、かなり動揺した。だって城はもう二度と目にしたくないと思っていた場所だったから。


 でも震えそうになる足をどうにか落ち着けて、わたしは平静を装う。

 城に滞在するのはほんの数時間。どうせすぐに逃げてしまうのだから何も問題はないはずだった。


 普段は閉ざされている王城の門が開け放たれ、多くの馬車が列を成して入城している。

 フレミング侯爵家の馬車もそのうちの一つで、やがて城の傍でゆっくり停車する。侯爵様が先に降りた。


「俺の腕を取れ」


「はい」


 いよいよ嫁ぐ前に練習させられたエスコートの実践か、なんて思いながら、わたしは侯爵様の手に自分の掌を重ねてみた。緊張のせいか少し手が熱を帯びている気がする。


 きちんと違和感なくできているかはわからない。だってわたしが練習したのはたった数ヶ月なのだ。

 それでも表情を引き締め、さもこんなことには慣れ切っているかのような顔をして歩く。その方が注目されないで済むだろう。ということは、逃げやすくなる。


「逃げる時はいつがいいでしょう。考えないと」


 口の中だけで呟き、わたしは侯爵様と共にパーティー会場入りした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 煌びやかなシャンデリアに照らされ、美しい音楽が流れている。

 見たこともないような豪勢な料理を囲んで中年の紳士たちが談笑していた。別のテーブルでは令嬢たちが何やらぺちゃくちゃと楽しげに話す姿が見られた。


 情報量が多過ぎる。これがパーティーというものなのか。

 参加者は総勢五百人ほどだろうか。すごい人数である。


「まずは挨拶回りに行くぞ。嫌かも知れないが、侯爵夫人としてきみを紹介するからな」


「別に嫌ではないですが……参加者全員にですか?」


「全員とは言わない。付き合いのある家、または侯爵家以上の家だけだからそう時間はかからない」


「わかりました」


 どうせ逃げていなくなってしまうのだから紹介されたところで意味はないのだが、まあいい。

 わたしはひとまず侯爵様に付き従っておくことにする。そうして油断させてから隙を見て逃げる。我ながらなかなかにいい計画だ。


 わたしがそんな風に考えているなんて知らないだろう侯爵様は、わたしを伴って貴族たちの元へ歩いていく。

 訳ありというくらいだから周囲に疎まれているのかと思っていたが、どうやらそうでもないようで、彼の知人は多かった。


「今日は俺の妻を連れてきた」

「ええと、アグネス・エル……いいえ、アグネス・フレミングといいます。初めまして」


 貴族の礼儀作法だという淑女の礼(カーテシー)。これを習得するまでずいぶん罵声を浴びせられたものだと思い出しながら、わたしは頭を下げる。

 どうやらうまくできていたようで、侯爵様からなどは「姿勢がいいな」と褒められ、優しい手つきで髪を撫でられた。


「ふふふ」


 なぜか嬉しくなって、口から自然な笑みが漏れる。侯爵様はそんなわたしを見つめ薄青の瞳を細めていた。


 挨拶回りは順調に進んでいった。

 「フレミング侯爵閣下にも春が来たようで。羨ましくございますなぁ」ととある独身の老伯爵は笑った。「薄幸の姫君とお聞きしていたのですがお元気そうで何よりです」と公爵が微笑ましげに言う。


 初対面の彼らになんと言葉を返していいかわからずわたしは微笑んでいるばかりだったけれど、少なくとも彼らはわたしを殴ってくるような人々ではないのだとわかった。


 ――せっかくだし、もう少しくらいパーティーにいてもいいかも知れない。


 そんな風にのんびりと思うわたしは、すっかり油断していた。

 ここが一体どこなのか考えればすぐ、この後の展開を予想し、適当に都合をつけて侯爵様と離れて早々に逃亡することだってできたはずなのに。

 全七話予定だったのが十話まで伸びました……。もうしばしお付き合いくださいますと幸いです。


 面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。

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