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第二話 逃亡してみる①

「準備は万端。いざ、逃亡開始です!」


 腕まくりをし、壁に嵌め込まれた小さな宝石を抜き取って懐に隠したわたしは、意気込みながらも何気ない顔で部屋を出た。


 侯爵様は朝に迎えに来るなどということもなく、完全に別居状態のつもりらしい。

 好きでもないわたしを娶ったのに罵詈雑言を浴びせてこないだけ、彼はまだ優しい方なのだろうとわたしは思う。


 ――まあ、単に女性が怖いというだけかも知れないけれど。


 実はフレミング侯爵様は訳あり。

 なんでも、十三歳にして婚約者以外の女性と不倫をして婚約解消に至って以降、社交界ではふしだらな殿方だと令嬢たちの間で囁かれ続けているのだとか。あげくの果て女性恐怖症に陥ったらしい。


 侯爵としての実績は確かだというが、過去に浮気経験を持つ男性と婚約したいという女性はいないだろう。ただまあ、もしも婚約する気になったとて、あの目つきで睨まれれば誰でも震え上がってしまう気がする。あれは言葉にできない威圧感が凄まじいから。


 そこで選ばれたのが嫌われ者の姫であったわたし。

 王命という強制力によって嫁がされた以上、逃げることはないと思ったのだろう。


 もちろん、今から逃げてやるわけだが。


 寝室に小窓はあるものの、とても体を突っ込めるような大きさではないのは明白。試しにやってみたが頭さえ通らなかった。

 仕方ないので部屋のドアを開け、周りに誰もいないことを確かめて外に出る。

 そのまま足音を忍ばせて廊下を進む。ここまでは順調だ。


「きっと表は見張りが多いですよね。飛び出せるような大きさの窓がどこかにあれば……」


「奥様、もう起床されていたのですね。おはようございます」


「うわっ!?」


 背後から突然聞こえた声に、わたしは思わず悲鳴を上げた。

 振り返るとそこには立派なお仕着せを着た女性。それを見た途端にぎゅっと身を固くした。


 ――殴られる、と思ったから。


 ここはあの城の中じゃない。使用人だからと言って殴ってくるとは限らない。罵声も浴びせられないだろう。

 わかっている。わかっているけれど、割り切るのなんて無理だった。


 お仕着せの女性はわたしをしばらく不審げに見つめていたが、誰か他の使用人に呼ばれて手伝いに行った。

 彼女の姿が見えなくなってから、わたしは床にしゃがみ込む。


「こんなんじゃダメでしょう。もっとしっかりしないと……」


 全身に力を込めてどうにか立ち上がると、気を取り直して再び歩き出した。

 今度は使用人にすら気づかれないように気配を殺して物陰に隠れながら。


 そしてわたしは客間らしき場所までやって来た。

 客間には大きな窓があり、開閉式ではないものの、何か鈍器を使って窓を破れば脱出可能だろう。

 周囲に視線を巡らせ、無骨で重たそうな壺を見つける。


 中は空。金品が入っていなかったのは少々残念だったが、これが良さそうだ。

 わたしは細い両腕でどうにか壺を持ち上げると、頭上に掲げた。そして――。


 窓に向かって全力で投げつけ、ガシャンと激しい音と共に破壊した。


「よし。あとはきちんと逃げるだけ……!!」


 割れた窓の向こうへ足をかけ、ガラスが足に刺さるのも構わずに身を乗り出す。

 多少の痛みなんてどうでもいい。冒険に危険はつきものだ。

 このまま走り抜ければきっとどこかに出口があるはず。


 そう思いながら、外へ飛び出した瞬間だった。


 超絶美形な侯爵様の薄青の瞳と、バッチリ目が合ってしまったのは。


「何をしている」


「…………ぎゃぁぁああああああ!!!」


 わたしの悲鳴が屋敷にこだました。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 逃亡作戦一度目、失敗。

 原因は運悪く侯爵様が庭に出ていたこと。朝から庭を見て回るのが日課なのだそう。


 窓ガラスの割れた音を聞き、急いで駆けつけてみればちょうど窓から飛び出してきたわたしがいたというわけだった。


 なんて運が悪いのだろう、わたし。


「あの……これはですね、ちょっとした出来心でして」


「出来心で窓を割って庭へ飛び出る奴がどこにいる」


「すみません!」


 氷のような視線で射抜かれ、わたしは頭を下げるしかない。

 これは殴られても仕方ない、と思った。なんなら不出来な妻だと罵られ城へ送り返されるかも知れない。そうなったらわたしは役立たずとして殺されてしまう。


 だからどうにか、この場は切り抜けなければ。


「きみは病弱なのだろう。だというのになぜ、そのような振る舞いをした」


「病弱……?」


 混乱する頭でわたしは病弱と言われる所以を探すが、まともに食事をしてこなかったせいで体が極端に細いことを除けば、健康優良児と言うべきだ。


「別にわたしは至って健康ですのでお気遣いなく」


「……そうか」


 侯爵様はわたしを疑うような声音だったが、健康なものは健康なのだから仕方ない。


「それで、窓を割ったことへの弁償は」


「構わん。窓の一つや二つ、張り替えるのは安い。きみは部屋で寝ていろ」


「はい、わかりました」


 どうにか許されたらしい。だが、これで逃亡の難易度は上がってしまったことには違いなかった。


 でもわたしはこれしきのことで諦めない。

 愛されない妻としてこの屋敷に囚われるなんて御免だ。今度こそはうまく逃げ出してやる――。




 と、意気込んだのはいいけれど。


「今度は厨房からか」

「あちゃ……」


 その夜、しんと静まり返った無人の厨房へ行き、そこの窓――開閉式なので今度は割る必要はない――を開けて外へ出ようとした途端、襟首を掴まれた。

 恐る恐る振り返ると、またもや美貌の青年と目が合う。言うまでもなく侯爵様だった。


「廊下から足音が聞こえてきたのでつけてきたら案の定これだ。一体どういうつもりだ?」


「外に不思議な動物がいるのを見つけてしまい、つい。申し訳ございません!」


「俺にはきみの方が不思議な動物のように見えるが」


 確かにそうかも知れない。檻に囚われ、必死に外へ出ようと足掻く見せ物の動物にわたしは似ているような気がした。


「朝のことも今のことについても使用人たちには黙っておいてやる。その代わり、これ以上の不審な行動はよせ。この屋敷での待遇に不満があるならメイド長にでも言えばいい」


 強いて言えばこの屋敷にいることが不満。けれどそんなことは口が裂けても言わない。

 わたしはすごすごと厨房を出て部屋へ逃げ帰るしかなかった。

 次の更新は明日の朝八時です。


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