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「……そんなことより、飯。もう行けるんだろ」
……そんなことより、か。この人は本当にわたしに興味が無いのだな。まあ、その方が有難いけれど。
そしてわたしは彼と関わったこの数分で、とても愚かな願い事を思いついてしまった。
「うん。だけど、もうひとつだけお願いがある」
「はァ!?テメェ、あんまり調子に……!」
「お願い。わたしを助けて。わたしに飼われて」
わたしの言葉に男は目を丸くする。
「……は?何言ってンだ……」
「わたしが死ぬまでの一ヶ月間、わたしの側にいて欲しいの。その間、何でも食べさせてあげるから。あなたは保護者として、わたしに飼われて欲しい」
とてもとても愚かな願い事。
当然、彼は断ってくる。
「ざけンな。そこまでガキの面倒見れるかよ」
「あなた、指名手配されてる凶悪殺人犯でしょ。施設を燃やして、職員も子供も皆殺しにした、最低最悪の」
部屋から出られないわたしの唯一の娯楽はテレビだった。
それは世間知らずなわたしでも知っている事件。テレビで見たのと髪型が別人レベルに変わってはいたが、わたしは顔を覚えていた。
「……はッ、こんなお嬢様にも知られてるなんて光栄だなァ」
「あなた、捕まりたくないから逃げてるんだよね?一ヶ月、生活を保証してあげるから、わたしと一緒に居て。何もしてくれなくていい。ただ、一緒に居て。わたしが死ぬのを、看取って欲しいの」
わたしは彼の血のようにどす黒く紅い瞳をじっと見つめる。
「最低最悪の脅しじゃねェか」
「最低最悪の殺人鬼には言われたくない」
「テメェ本当に小学生かァ……?」
「小学生だよ」と言うと、彼は大きくため息をついて、立ち上がった。
「……飯」
「契約成立ってことで、良いの?」
「うるせェいちいち口に出すな」
「ん……ありがと……」
「……テメェの名前は」
「なまえ……」
暫く誰にも呼ばれなかったわたしの名前。
少し緊張しながらも、わたしはその名を彼に告げる。
「……わたしは、馨。これから一ヶ月、よろしくお願いします」
こうしてわたしと殺人鬼の、奇妙な生活が幕を開けた……。
第二話に続く……