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「外には悪いものがいっぱいでしょう?そんなものに触れちゃ、病気が早く進んじゃうわ。だから、ね」
お母様はその笑顔のまま、わたしの手を優しく握って言った。
「お父様は馨の為に、馨を部屋に閉じ込めるのよ。その方が長生きできるから。全て馨の為なの。……こんなに想われて、幸せでしょう?」
「あ……」
そんな訳無い、と叫びたかった。
でもお母様の笑顔には、有無を言わせないような迫力があり、わたしの言葉は喉につかえてしまう。
「そんな訳無いでしょう!?」
そんなわたしの代わりにその言葉を言ってくれたのは、佐藤さんだった。
「何を言っているの?おかしな人ね」
「おかしいのはあなた達の方です!正直、家に閉じ込めた時点で私はどうかと思っていましたが……これは流石にやり過ぎです!!」
お母様はまさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。
一瞬ぽかんとした表情を見せた後───
「う、うわあああああん!!ひどい!ひどいよう!!」
───大きな声を上げて泣きじゃくった。
まるで、子供のように。
わたしは今までお母様の笑顔しか見て来なかったし、お母様の大きな声も聞いたことがなかった。
……今なら分かる。この人は、子供のまま成長していないのだ。
だから、お父様の言うことを全て正しいことだと思い込んで、それが幸せだと思い込んで……自分で考えることを放棄した。その方が楽だから。
「き、貴様!よくも妻を!!」
「いまは奥様よりも馨様のことでしょう!?」
「黙れ!!たかが使用人が口出しするな!!貴様はクビだ!!」
「お父様!そんなの……っ!!」
そんなの流石に横暴過ぎる。わたしはお父様に佐藤さんは悪くないと伝えようとしたが、激しく咳き込んでしまい、声が出せない。ああ、もうこんな時に……!!
「……!先程まで落ち着いていたというのに!やはり貴様が癌だ!貴様が悪い空気を持ち込んだせいで、馨が病気になったのだ!!」
「なっ……!そんなこと、有り得ません!!」
「黙れ黙れ!!誰かこいつを早くつまみ出せ!!」
この人は、いったい何を言っているの?
そんなの佐藤さんに対する八つ当たりじゃない……!!
ああ、でも声が出ない!苦しい!!
わたしは肝心な時に何も出来ないまま、佐藤さんが追い出されるのを見ているしか無かった。
─────それからわたしは、部屋に軟禁状態となった。
脱走しない為に、足を鎖で繋がれてしまう。
悪い空気を入れない為に、お手伝いさん達は私と一切の会話が出来なくなってしまった。
本やテレビくらいしか娯楽が無くなってしまい、いつしかわたしは笑顔が作れなくなった。
そしてそれから一年半後に、お母様が亡くなったらしい。
「らしい」と言うのは、わたしはそれからお母様に一度も会っていなかったからだ。
だがお母様が亡くなったのは本当のことだと思う。お父様の表情がその日を境に更に険しくなっていったからだ。
そしてお父様は、以前よりも家に帰らなくなった。
お母様を失い、わたしまでも失いたくなかったのだろう。世界中を飛び回って、わたしの病気を治せる医者を探していた。
そしてわたしの誕生日のちょうど一か月前である12月21日。
わたしはこの檻から、脱走したのだ─────