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……凄い。どうなってるの。
ほんの少し眠っただけなのに、黎一郎は完全回復したらしく、また全力疾走を決めてくれた。
というか、昨日より速いような。
乗り心地が非常に悪い。でも喋ったら絶対に舌を噛むだろうし、そもそもわたしの為に急いでくれてるんだから、これくらいは我慢しよう。
声を出せない代わりに、わたしは黎一郎に力強くしがみつく。「ありがとう」の意味を込めて。
「……チッ!」
急に黎一郎が舌打ちをし、方向転換をする。わたしの行動がお気に召さなかったのかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
「どうしたの」という意味で、わたしは黎一郎の肩を叩く。
「サツが張ってやがらァ……!回り道になるが、良いなァ!?」
「だいじょ、ぶっ」
……また舌を噛んでしまった。ああ。喋るなって言われてたのに喋ったから。でも今のはわたしに返事を求めた黎一郎が悪いと思う。
「俺ァ大丈夫だから、お前は黙ってなァ……!」
急に道を変えて、迷子にならないのかと心配になったが、黎一郎なら何とかしてくれそうという謎の信頼はあった。
なので、わたしは黙って彼に身を任せ、心の中で祈った。
……かみさま。どうかお願いします。
わたしたちの愚かな願いを叶えて下さい─────
「……黎一郎!」
何時間経っただろうか。黎一郎はその間もスピードを緩めることなく走り続け、足にマメが出来、そのマメが潰れてしまったらしい。彼のお気に入りの下駄が、真っ赤に染まっていた。
「あァ?喋んなって、言ったろ……!」
「もう、もう良いよ……!血が出てる……!」
「ンなことより右見やがれ、海だぜ……!」
黎一郎に促され、右側を見る。
そこにはわたしがずっと見たかった景色があった。
でも……
「……警察、ここにもいる……!」
「そんなモン見るな、お前は海だけ見てなァ……!」
黎一郎はすぐにこの場を立ち去るつもりだったのだ。
ひょっとしたら、休憩の時点で自分の目的である料理について、諦めていたのかもしれない。
……馬鹿だよ。
自分に何の得も無いのに、わたしのためだけに、こんなボロボロになって……。この人は、何て馬鹿で、愚かで……優しい人なんだろう。
「はッ、海があまりにも綺麗過ぎて、泣いてンのかァ?」
「……うん」
あなたのせいだよ、と言いたかったけど……言わないことにした。
「最初で最後の海だ。しっかり目に焼き付けておけよ。……後悔しないようにな」
「……うん」
黎一郎に対して詫びることも、気遣うことも、彼はきっと望んでいない。
彼はただ、わたしに海を見て欲しかっただけ。それだけの為に、こんなボロボロになってまで連れてきてくれたのだから。
だからわたしは、最初で最後のこの景色を、しっかりと目に焼き付ける。
……それが、あなたの望み……なんだよね。
それほど長い時間は居られなかったけど、わたしは今日見た景色を、一生……
……ううん。死んでも忘れないだろうと、思った……。
第五話に続く……




