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短編まとめ

公爵令嬢は恋をして策略を巡らす

作者: あとさん♪

 恋は人を狂わせるという。

 わたくしも恋に落ち、狂ってしまったのかもしれない。だからこそ、こんな莫迦な事を画策してしまった。


 恋は人を愚かにするという。

 わたくしも恋を知り、同時に自分の愚かさを思い知りました。だからこそ、この心に従い行動しようと思います。


 だって、わたくし、愚かな女なのですもの。


 わたくしの名前はディアーヌ。

 ディアーヌ・デ・ラ・セルダ。ラ・セルダ公爵家の娘です。


 アラン・ド・ヴィルアルドゥアン王子の幼馴染であり、婚約者でもあります。幼い頃から決められた運命(さだめ)に逆らうこと無く、殿下とこの国の未来を担うと思っていました。

 だと言うのに、いつから変わってしまったのかしら。


 今思えば、最初に変わったのは殿下でしょう。学園でお気に入りの女生徒を見つけてしまったのです。


 そうね。最初に恋に狂ったのは殿下でしたね。まさか殿下がわたくし以外の女性に目を奪われるなんて。


 でも、そのお陰でわたくしも自分の中に確かに恋があったのだと気が付いたのです。幼い頃から側にいて、気付くのが遅れたけれど。

 この思いを知らなければ、殿下たちを祝福し素直に身を引こうと考えたでしょうに。

 この胸の奥に眠っていた恋に気が付いたわたくしは、恋するお方の子を孕む幸せな夢を見てしまった。


 殿下を騙そうなど、罪深い事だけど。


 殿下。アラン殿下。

 あなたが恋に落ちた女生徒は、とても性悪でしてよ? 沢山の男子生徒に声をかけて、彼らの歓心を買い、身体に触れ、媚を売る。まるで物語の中に出てくる淫売ではありませんか。そのような者、将来国を背負う殿下の側に侍らすなど、到底許される事ではない。殿下だけではありません。殿下の側近候補の方々まで、あの女生徒はその毒牙に掛けているのです。


 国の将来を背負うはずの殿下。


 その殿下を支えるはずの側近候補の皆様方。あの方たちは、騎士団長の子息だったり、国の要職を担う大臣の子息だったり、国庫に富を運ぶ大商会の子息だったり、なんとまぁ、見事なまでに重要人物勢揃いです。


 そしてそんな彼らを虜にした一人の女生徒。


 多数の男たちが群がる一人の女性。


 トラブルが起きないなんて、誰が思えまして?

 それに殿下。あなた様が思い悩んでいる事なんて、わたくしには全てお見通し。


 このまま放置すれば、国が傾く原因にも成りかねません。

 もしかしたら国を二分する争いに発展するやもしれません。

 愛する我が国に混乱が生じ、無辜の民にまで被害が及んだとしたら。そう思うと気が狂いそうです。


 あの性悪女が動き出す前に、なんとしても最悪の事態を招くことだけは阻止しなければ。

 学園卒業まで、そしてわたくし達の決められた婚姻まで、あと一ヵ月。


 わたくしは策略を練る。


 ◇


 この日、王国の大聖堂で華々しく婚姻式を挙げた美しい一組の若夫婦がいた。夫はこの国の王子にして、婚姻と同時に王太子を叙任した、アラン・ド・ヴィルアルドゥアン。妻は王太子妃となったディアーヌ・デ・ラ・セルダ元公爵令嬢。金髪碧眼の王太子と、銀髪紫眼の王太子妃。対のように美しい彼らは大聖堂で婚姻式を挙げると、二頭立て馬車で王都内をパレードし、王国民に向けて彼らの婚姻を高らかに喧伝した。


 パレードを終えると王宮内で国内外の貴族、有識者を招き大々的な披露宴が行われた。未来の為政者を知らしめるイベントは夜通し行われたが、主役である王太子夫妻はお披露目のダンスを終えると早々に退出した。華燭の典を挙げたばかりの二人は新たに建てられた王太子宮で初夜を迎える。それを邪魔する者は誰もいなかった。



「ようやく、ひと心地つけますね。お疲れ様でございました、殿下」


「あぁ、ご苦労だった、ディアーヌ」


 幼馴染であり幼き頃から婚約者だったディアーヌは、誰よりも自分の事を理解していると王太子は思っている。そしてそれは紛れもない事実であった。

 夜着の上にガウンを重ね着し、ふたりでゆったりと寛ぐひととき。


「祝杯を挙げましょう。わたくしたちの生まれ年のビンテージワインを用意させましたわ」


 デキャンタに用意された其れをワイングラスについで、テイスティングするディアーヌ。ニッコリと笑顔で頷き、二つのグラスに注ぐ。王太子アランは其れを任意に選ぶ。昔から、そうだった。ディアーヌが毒味を。王太子は彼女が安全を確認したものを口にしてきた。

 目線の高さにまでグラスを掲げ、色味を吟味する。

「僕らの生まれ年のワインか…うん、美味いね」

「殿下、覚えてらっしゃいますか? あれは、確か五歳の時かと。わたくしたちが初めて会った時……」


 ディアーヌと思い出話に花が咲く。

 当然だ。彼らは幼い頃から互いを結婚相手と認識し、王子であるアランはいずれこの国を背負うと、その妃となるディアーヌは国母となるべく、日々勉強し研鑽を重ね、切磋琢磨し過ごしてきた。そこに恋愛感情はなくとも、信頼関係を築いてきた一番の親友だと言っていい間柄なのだから。


「あの時の君の顔は傑作だったな! 本当に君は負けん気が強い」

「あれは! アルフォンソ王弟殿下が、お悪いのです! たった五つしか違わないのに、わたくし達を未熟だと揶揄(からか)うから!」

「アルフォンソ叔父上は研究所に居るのだから、専門知識に特化しているのだ。アレに張り合おうとする君の方が無謀だと、僕は思うがね?」

「まぁ、酷い! 殿下、そんな憎まれ口を叩きますと後悔なさるのは殿下の方でしてよ?」

「おや。僕の弱みを握っているからかい? 大上段に構えるね」

「そうです。わたくしあっての、殿下だと思いますわ」

「そうだね、僕の負けだよ」


 素直に両手を挙げるアランをにこやかに見守るディアーヌ。美しい、彼の、婚約者。今夜からは、正妃……。


「ディアーヌ、その、本当に……いいのか?」


 彼らは秘密を抱えている。

 両親である国王両陛下にも漏らしていない、二人だけの秘密。


「勿論。わたくしは殿下にお仕えする為に、今まで研鑽を重ねてきたのです。殿下のお望みを叶えること、それがわたくしの至上命題ですわ」


 ディアーヌは美しく完璧な笑みを浮かべた。


「ディアーヌ……」

「殿下がエステル嬢に御心を奪われたのは、言わば、……運命だったのだと、わたくしは思います。運命の導いた真実の恋は尊く、誰にも引き裂く事など出来はしません……」


 目を伏せると、睫毛の長さが際立つ。そう、彼女は類まれなる美貌を誇る。だが、幼い頃から見慣れすぎたその美貌に、アランは惹かれなかった。彼が恋をしたのは、ほんの一年前、学園に編入してきた下級生エステル・レノー男爵令嬢に、だ。

 柔らかなピンクブロンドの髪に愛らしい空色の瞳。弾けるような笑顔と人懐っこい性格は、誰をも魅了した。


 彼はあっという間に恋に落ちた。そう、落ちるという表現が正しい程、男爵令嬢に溺れた。


 けれど彼には父、国王陛下が決めた婚約者がいる。婚約者を捨てる事は王命に背くと同義。反逆者だ。だが自分は恋人に永遠の愛を誓った。恋人の為に次期国王という身分を捨て一介の貴族となるか。


 アランは悩んだ。


 悩む彼を救ったのはディアーヌだった。彼女はアランという人間をよく理解していた。そして彼に提案したのだ。『真実の愛』を捨てるな、自分を利用すればいいと。


 あの時の凛としたディアーヌの様子を、アランは忘れる事が出来ない。あれは卒業式の一ヵ月前の事だった。


 ◇


 王太子妃としての教育を終えたディアーヌは、既に王宮に一室を与えられていた。学園へは一緒の馬車に乗り通っている。密談場所は馬車の中が主だった。

 彼女はそこで、恋に思い悩むアランに提案した。


「恐れながら、殿下。殿下は幼き頃より国王となるべく、勉学に励んで来ましたよね? わたくしと共に国を盛り立てよう、と。それを投げ捨てると言うのですか?」

「それでは、どうしろと言うのだ?」

「わたくしと、普通に、婚姻すれば良いのです。わたくしとの婚姻で、殿下は王太子の称号を得る予定です。そして、わたくしをお飾りの妃とし、白い結婚にすればいい。子どもが出来ない王太子妃には、側室もしくは愛妾が認められます。その座にエステル嬢をお迎えできますわ。……ただ……」

「ただ?」

「お早くエステル嬢を確保して隔離した方がよろしいかと、ご注進申し上げますわ」

「どういう事だ?」

「殿下はあのお三方を、パトリック様、ルネ様、ジルベール様を、本当に信用していらっしゃいますか? あの方々もエステル嬢を狙ってます。お早く手を打たないと、あのお三方の内の誰かの子を孕む可能性が高いと……」

「なんだって?!」

「パトリック様の、エステル嬢を見る目をご存じありませんか? ルネ様のエステル嬢を呼ぶ声の甘い事もご存じない? ジルベール様は常にエステル嬢に侍っておりますわ」

「そんな……いや、確かに、彼らもエステルと仲が良いが……」

「こう申し上げては誤解が生まれるかも判りませんが……エステル嬢は、情に流されやすいお方。彼女の優しさにつけ込んで、いつ彼らのお手付きになっても可笑しくないと、学園中で評判です」

「バカな……ど、どうすればいいのだ?」


 アランはディアーヌに問い掛けた。

 聡明な彼女は自信に満ちた瞳を彼に向けた。


「ギァリッグ地方に王家の離宮がございます。その離宮に彼女をお迎えするのです。それも、婚姻式の次の日に。そうすれば彼女にも殿下の真心が通じましょう。わたくしとの縁組は政略だと、きちんと殿下自らご説明するのです」

「……なるほど……」

「残念ながら、エステル嬢は学園を卒業していない身なので、その、すぐに側室としての公務や、夜会に出席する事は適わないでしょう。彼女に国政は、まだ無理です。ですが、殿下が真実の愛を捨てる事などなさらなくとも良いのです。煩わしい邪魔の入らない離宮で、お二人ゆっくり絆を深められませ」

「ディアーヌ……君は、それでよいのか?」


 彼女の提案は、自分にとってはとても都合が良い。地位を捨てることなく、愛する人を自分の物に出来る。


「わたくしは殿下の一の理解者。幼馴染であり親友であると自負しております。そんなわたくしが、殿下に与力しないはずがありませんわ」

「そう、だね……君は僕には恋している訳じゃないから…」


 そう言った時、ディアーヌは一瞬顔色を変えた気がした。…馬車内に射した陽光のせいかもしれない。


 ◇


 かくして、事はディアーヌが画策した通りに進んだ。


 エステルは何やらディアーヌにいじめられていたなどと世迷言を吐いていたが、ディアーヌがそんな馬鹿な事をするはずがない。エステルには、自分たちの為に離宮を用意する彼女の真心を説明し、一緒に離宮で生活しようと提案した。下級生であるエステルは学園を中途退学する事になるが、そんな事はどうでもよい。エステルの卒業を待っていたら、側近候補だとアランに侍っていた奴らにエステルを奪われてしまう。彼らより先んじて行動しなければならないのだ。


 大聖堂で大々的に行われた婚姻式。人々に祝福されながら、ディアーヌは「エステル嬢のお気持ちを思うと、わたくしも辛いです」と切ない瞳をアランに向けた。

 ディアーヌは賢い上に、情に厚い。


 こんなに自分に報いてくれるディアーヌに、 白い結婚を強いても良いのだろうか?

 彼女の名誉を汚すことにならないか?

 夫に顧みられない妻という惨めな称号を与える事にならないか?

 せめて、閨を使った形跡くらい残すべきではないのか?


 思考は千々に乱れ煩悶しながら、アランはワインを飲み干した。








「殿下…もう間もなく、夜明けとなります。出発するなら、今です…」


 ディアーヌの囁く声がする。いつの間にかアランは寝ていたらしい。

 ディアーヌの差配により、ラ・セルダ公爵家直属の家臣が、エステル嬢を連れて離宮に赴く手配は済んでいる。

 身体を起こして驚いた。自分は、いつ下肢の衣服を寛げたのだろうか。丸出しではないか。それにベッドに横になっていた。昨夜、自分はいつ寝たのだろう………ディアーヌとワインを空けて語り明かすつもりだったが、いつの間にか二人でベッドに移動した…? 同衾したのか?

 隣を見るとしどけない様子のディアーヌ。アランの視線に気がついて、慌てて白い脚を隠す様が艶かしい…そして、シーツに点々と残る血の跡…記憶はないが、昨夜ここで何があったのかは、一目瞭然だった。


「殿下……あの、昨夜のことは…」

「ディアーヌ…僕はここで君を抱いたのか?」


 目に見えて彼女の肩が震えた。


「…いいえ! そのような事実はありません、殿下の御心はエステル嬢に捧げられたままです!」


 押し殺したディアーヌの声。背けられる視線。いつもなら、こんな弱々しい風情を見せない女性なのに……!

 アランは彼女の振る舞いによって、昨夜何があったのかを確信した。

 そして朧気に聞いた声を思い出す。ディアーヌの声だった。聞いたことも無い、切ない、甘えたような声音で『殿下…』とアランを呼んでいた……

 そうか。自分はディアーヌを抱いたのだ。

 昨夜、彼女の処遇を考えながらワインを空けた。恐らく、そのせいで自分を見失い……。

 なのにディアーヌは、あくまでも、アランの立場を、彼の心までも守ろうというのか。彼女は、ここまで自分を思ってくれていたのか……!


「済まない、ディアーヌ。だが君を正妃として尊重する約束は守る。君の立場は絶対だ」


「殿下……わたくしは……」


 立ち上がり、背を向け衣服を着替える。どうしてもディアーヌの顔を見る事が出来なかった。


「約束の時間があるから、僕は行かなければならないが…月に一度は必ず君の許に来るから」


 ブーツを履き、その金髪を隠す為のマントを被る。アランは行かなければならない。約束をした、愛しい恋人の許へ。


「政務のことはわたくしにお任せ下さい。殿下は後顧の憂いなく離宮へ行かれませ」


 部屋を出る直前振り返ると、ディアーヌはベッドの上で所在なさげにこちら(アラン)を見ていた。寝乱れたその様は、いつものディアーヌではないような気がした。


「夜明けはまだだ。君は寝なさい。人払いはしておくから」


 初めて、幼馴染に“女”を感じたアランは、それを忘れたくて急いで部屋を飛び出した。






 アランは出掛けた。

 扉が閉まる。立ち上がり、覚束ない脚で扉まで歩く。立ち上がった事で、情事の後が零れた。

 裸足に真新しい天鵞絨の絨毯が心地良い。

 扉の内鍵をかけた。


 わたくしがこの恋を自覚した時、同時に気がついた事がある。

 わたくしは、この国をとても愛している、という事。

 そしてわたくしは王太子殿下より、遥かに優れているという事実に。


 わたくしの存在あってこそ、アラン殿下は王太子足り得る。アラン殿下は、わたくしを妻にしなければ王になる器ではないが、わたくしは誰を伴侶に選んでも王妃もしくは女王になれる器なのだと。


 このままアラン殿下に国政を握らせては、いずれ国が亡ぶ。そんな未来が視えた。わたくしが傍についている以上、そんな事にはさせないが、わたくしはもう一つの夢を見てしまったのだ。

 恐れ多くも恋したあの方とわたくしとの子どもを次の王位につけたいと。

 そう、望んでしまった。

 幼い頃から親しんだ幼馴染を取るか。それとも恋したあの方を取るか。

 悩み、煩悶し、様々なパターンの未来を想定し。

 結果。

 わたくしは、友情よりも恋情を取った。


「ディアーヌ」


 わたくしを後ろから抱きしめる温かい腕。


「俺のディアーヌ。俺の美しい女神」


 大きな手がわたくしの身体をなぞり、耳元で囁く声が鼓膜を擽る。


「哀れにも俺の甥は、君の美しさに今更ながら気が付いたようだね」


 アラン殿下が目を覚ます直前、衝立の影に身を潜ませていたけれど。


「アルフォンソ王弟殿下……」


 もう、鍵はかけた。邪魔をする者は誰も来ない。わたくしの愛しい方は、こうしてわたくしを抱き締めている。


「まったく、あの浮気者は“真実の恋人”がいるのではないか? 今にも君を襲い掛かりそうな目で見ていたぞ」


 昨夜アラン殿下は、わたくしの仕込んだ遅効性の睡眠薬入りワインを飲み干した後、この寝台で寝入ってしまった。睡眠薬を仕込んだのは、グラスに。そしてわたくしは、彼が二つの内どちらを選ぶか、なんてよく判っていた。楽しい心地の時は右を。悩んだり悲しい気持ちの時は左を。彼は意識していなかっただろうけれど、そんな癖があった。

 勿論、昨夜は右のグラスを選んでいた。

 そして寝入ってしまったアラン殿下の隣で、わたくしは極秘の避難経路から侵入したアルフォンソ王弟殿下と初めての夜を過ごした。


「ディアーヌ……やっと君が手に入った…俺のディア…夢のようだよ…」


「…殿下…」


「もう敬称は止めてくれ。でないと、誰を呼んでいるのか判らない」


「アルフォンソさま……」


 抱き上げられ、寝台に戻される。わたくしの上に覆いかぶさったアルフォンソさまが耳元で囁いた。


「ディアーヌ……君は、本当にこれでよいのか?」


 奇しくも昨夜、甥であるアラン殿下も最後とばかりにわたくしに確認した。


「君たちの婚約を解消して、俺が君を貰い受けるという未来もあったんだよ?」


 わたくしは愛しいアルフォンソさまの頬に手を添える。


「わたくし自身の幸せだけを求めたら、そうしていました。ですが……」


 王命と恋する少女を天秤にかけ、思い悩むような男が国王になどなれるものか。いずれ大きな決断を下さねばならない時に他者の意見に流されるような男に愛するこの国を渡せない。


 わたくしは幼馴染を篭絡したあの女をよく観察した。彼女は男にだらしなく、教養がなく、品がない。

 けれど、溢れるばかりの権勢欲と全ての男を虜にしようという強欲さは目を見張る物があった。

 彼女を観察して、わたくしは考えを改めた。

 わたくしも、あの女のように欲しい物を欲しいと、追求してみたくなったのだ。

 恋する男も、愛するこの国の実権も。


「君が、この胎に子を宿せば、俺は王位継承権を放棄し、臣下に下る。公爵位を賜り、ゆくゆくは宰相としてこの国を支える礎となるだろう」

「わたくしの、産んだ子の、王位を継ぐ姿を、守るために?」

「そうだ」

「ならば」


 わたくしは早急に身籠らなければならない。

 幸い、アランはわたくしと同衾したと誤解している。

 アランと同じ色彩を持つアルフォンソさまの子を産んだところで、わたくしの不貞は明らかにはならないだろう。


 そして。


 婚姻式の翌日早朝から、愛人の為に城を抜け出し離宮に籠るような王太子を、国王陛下は、家臣たちは、どう思うだろうか。

 政務を王太子妃(わたくし)に丸投げして、城を離れ愛欲に耽る王太子に、誰が期待するだろうか。

 そしてそんな状態でも、なんの問題も無く国政が回ったとしたら。


 王太子に対する周囲の信頼を失わせるなど、実に容易(たやす)いことだ。

 そしてわたくしは、公爵家の娘にして正式な王太子妃。

 そのわたくしに子が生まれたら。



 わたくしは両手を広げ、恋しい男を受け入れる。

 この手に掴むのは、想定した未来か。それとも破滅の道か。



 全ては神のみぞ知る。




【完】

色々説明不足、力不足を痛感。

ご意見ご感想をお待ちしております<(_ _)>

評価も頂けたらこれ幸い。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう話大好きです…! 野望に精進するディアーヌ、生まれた子供の代でなんかありそう。 あっちにも子供生まれるかな~。避妊薬飲まされてて妊娠しないかな~。
[一言] とても面白かったです。 お話の練り具合が秀逸! よいお話をありがとうございました。
[気になる点] アランと男爵令嬢のおバカップルの行く末 [一言] 面白かったです。 ディアーヌを悪女とは、私は思いません。っていうかアランがおバカなだけだし。おバカなりに婚約者を大切にして真摯に国政に…
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