05 責任とってもらうからね
「たのもう!」
僕をお姫様抱っこしたまま、ディセルさんはギルドの扉を勢いよく開け放った!
当然ながら僕達に注目が集まり、何人かは顔をしかめる。
「おい、こらディセル……」
数人の先輩ハンターが、浮かれすぎなディセルさんに向かってズンズンと進んできた。
いけない、このままじゃケンカになるかもっ!?
せっかくディセルさんが正式なハンターとして認定される日なのに、こんな事で揉め事を起こしたら大変だっ!
僕は慌てて降りようとしたけれど、ディセルさんは「暴れると危ないよ?」と、むしろさらに強く抱きかかえてくる。
そんな風にアワアワしている間に、僕達は先輩ハンターの人達に取り囲まれてしまった。
「テメェ、前にも言ったハズだがよぉ……」
ギラリを鋭い視線を向けながら、ハンター達は吠えた!
「アムールちゃんは皆のアイドルなんだから、独り占めするなよな!」
「そうだぞ!しかも、お姫様抱っこなんて……ここにいるファン達がどれだけ夢見たシチュエーションか、わかってやってるのか!」
「しかも、美女と美少女のツーショットが絵になるってわかってやってそうなのが、ズルいんだよ!ありがとうございます!」
……なに言ってるんだろう、この人達。
厳ついハンター達の口から出た思わぬ言動に、僕もディセルさんもキョトンとしてしまった。
だけど、ハンター達の愚痴は続いていく。
「噂じゃお前、正式なハンターになったらアムールちゃんと組むそうじゃねぇか!」
「こう……推しに恋人がいたけど、相手も良い奴っぽくて残念な気持ちと祝福したい気持ちが混ざる、俺達のこの感情……」
「わかれ!わかってくれ!」
う、ううん……正直よくわからない。
というか、女装がバレないように人付き合いはあまりよくなかった僕に、こんなに熱くなってくる人達がいたなんて……なんだか、申し訳ない気持ちになってくる。
「こらこら、皆さん!何をやってるんですか!」
「うっ……ネッサか……」
嘆くハンター達に囲まれているのを見て、受付嬢のネッサさんが僕達に助け船を出してくれた。
「皆さんの気持ちはわかりますけど、絡んだりしたらダメですよ!」
さすがにギルドの職員に注意されては反論もできず、ハンター達はスゴスゴと引き下がっていく。
ふぅ……と、ひとつため息を吐いてハンター達を見送ったネッサさんは、くるりと振り向くと満面の笑顔を浮かべた。
「お待ちしていました、アムールさんにディセルさん。受付カウンターの方へどうぞ」
そう促されて、ネッサさんの後についていく……って、そろそろ降ろしてもらえないでしょうか?
さすがに、ずっと抱っこされているのは周囲の目が厳しくなってきたのでディセルさんに告げると、彼女は渋々ながら僕を降ろしてくれた。
そうして受付カウンターを目指した僕だけれど……ふっふっふっ、実はディセルさんには内緒で、ちょっとしたサプライズを用意していたりするのだ。
「では、ディセルさん。こちらが、あなたのハンター認識証になります」
カウンターの向こうに戻ったネッサさんが、箱に入った認識証をディセルさんに見せる。
すると、彼女は「こ、これは……」と驚きの声をあげた。
ギルドが用意した認識証、それは黒いベルトに金属製のプレートが嵌め込まれている、首輪のようなタイプだった。
実を言えばこれ、僕が特注で頼んだ逸品だったりする。
元々、認識証はネックレスのように首から下げるのが普通だ。
それというのも、『手足と違って、首があるうちは生きて帰ってくる事ができるだろう』といった、少々エグい理由から定着した事なんだけど。
しかし、獣人族のハンターの場合、首元で認識証がチャラチャラとしていると気が散るといった人が多いそうで、こういった首輪タイプをつける事を好む人がほとんどだという。
それをネッサさんから聞いていた僕は、ディセルさんのハンター昇格のお祝いとして、この認識証を用意してもらったのだ。
一見すればただの首輪だけど、これは魔法の素材でできており、装着者の首にピッタリとフィットするのに少しも息苦しくなく、さらに『防刃』や『毒物耐性』などの効果を装着者に付与して、防御力をかなり上げてくれる。
ディセルさんは前線で戦う剣士だけど、獣人族だけに少し肌の露出も多いから、こういった防御をつけておけば少しは安心して戦えるハズだ。
まぁ、制作費に金貨十枚は正直ちょっと痛かったけれど、ディセルさんのためならお安いものだよね!
「この認識証、すごく値打ちのありそうな物だけど……ギルドでは、こんな物を配っているのかい?」
「いえ、これは特注ですから」
「特注?」
「こちらの認識証……実は、アムールさんからの贈り物なんですよ」
それを聞いて、ディセルさんが僕の方へ振り返った。
「ささやかですけど、ボクからのお祝いです」
僕が頷きながらそう言うと、何やらディセルさんの顔がみるみる赤くなっていく。
ど、どうしたんだろう?
「ええっと……つまり、首輪の認識証はアムールから私へ……ということなんだよね?」
「ええ、そうです」
「き、君は私に首輪を贈る意味を、わかっているのかい?」
首輪を贈る……意味?
「そういえば、獣人族の方達は親愛とか、友情の証しとして首輪を贈る事もあるといいますね」
僕が小首を傾げていると、ネッサさんがそう教えてくれた。
なるほど、それならますます贈り物としてぴったりだ。
「う、うん、それはそうなんだけど……」
何やら言葉を濁しながら、ディセルさんはモジモジしている。
あ、もしかして、値段の事を気にしているんだろうか?
確かに、魔法の付与してある首輪なんて見るからに高級品だし、お祝いの品も兼ねてるとはいえ、もらう方としてはちょっと躊躇するかも。
けど、そこは気にせずに受け取ってほしいな。
「ディセルさん、これはボクからの気持ちです。どうか、受け取ってくれませんか?」
僕は彼女の手を取って、お願いしながら微笑みかける。
すると、ディセルさんは何か言いたげに口をパクパクさせてから、不意に俯いてしまった。
どうしたんだろうと心配していると、下を向いたままでディセルさんは、か細く「……はい」と答えてくれた。
よかった、ちゃんと受け取ってもらえるみたいだ。
「あ、どうせならアムールさんが着けてあげればいいんじゃないですか?」
ネッサさんが横からそんな提案をしてくると、ディセルさんもコクリと頷いた。
そ、そうですか? じゃあ……。
僕が首輪をもって近づくと、ディセルさんは頭を上げて喉元を晒してくる。
なんだか……潤んだ瞳で上気した表情のディセルさんと、差し出された細く白い首が、妙に艶っぽい。
僕は思わずゴクリと息を飲みながら、そっと彼女の首へ手を回し、首輪の止め具をカチャリとはめた。
すると、魔法の首輪は調整のために、自動的にディセルさんの首を軽く締めつける。
「んっ♥」
一瞬だけ、ディセルさんから小さく声が漏れるも、首輪の動きはすぐに止まった。
どうやら、ベストポジションが決まったみたいだ。
「着け心地はどうですか?」
「あ、ああ……悪くないよ」
どこかうっとりした顔で首輪を指先で撫でながら、ディセルさんは僕の方を見る。
「私に首輪を着けたからには……ちゃんと、責任をとってもらうからね♥」
「は、はい……」
なんだか嬉しそうなディセルさんの声に、僕も思わず大きく頷いた。
責任なんて、大げさな感じはしたけど……とりあえずは、喜んでもらえてる……のかな?
「おめでとうございます、ディセルさん。これで正式に、アムールさんのパートナーですね」
パチパチと小さく拍手しながら、ネッサさんが祝福したいしてくれた。
そんな彼女に、ディセルさんも「ありがとう」とにこやかに返す。
「それではついでに、チーム登録もしておきましょうか?」
「あ、そうですね。お願いします」
「はい。ではまず、チーム名などは決まってますか?」
「ええっと、『レギーナ・レグルス』でお願いします」
僕が告げると、ネッサさんは一瞬だけ考え込んで、納得したように頷いた。
「なるほど、姫っぽいアムールさんと、王子様な風格のあるディセルさんには合ってる、いいネーミングですね」
さすが、ギルドで受付をやっているだけあって、獣人族の言葉も知ってるみたいだ。
でも、やっぱり僕はそういう扱いなんだな……。
「チームリーダーは、アムールさんでいいんですよね?」
「はい、それでお願いします」
「わかりました。それでしたら、『レギーナ・レグルス』をC級チームとして登録しておきます」
手元の帳簿にサラサラと書きこんで、ネッサさんはこれでオーケーと親指を立てた。
ギルドでは、チームメンバーの平均ランクより、リーダーの個人ランクで等級が決まる。
仮に、メンバーがリーダーより個人ランクが上でも、それが覆る事はないという。
でも、逆を言えばメンバーが低ランクでも、リーダーによってはチームとして高い等級を得られるということだ。
それだけに、依頼を受ける時にはメンバーの力量を正確に把握しておかないといけない、リーダーの責任は重い。
まぁ、僕達は二人だけのチームだし、ディセルさんの剣の腕も知ってるから、そこまで気負う事はないと思うけど。
「ディセルさんの正式なメンバー登録と、チーム設立おめでとうございます。これからも、頑張ってくださいね」
ネッサさんに励まされ、僕達は強く頷く。
すると、ちょうど他のチームが受け付けの方へと、歩いてくるのが見えた。
ネッサさんのお仕事を邪魔しちゃ悪いので、僕達は彼女に手を振ってその場を後にする。
さて、これからどうしようか……。
頭の中で、さっそく依頼をチェックした方がよいか、それとも今日はディセルさんの採用決定のお祝いをした方がいいのか……どちらにしようかと迷っていると、何やらこの建物の外からざわめきが聞こえてきた。
いったい、なんだろう?と、そちらに気をやると、突然ギルドの扉を勢いよく開き、ひとりのハンターが威勢よく転がり込んできた。
「た、大変だ!ハンター達は全員、武装して外に!」
かなり慌てた様子で、そのハンターは捲し立てる!
その尋常ではない様子に、僕達をはじめギルド内にいたハンター達が、愛用の武器を握りしめて建物の外へと飛び出していった!