09 殺し合いをしたい訳じゃありません!
淫魔女王ウェルティムを倒し、僕は一路、魔王城の最奥へと向かっていた。
幸い、城の中にはほとんど人の気配はなく、今の所は転移の罠で待ち受けていたウェルティム達以外とは、遭遇はしていない。
大魔王の城だっていうのにここまで空っぽになるというのは、別動隊として動いてくれている皆の方に、人員を取られているということなんだろう。
無駄な戦闘をしなくて済むのはありがたいけれど、侵入者用に仕掛けられた罠といい、魔王四天王のウェルティムが配置されていた事といい、僕達の動きもある程度読まれていたのは間違いない。
そうなると、一緒に侵入していたディセルさんや、勇者一行の皆さんが心配だ。
特にディセルさんが!
彼女の事だから、例え魔王四天王に待ち伏せされていても大丈夫だとは思うけど、大魔王の嫌がらせ的な采配がされているかもしれない。
それを考えると、なんだかモヤモヤと胸中に不安が広がっていくのを抑えられなかった。
無事でいてくださいと願いながら駆けていると、不意に前方を走っている人影に気づいた!
その人影も僕に気づいたのか、くるりと反転してこちらに向かってくる!
もしや敵か!?
僕はいつでも迎撃できるように、魔法の詠唱を始め……途中で解除した!
だって、こっちに走ってくるあの人に、攻撃する必要なんてないもの!
「アムール!」
「ディセルさん!」
互いの名を呼びい、走ってきた勢いのままに、僕達は強く抱きしめ合った!
「無事でよかった!どこか怪我とかはしてないかい?」
「僕は大丈夫です。ディセルさんこそ、無事で何よりですよ」
「フフ、心配してくれてありがとう」
尻尾を揺らし、耳をピコピコと動かしながら嬉しそうに微笑むディセルさんの愛らしい姿に、僕も自然と笑みがこぼれる。
すこしの間、そうやって抱き合いながら頬擦りとかしていた僕達だったけど、気を取り直して転移の罠に飛ばされた後の事を報告しあった。
「私は、魔王四天王の鬼人王ラグロンドの所に飛ばされた。高い再生力を持つ手強い相手だったけど、君のおかげで勝てたよ」
僕の……?
なんの事かよくわからないけれど、なにかディセルさんの助けになれたのなら、とても嬉しい。
それにしても、切れ味で勝負する『抜刀術』で、そんな即再生するような相手をほぼ無傷で倒すなんて、さすがはディセルさんだ!
まるで自分の事のように誇らしく思っていると、「君の方は?」とディセルさんが尋ねてきた。
「はい、僕も飛ばされた先に、淫魔女王のウェルティムが待ち構えていました」
「ウェルティムが!」
男に対して、無敵ともいえるその相手の名を聞いて、ディセルさんの表情がわずかに曇る。
だけど、安心してほしい。
「ディセルさんが持たせてくれた、このお守りのおかげで勝つことができましたよ!」
ディセルさんの香りが染み付いたハンカチを取り出しながら、僕は経緯を話す。
「そうか……君の役に立てたなら、私も嬉しいよ」
僕と同じ感想を口にしながら、彼女はちょっと照れ臭そうに笑うと、抱きしめる腕に少し力がこもる。
見つめ合い、二人の顔が近づいていって……。
だけど、唇が触れあいそうになった、その時!
突然、僕達が目指していた城の奥の方から、激しくぶつかり合う金属音のような物が響いてきて、つい反射的に離れてしまった!
あう……いい所だったのに……。
寂しい思いはあれど、我にかえった僕とディセルさんは、互いに顔を見合わせて頷きあう。
そうして、戦いの音が聞こえてくる、最奥の方へと走り出した。
──少しして、僕達は通路の突き当たりになる巨大な扉の前にたどり着いた。
この扉の向こうから、戦いの音が響いてくる。
おそらく、ここにエルビオさん達がいるはずだ。
思いきって飛び込もうともしたけれど、闇に堕ちたエルビオさんの状態がわからない以上、迂闊な真似はできない。
だから、僕達は中の様子をうかがうために、そっと扉を少しだけ開き、その隙間から室内を覗きこんだ。
そんな僕達の目に飛び込んできた光景。
それは、聖剣を振り回す女性化したままのエルビオさんと、盾と防御魔法の障壁で守りに徹する勇者パーティ一行の姿!
ウェルティムは倒したはずなのに、なんでエルビオさんが女性化したままなのか?
さらに、そんな勇者一行の同士討ちを、なぜギストルナーダがニヤニヤしながら見物しているのか?
疑問はいくつかあったけれど、それよりもエルビオさん達の戦いに目がいってしまう。
彼等は、激しい打ち合いながらも、なにやら口論を繰り広げていた!
◆
「くっ!いい加減に目を覚ませ、エルビオ!」
「目なら覚めてるさぁ……意識もバッチリさえてるよぉ!」
「それなら、もうこんなことは止めてください!」
「やめられる訳がないだろう……女装してた男の子に浮かれていた、僕のことを内心で嘲笑っていたくせにぃ!」
「そ、そりゃ、奥手のアンタを多少は焚き付けたりしたけどさ、あの時はアムールの正体がアムルズだったなんて知らなかったんだし!」
「アムール……」
不意に出された僕の名前を聞いて、エルビオさんの顔がキリキリと険しい物になっていく!
「あ……やば……虎の尻尾踏んだ……」
しまったという顔をするルキスさんに答えるように、エルビオさんの攻撃が激しさを増していった!
「ル、ルキスさん、余計な事を言っちゃダメですよ!」
「ご、こめんって!」
「うう……そんなに、女装少年に熱をあげていた僕がおかしいか!お前達だって、人には言えない趣味をしているくせにぃ!」
「な、なっ!?」
エルビオさんの言葉に、グリウスさん達が分かりやすいくらいに狼狽する。
え、なにかそんな特殊な趣味が……?
「グリウス!お前は、獣人族の女性が好みだったよなぁ!もしも、僕がアムールとくっついたら、余ったディセルをあわよくば……なんて、思ってたんじゃないのかぁ!?」
「なっ……」
えっ!?
ま、まさかグリウスさんが、ディセルさんを狙ってた!?
しかし、そんなエルビオさんの言葉に、グリウスさんは妙に真顔になって首を横に振った。
「いや……獣人族の女の子は確かに好みだが、ディセルとかおっかないし……もっと優しくて、家庭的な娘の方がいいし……」
む……その言い方じゃ、ディセルさんが優しくないみたいじゃなですか!
チラリと僕の隣のディセルさんを覗き見れば、ちょっと微妙な顔をしていた。
だ、大丈夫です!ディセルさんが優しい人だって事は、僕が一番わかってますから!
「ふん……なら、ヴァイエルとルキス!」
「わ、私達がなんだというんですか!」
「そ、そうよ!別に、隠してる事なんて……」
「はっ!お前達がデキてる事は、僕もグリウスも知っているんだよ!」
「っ!?」
ええっ!?
あ、あの二人が!?
「な、何を根拠にそんな事を!」
「そ、そうよ!いきなり、訳のわかんない事を!」
「ふん、隠してるつもりかもしれないが、前から宿に泊まる際は男女で別れていたよなぁ。その時に、女部屋の方からお前達が睦み合う声が、いつも聞こえていたんだよ!」
それを聞いたヴァイエルさんとルキスさんの顔が、みるみる内に真っ赤に染まっていく。
そ、そういえば、あの二人は長く過ごしているエルビオさん達と、恋愛的な噂が立つ事すらなかったもんな……。
しっかりと使命と私事を割りきってるのかと思っていたけど、まさか女性同士でデキていたなんて……。
「女同士でデキているお前達が、男だったアムールに惚れていた僕を笑えるのかよぉ!」
「だ、だから別に笑ってないっつーの!それと、パーティの中が変な空気になるが嫌だから黙ってただけで、アタシはヴァイエルとデキてる事を、全然恥ずかしいとは思ってないからね!」
「ル、ルキスさん!」
「まぁ、アタシと違ってヴァイエルには色々と立場もあるから、大っぴらにできないって事情もあるけどさ……」
「ああ……いつも私の事を考えてくださって……私もそんなルキスさんと愛し合えて幸せです♥」
「ヴァイエル……」
「ルキスさん……♥」
「おおぃ!二人の世界に入るのはいいけど、防御魔法を忘れるな!」
見つめ合ってお互いに夢中になり、うっかり防御魔法への集中が切れたヴァイエルさんに、猛攻を防ぐグリウスさんからツッコミが入る!
それで、ハッ!としたヴァイエルさんが、再度、防御魔法を展開した。
再び、硬直状態で攻防が続くエルビオさん達。
そんな彼等を見物していた、大魔王ギストルナーダが口を開いた。
「なるほど、勇者一行の面白い内情は聞かせてもらった。だが、そろそろ本命を迎えようではないか」
まだ、何かあるのか……?
そう思って覗いていた僕達の方へ、突然ギストルナーダが顔を向けた!
「そんな所で、こそこそ覗き見していないで、中へ入りたまえ!」
ギストルナーダがパチンと指を鳴らした瞬間、勝手に扉が開いて僕とディセルさんは転がりそうになりながら、部屋の中に入ってしまう。
そんな突然乱入してく形になった僕達を、攻撃の手を止めたエルビオさん達がキョトンとした顔で見ていた。
「んん?ラグロンドとウェルティムの所に飛ばしてやったはずだが、二人とも無事とは……」
「フッ……私のアムールにかかれば、ウェルティムなど敵ではなかったということさ!」
「ボクのディセルさんなら、ラグロンド相手でも楽勝に決まってるからね!」
少しだけ意外そうなギストルナーダに、気を取り直した僕達は牽制するように胸を張ってみせる!
それを眺めていたギストルナーダは、呆れたような感心したような、どこか気の抜けた笑みを浮かべた。
「まったく、相変わらず仲のよろしい事だ。そうは思わないか、エルビオ?」
そう大魔王に振られたエルビオさんは、グリウスさん達に背を向けて僕をジッと凝視している!
こ、怖い……。
「ククク……待っていたぞ、アムールゥ……」
ゾワリと背中が粟立つほどの圧力を放ちながら、エルビオさんはこちらに歩を進めてくる。
思わず畏縮しそうになった僕を庇うように、ディセルさんが間に入ろうとした!
だけど、僕はそんな彼女を制して、一歩踏み出す!
「アムール!」
「だ、大丈夫です、ディセルさん……ここは……ボクに任せてください!」
そうだ、エルビオさんがああなってしまった、原因の一端は僕にある。
なら、自分の撒いた種は自分で刈り取らなくちゃ!
心配そうに僕を見つめていたディセルさんだったけど、その決意を汲み取ってくれたみたいで、コクンと頷き道を譲ってくれた。
信じてくれて、ありがとうディセルさん……。
勇気が湧いてくるような、彼女から向けられる信頼の眼差しを背に受けながら、あと数歩でぶつかるという位置まで進んで、僕もエルビオさんも足を止めた。
「会いたかったよ、アムール」
「……ボクもですよ、エルビオさん」
「フッ……相変わらず、可愛い上に凛々しいね……僕を惑わせた、あの時のままだ」
それを言ったら、今のエルビオさんも……そう言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。
いけない、いけない。
いまだ女性にされたままのエルビオさんにそんな事を言ったら、彼の逆鱗に触れそうだ。
「だが、こうして僕の前に現れたという事は、責任を取ってくれるということでいいんだよねぇ?」
ニィ……と冷たい笑みを浮かべながら、聖剣を構えるエルビオさん。
そんな彼に体して、僕は……持っていた魔法の杖を、ディセルさんに向かって投げ渡した!
「なにを……?」
「ボクは……あなたと、殺し合いをしたい訳じゃありません!」
怪訝そうなエルビオさんに、ボクもハッキリと言い放つ!
そう、ギストルナーダの仕組んだ流れに乗る必要なんかない!
僕はエルビオさんと戦うのではなく、彼を説得して光の勇者として立ち直ってもらうのが目的なんだから!
「ボクがどれだけ言葉を尽くしても、今のあなたに届くかどうかわからない……だから、拳で語り合いたい!」
僕は拳を握って、エルビオさんに突き出す!
かつて何かの本で読んだ、男と男の最終コミュニケーション、それが肉体言語!
想いを拳に乗せてぶつけ合う、その原始的行為が、今の僕達には最適解のような気がした。
「……ククク、ハハハ……アハハハハハッ!」
肩を揺らし、やがて仰け反るように大笑いしだしたエルビオさんは、そのまま聖剣を床に突き立てる!
「面白い……その申し出、受けてたつよ!」
胸を覆う布一枚を残して、上半身の鎧を脱ぎ捨たエルビオさんは、悠然と拳を構えた。
……身体強化魔法で底上げしているとはいえ、勇者が相手ではこちらの方がはるかに分が悪い。
それでも、なんとか殺し合いを避け、対等の勝負にまで持ち込む事はできた。
後は、僕の想いを乗せておもいっきりぶつけるのみ!
大きく息を吐き出し、気合いの声を交えて吠えながら、僕はエルビオさんに向かって突っ込んでいった!




