04 お久しぶりです、ターミヤ先生
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お祖母ちゃ……お姉ちゃんによる『魔法使い系ハンター強化計画』を行う一週間は、川の流れのように過ぎていった。
まず、街中では一般人の皆さんからの目もあり、色々と迷惑になるので、防壁の外に大きめの野営地を開いて、そこで各々の課題をこなすようにする。
そうして、男性魔法使い達は様々な女装テクニックや、女性らしい仕種を身に付けて魔力の増加に努め、女性魔法使い達はお姉ちゃん指導のもと、繊細な魔力のコントロールを身に付けていった。
また、全女性ハンターに対して行われた、『ほんのちょっとの変化で、今までの印象をガラリと変えるメイク法』もかなり好評との事。
……こうして聞いていると、とても魔族や大魔王と戦うための準備には聞こえないと思うけれど、僕達はいたって真剣に取り組んでいるんです。
さらに、勇者エルビオさんを正気に戻すため、勇者パーティの皆さんもレベルアップに勤しんでいた。
前衛の盾役でもあるグリウスさんは、戦士系ハンター数十人を相手に特訓を繰り広げ、神官であるヴァイエルさんは創造神への熱心な祈りを捧げ、神の御心に触れる事で信仰心と治癒魔法に研きをかけている。
斥候役であるルキスさんも、冥界神の加護にあやかろうと、ロロッサさんの胸を揉んだり、胸を揉んだり、胸を揉んだりしていた。
うーん、なんの加護にあやかろうとしてるんだろう。
そんな皆の頑張りは着実に実を結び、日々を追うごとに目に見えて強さの段階が上がっていく。
そして、それは僕とディセルさんについても同じだった。
「──いくよ、アムール!」
「はい、ディセルさん!」
向かい合った僕達は、お互いに意識を集中させていく。
やがて、周りの音が消え、極限の集中力により加速した思考は、肉体を超えてある特定の高みへと到達を果たす!
『領域』
高レベルの者同士でしか到達できない、自分達以外は時の止まった世界とも思えるほどの、精神集中の究極形。
本来であれば、剣士は剣士と、魔法使いは魔法使いと、同系統の者同士でなければこの『領域』には入れないハズなんだけど、僕とディセルさんはあり得ないはずの不可能を可能にしていた!
……まぁ、僕達がちょっとイチャイチャするのに集中してたら、思ったほど時間が経っていなくて、ひょっとしたら『領域』までいけるんじゃ……?というのがきっかけなんだけどね。
怪我の巧妙というか、好きこそ物の上手なれというか……なんにせよ、女装指導に忙しいお姉ちゃんに相手をしてもらえない僕や、同等の剣士がいなかったディセルさんにとっては、格好の修行スタイルを得た形だ。
『さぁ、始めよう。今日も、負けた方が罰ゲームだからね♥』
『ええ、受けてたちます!』
剣と魔法……お互いに得意分野が違うため、『領域』に入っていながらもそう多くの仮想戦闘は行えない。
なので、僕達は少ない戦闘回数でも効果を上げられるよう、罰ゲームを設定して効率をあげる事にしていた。
その内容は、「全ての決着がついた後、負けた回数の分だけ相手の言うことを聞く」という、いたってシンプルな物だ。
現在の所、僕は137回、そしてディセルさんは276回、言うことを聞いてもらう権利を獲得している。
何を命じられて、何を命じたものか……いまからもう、ドキドキが止まらなかった……♥
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そんな、目まぐるしく忙しかった一週間はあっという間に過ぎて行き、いよいよドワーフの国からやって来る、ターミヤさんや獣人族の戦士団と合流する日を迎えた。
「ターミヤ先生に会うのも、久しぶりな気がするよ」
「実際は、そんなに長いこと離れていたわけでも無いんですけどね」
そう言ったものの、ターミヤさんと別れてから獣人王国の奪還や、今回の一連の事件なんかも合って、僕もすごく久しぶりな気がする。
やがて、誰からともなく「来たぞ!」という声があがり、僕達は街道の脇へと走っていく。
「……お、あれのようだね」
街道の向こうへと目を凝らしていた、ディセルさんが呟く。
僕もそちらの方向をじっと見据えていると、確かにこちらへと向かって進んでくる戦士達の一団らしき影が、おぼろ気ながらに見えた。
そして、その一団の先頭に立つ、独特のシルエットは……間違いない、ターミヤさんだ!
彼等が、はっきりと視認できる距離まで近づいてきた辺りで僕達が手を振ると、それに気付いたらしいターミヤさんが、獣人の戦士達を待機させて僕達の所にやって来る。
『よう、ディセルにアムール!久しぶりだな!』
以前と変わらない、気さくな物言いでターミヤさんは僕達の肩をポンポンと叩く。
「本当にお久しぶりです、ターミヤ先生。どうやらお変わりもないようで、ホッとしました」
『ハハハ、変わろうにもこの体じゃ変われんがな』
確かに、スケルトンであるターミヤさんは、装備なんかに変化はあっても彼自身には変化はないようだ。
『逆に、しばらく会ってなかった間に、お前達は見違えるように強くなったみたいだな』
むっ、さすがはターミヤさん。
僕達のわずかな仕種から、レベルアップの痕跡を見つけたみたいだ。
「とりあえず、この野営地の責任者であるマーシェリーの所へ行きましょう。先生達が到着したことを、伝えなければ……」
『ああ、その前になんだが……ディセル、お前と手合わせしたがってる弟子がいてな』
「私と……?」
首を傾げるディセルさんに背を向けて、ターミヤさんが「おい!」と声をかけると、一団の中から「ハイ!」という元気の良い声と共に、一人の剣士が姿を現した。
って、あれは……。
「兄上!?」
「ルド……さん!?」
戦士達の間から歩み寄ってきたのは、ディセルさんのお兄さんの一人で、僕を狙っていた獣人王国の第二王子である、ルドだった!
「久しいな、二人とも」
ターミヤさんの修行の成果なんだろうか……目の前のルドさんからは、以前に感じていたような荒々しい感じが消えて、落ち着き払った態度からは、研ぎ澄まされた名刀のような雰囲気さえ感じられる。
「……兄上、手合わせを所望との事ですが、どういう了見ですか?」
「なに、今のお前がどれ程の強さを持っているのか……ターミヤ師に譲られた、その『真刀・国士無双』にふさわしい腕前なのかどうか、試してみたくてな」
「ほぅ……」
ルドさんと言葉を交わしていたディセルさんの気配が、わずかに闘気を帯びてくる。
「どうやら、どちらがこの刀に相応しいのか、試してみたいようですね」
「有り体に言えば、そういう事だ。俺が勝ったあかつきには、その『真刀・国士無双』と……」
一瞬、言葉を切ってルドさんは、ちらりと僕を見た。
「アムールはもらい受けるぞ!」
ええっ!? な、なんで!?
確かに、ルドさんは僕に執着してたけど……まだ、諦めてなかったの!?
「アムールを……ですか」
ルドさんの言葉に、少し訝しげな表情を浮かべるディセルさん。
その顔は、男の子に向かってなに言ってんのという気配なのだが……おそらく、ルドさんは僕の正体に気付いていないんだろうなぁ。
正体がバレたのも、この街のギルドに参加しているハンターやギルド職員達だけだし、箝口令も敷かれているようだから、ドワーフの国にいたルドさんが知らなくても仕方ない。
「やれやれ……私からアムールを奪おうなどと口にするとは、仕方のない兄上ですね。少し、わからせてあげますよ!」
口調は軽いけど、凶暴とも言える笑みを浮かべ、ディセルさんとルドは対峙する!
そんな二人の間に、わずかに空間が圧縮されていくような気配が感じられた。
これは……二人が『領域』に入ったのか!
兄妹を包むように展開した、超加速した精神世界の中で、おそらく二人は激突している!
そう僕が思った、その瞬間!
突然、ディセルさん達の間に張りつめていた空気が弛緩し、ガクリとルドさんが膝をついた!
「私の勝ちです、兄上」
「……ああ、俺の敗けだ」
以前からは考えられないほど、ルドさんは素直に敗けを認めた。
あまりのその潔さに、勝利したディセルさんも面食らってしまっている。
『カカッ、まぁ俺の元で修行して、こいつも色々と現実を受け入れる心の強さが身に付いたって事だな』
豪快に笑うターミヤさんの言葉に、そうかもしれませんとルドさんも微かに微笑む。
『さて、今後の打ち合わせなんかもあるし、責任者に会わせてもらおうか。あと、あいつらの寝床もよろしく頼むよ』
「わかりました、獣人族の野営スペースへは、ギルド職員の方々に案内してもらいましょう」
そうして、獣人族の戦士達をギルド職員に任せて、僕達はお姉ちゃんの元へ向かう。
その間、ふとターミヤさんが声を潜めて僕に声をかけてきた。
『アムール……お前さん、一部の連中に正体がバレたと聞いていたんたが』
「あ、ええ……色々とありまして」
『ふうん、お嬢から聞いてはいたがなぁ……しかし、そのわりには、ここの連中はすんなり受け入れたようだな』
「ハンターは柔軟性も大事ですから……」
苦笑する僕に、ターミヤさんは少し真面目なトーンで口を開く。
『いずれバレるかもしれんが、もう少しルド達には正体を隠してやっていてくれ』
「それはかまいせんが……」
『すまんな。ディセルもそうだが、獣人族は情が深いから、お前が男の子だって知れたら、ルドの奴が闇堕ちするかもしれん』
うっ……!
つい最近、それが原因で勇者が闇堕ちしたから、あり得ないとは言えない。
うん、これ以上の面倒は起こさないように、僕の正体は隠しておこう!
「……まぁ、最悪、私が兄上を斬ればいいだけの事ですからね!」
そんな事を冗談めかして言っていたけど、ちょっと目が本気だったディセルさんが少し怖かった……。




