03 やるしかないのよぉ!
とりあえず、お祖母ちゃんの指導の元、魔法使い強化合宿として付きっきりで、明日から一週間の修行が行われる事になった。
参加するのは、女性魔法使いだけでなく、女装した男性魔法使いも含まれる。
元から魔力コントロールができてれば、指導はそこそこでいいはずなんだけど、メイクアップによる術式の講座も行われるらしいので、どうしてもそれくらいかかるらしい。
それに加えて、修行が終わってからの休息期間やターミヤさん達との合流なども含め……十日後、僕達は大魔王にリベンジを果たしに行く予定となっていた。
ひとまずそこまで決まった事もあり、参加するチームの管理をギルドに任せて、僕達はいったん帰宅する事にした。
あ、ちなみに、僕はこのまま『アムール』でギルドには登録されるようになるらしい。
ついでに、お祖母ちゃんも『マーシェリー(二十歳)』で継続との事。
今回の事情が事情なだけに、真相が広まれば混乱をもたらすかもしれないし、何より片田舎のギルドに実力者が(偽名とはいえ)居てくれるのはありがたいから……という事らしい。
もしかしたら、そっちの件でも追求されるかもとは思っていたから、これはラッキーだと思っていいよね。
うーん……しかし、最初はエルビオさんの闇落ちの件で弾劾されるかもしれないなんて覚悟をしてたのに、なんだかうやむやのままに大魔王退治の熱気に変わっていってしまって……こう、思ってた流れと違ったなぁ。
まぁ、お祖母ちゃんが僕を助けるために、ああいう流れに持っていってくれたのかもしれない。
やっぱり、僕じゃまだまだお祖母ちゃんには敵わないや。
「あの……ありがとうね、お祖母ちゃん」
「あらあら、どうしたの急に?」
家路につく間に、僕は隣を歩くお祖母ちゃんにポツリとお礼の言葉を口にする。
すると、お祖母ちゃんはニコニコしながら、首を傾げた。
「私からもお礼を言います。アムールを助けてくれて、ありがとうございます」
反対側で僕と手を繋いでいたディセルさんもお礼を言うと、「水くさいわねぇ」と、お祖母ちゃんはさらに照れたようにパタパタと手を振った。
「可愛い孫と、そのお嫁さんのためだもの。私がやりたくてやっただけだから、気にしなくていいわよぉ」
そんな風に朗らかに言うお祖母ちゃんだったけど、急に僕とディセルさんに間合いを詰めてきた!
「あとね、私も『マーシェリー』のままでいくんだから、呼ぶときはお姉ちゃんね♥」
「は、はい……」
「ディセルちゃんも、同世代の娘と話すみたいにで、よろしく♥」
「わ、わかった……」
こ、怖ぁ……。
冗談めかして言ってたけど、目が本気過ぎた……。
決してお祖母ちゃ……お姉ちゃんには逆らうまいと、再び肝に命じた僕は、少し震えていたディセルさんの手を力強く握り返した。
◆
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませですの!」
(お帰りなさいませ)
玄関のドアを潜り、帰宅の声をかけると、奥の方から駆けてくるシェロンちゃんと、いつの間にか僕達の側に控えていたリズさんが迎えてくれた。
ちょっとびっくりしながらも笑顔で挨拶を返すと、走ってきたシェロンちゃんが掴みかかる勢いで僕達に問いかける!
「それで、お姉さまを始めとした皆さんは、何らかの罪に問われたりしてしまいましたの!? 勇者さまはどういう扱いになりますの!? ワタクシは、これからどうすればよろしいんですの!」
矢継ぎ早に責め立ててくるシェロンちゃんだけど、それだけ待ってる時間が長く感じたんだろう。
彼女は正式に『レギーナ・レグルス』のメンバーという訳ではないので、ギルドへ連れて行かなかったけれど、それが逆に彼女を焦らせてしまったみたいだ。
「落ち着きなさい、シェロン」
「っ……お姉さま……」
敬愛するディセルさんにたしなめられ、さすがのシェロンちゃんもハッとした様子で僕から手を離す。
「も、申し訳ありませんの……つい、取り乱しましたの」
「まぁ、無理もないけどね……とにかく、詳しい話はしてあげるから、向こうで話そう」
「は、はいですの……」
そう言ったディセルさんに促され、僕達は広いスペースのある応接室へと移動する。
その時、ロロッサさんがリズさんに人数分の飲み物を頼んでいたんだけど、僕もついでに言付けをお願いする事にした。
「すいません、リズさん。まもなくお客さんが来ますので、そうしたら僕達の所に案内をお願いします」
(かしこまりました)
リズさんはそうテレパシーで伝えてくると、フッと姿を消した。
◆
「……そんな事になったんですの」
僕達の話を聞いて、シェロンちゃんはなんとも複雑な表情を浮かべる。
確かに、糾弾される場に向かって心配していたのに、帰ってきたら僕達主導で大魔王を倒すなんて話になってたら、そんな顔にもなるよね……。
「ま、まぁ大筋の話は理解しましたの。それで、エルビオさまについては……」
「それは……」
その事に説明しようとした時、コンコンと応接室のドアをノックする音が響いた。
そして、ドアの向こうからリズさんのテレパシーが頭の中に響く。
(お客様をご案内いたしました)
「どうぞ、入ってください」
声なき声に答えると、静かに開いたドアからリズさんに先導されて、数人の人物が室内に入ってきた。
「ふぅん、ここがアンタん家なんだ」
「なかなか趣がありますね」
「ていうか、本当に幽霊がメイドをやっているとは……」
やって来た来客……それは勇者一行のメンバー達。
ルキスさん、ヴァイエルさん、グリウスさんの三人は、リズさんに案内されて応接室のソファへ腰をおろした。
「いらっしゃいませ」
三人の対面に座り直し、僕達は歓迎の意を伝える。
「すぐにお茶でも用意してもらって……」
「気にしなくていいわ。それより、さっさと話を進めましょう。どうやって、エルビオを元に戻すかを、さ」
どっかりと背もたれに体を預け、ルキスさんが言う。
その様子に、室内を緊張感が包んだ。
「……そうですわね。あの時、ギルドで盛り上がりる皆さんに水を差してはいけないと思い発言を控えていましたが、そもそもエルビオさんが闇に堕ちた原因……どうにかなるものなんでしょうか?」
どうやら、あの場では空気を読んで敢えて問わなかったみたいだけれど、ヴァイエルさんの言う事ももっともだ。
エルビオさんを元に戻して、大魔王を倒す……言葉にすれば、単純な話ではある。
だけど、肝心のエルビオさんをどうやって元に戻す手段については白紙のままだった。
彼が女性になってしまった事については、淫魔女王ウェルティムを倒せば、たぶん元に戻る。
獣人王国で僕達が性転換された時も、そうだったしね。
だけど、闇堕ちした事については……。
「そもそも、あいつが闇に堕ちた原因は、アムルズ……いや、ここはアムールと呼ばせてもらうが、お前さんに惚れていたためだからなぁ……」
僕の正体を知らずに、想いを深めていたエルビオさん……その愛が想像以上に深かったために、彼は真実を知って絶望に沈んでしまった。
「まぁ、惚れてたのはエルビオの一方通行で、アンタが悪い訳じゃないけどさ……」
「その辺は、私達も少し焚き付けていた所がありますからね……」
色恋に疎いエルビオさんに春が来たかもと、皆さんも応援していたらしい。
しかし、完全に裏目ってしまった今、どうやって闇堕ちするまで落ち込んだ彼を目覚めさせるか、それが問題だった。
「……でも、あんな事になりながらも、僕に対して思う所はあるようでした。なら、話を聞いてもらえると思うんです」
僕がそう言うと、ルキスさんが小さく鼻を鳴らす。
「……話を聞いてもらって、どうするっていうのよ?」
「誠心誠意、諦めてもらいます!」
結局のところ、それしかないと思う。
元々、エルビオさんは、正義感が強く道理をわきまえた人だ。
なら、ちゃんと話をして僕の事は諦めてもらえば、勇者として立ち直ってくれる!……と思う。
「……あいつとは長い付き合いだが、おそらくお前に惚れたのが初恋だ。しかも、ファーストキスの相手もお前なんだが、そんな純情闇堕ち野郎を説得できるのか?」
そ、そうなんだ……。
確かに、それで「好きになった女の子が、実は男の子でした!」なんて事になったら、すごくヘコむよね……。
なんだか、悪いことをした気になってくるなぁ……。
「キスに関しては不意打ちされたようなものなんだから、君が気に病む事はないよ」
少し悪いと思う感情が顔に出ていたのか、僕を労るようにディセルさんが言ってくれる。
もっとも、そんな彼女の表情には「私のアムールに手を出すとはけしからん」といった感情が、ありありと浮かんでいたけど。
でも、そんな風にディセルさんがヤキモチを焼いてくれるのが、ちょっと嬉しかったりして……。
「あ、あの!それでしたら正真正銘、女の子なワタクシが、エルビオさまの新しい恋人として立候補するのはいかがですの?」
好機!とばかりに、シェロンちゃんが手を挙げる!
しかし、グリウスさん達は難しそう顔をしながら、首を傾げた。
「新しい恋人ってのは、悪くないんだが……あいつ、好きなタイプが面倒なんだよな」
「なんというか、アムールさんの容姿や性格がドストライクなんですよね」
「しかも、なまじ一途だから厄介なのよ」
なんだか、少し愚痴のようなものが入りながら三人は口々にエルビオさんの好みを語る。
そんな話を聞かされたシェロンちゃんは……新たに闘志を燃やしているようだった!
「恋は難しいほど燃えますの……」
そう呟くシェロンちゃんの顔には、不退転の覚悟が見える。
ううむ、ディセルさんもそうだけど、獣人族の女の人は強いなぁ……。
「なんにせよ、できるかできないかじゃなくて、やるしかないのよぉ!」
沈黙を守っていたお姉ちゃんが、僕の肩を叩きながら言う!
「根性を見せなさい、あーちゃん!バッチリ勇者くんを説得して、ディセルちゃんにいいとこ見せるのよ!」
「はい!」
あ……「ディセルさんにいいところを見せる」って言葉に、反射的に答えてしまった。
でも、こうなった以上は不安がってても仕方ない!
お姉ちゃんの言う通り、やるしかないんだ!
「フフッ……そのやるべき事を見つけた凛々しい顔……素敵だよ♥」
うっとりした表情で、ディセルさんが僕を抱きしめてくる。
そして、人前だとわかっていながらも、そんな彼女を振りほどく事なんて、僕にはできるはずもない。
「人前で、イチャイチャしすぎよ……」
「……こりゃ、はじめからエルビオが入る余地はなかったな」
そんな、嬉しそうな顔でされるがままの僕を見て、グリウスさん達が小さくため息をついていた。




