12 報いは受けさせる
「りぃ《ディ》……りへりゅひゃん《ディセルさん》……」
「ああ、無理はしないで。すぐに、解毒してもらおう」
僕を抱きかかえたまま、ディセルさんは一足跳びで皆の元に舞い戻る!
「あーちゃん!」
「アムール氏!大丈夫ッスか!」
お姉ちゃんとロロッサさんがすぐに駆け寄ってきて、解毒の魔法をかけてくれた。
だけど、さすがに大魔王の使う麻痺毒……並の毒なら一瞬で回復するお姉ちゃんの解毒魔法を持ってしても、少し時間がかかりそうだ。
「むむ、厄介ね……完全回復には、もうちょっとかかるわ」
「で、でも、さすがはディセル氏ッスね!あの大魔王を、一撃で真っ二つとは!」
そう、あれには驚いた!
今まで沈黙を貫いていたディセルさんが、急にギストルナーダの背後に現れたと思ったら一刀両断なんだもん!
「……まぁ、あの瞬間までひたすら自分の感情と気配を圧し殺し、攻撃と同時にそれらを乗せて爆発させたからね」
もっとアムールの事を庇ってあげたかったと、ディセルさんは僕の頭を撫でながら言う。
良かった……嫌われたらたらどうしようって心配だったけど、彼女の様子はいつも通りで、僕は心から安堵する。
「だけど……それでも、大魔王は倒せないみたいだ」
え?
ギストルナーダを真っ二つにしたはずのディセルさんが、真面目な顔でそう呟く。
すると、それに応えるように大魔王の笑う声が辺りに響き渡った!
「フフフ……フハハハ!まさか聖剣の勇者以外に、ここまでのダメージを負わされるとは、完全に予想外だったぞ!」
縦に裂けたままのギストルナーダだったけど、その切断面から粘液状の物が溢れ、互いの半身へと伸びてくっつこうとしている!
なんてこった……本当に、勇者以外の攻撃では、倒すことができないのか!?
やがて、グチュグチュと音を立てて結合した大魔王の体は、両断された名残の縦線を残しつつも、ほとんど元通りに再生してしまった!
「……むぅ」
まさかの超再生を見せたギストルナーダだったけど、やはりダメージは大きかったのか、グラリとふらつき顔を押さえる!
「ふふ……勇者と大魔王の因縁が無ければ、今の一撃で死んでいたな……」
楽しげに口元を歪めながら、ギストルナーダはディセルさんを鋭い目付きで見据えた。
「見事だよ、獣人の姫。なんなら、私の部下としてスカウトしたい所だが……」
「生憎と、私の伴侶は決まっている。大魔王が入る隙はないさ」
僕にウィンクしながら、誘いを一蹴するディセルさんに、ギストルナーダは肩をすくめる。
「やれやれ、どうやら男の趣味は悪いようだな……っと」
ダメージが残っていたのか、再びわずかによろめいたギストルナーダにウェルティムが寄り添った。
「大魔王様、なんなら魅了したばかりのハンターどもを、あいつらにけしかけましょうか?」
さらにウェルティムが、その体を支えながら提案したけれど、大魔王は淫魔女王の申し出に、軽く手を振って拒否をしめす。
「ハンターどもには、人間達のあらゆる情報を吐いてもらった後、同士討ちをさせるための捨て駒になってもらう必要がある。せっかくの資源は、大事に使い潰さなくてはな」
「なるほど……では、俺が連れてきたモンスターどもにやらせますか」
「ああ、それはいいねぇ!魔界の奥で燻ってて、彼等もストレス発散したいだろうし」
ナイスアイデア!と言わんばかりに、ギストルナーダはラグロンドが率いてきた集団に向かって振り向いた!
「大暴れしたいかー!」
そんな軽い呼び掛けに、大地を揺るがすような咆哮が重なり響く!
その狂暴な熱狂に満足そうに頷くと、ギストルナーダは僕達へ顔を向けた。
「私の誘いは断られたが、こいつらとは遊んでやってくれよな」
「面白い……片っ端から斬ってあげよう」
にこやかに邪悪な笑みの大魔王に対し、ディセルさんも狂暴な笑みでニホントウに手をかける。
だけど……。
「ボクがやります……」
「!?」
立ち上がった僕が発した言葉に、皆の注目が集まった!
「だ、だ、だ、大丈夫なのかい、アムール!」
ついさっきまでの凛々しい姿とはうって変わって、逆に心配になるくらい狼狽えながら、ディセルさんが駆け寄ってくる!
「ありがとうございます、ディセルさん。でも……ボクがドジだった為に、こんな事態を招いてしまったんですから、せめて一矢報いさせてほしいんです」
それに、大魔王に対する個人的な恨みもあって、それが僕の意地に火をつけていた!
よくも……ディセルさんの目の前で、お漏らしをするなんていう、醜態を晒させてくれたな!
絶対に許さない!
「ほぅ……アムルズ少年……いや、あえてアムールと呼んでやろうか。女装しなければ魔法が使えないなんて、ふざけた体質の君が、女物の服をズタズタにされた状態で、まともに魔法が使えるのかな?」
……さすが、大魔王という立場でありながら、今まで一切表に出ないで諜報活動ばかりやっていたというだけあって、僕の正体どころか体質まで把握していたのか。
確かに、今の僕は装備もボロボロで、女装といえるのは唯一下着のみ。
その上に、ディセルさんの予備のマントを羽織っただけといった体たらくだ。
だけど、ギストルナーダはひとつ勘違いをしている。
女装は肉体と格好、二つの性を僕の身に宿して、神々を模する事で膨大な魔力をコントロールするための術式なんだ!
かつての僕なら、すでにその術式も破綻していただろう。
けど、これまでの修行や一度本物の女の子になった経験から、今の僕なら女性用下着で十分に魔法使う事ができる!
僕は詠唱と共に、杖を振り舞うようにして呪文を展開していった!
杖の軌跡が空中に光の文字を残して、みるみる内に立体型魔方陣を構築してく!
どこで失敗するのかと、高みの見物を気取ってニヤけている大魔王……これを食らっても、笑っていられるかっ!
「指向性超新星爆発魔法!」
僕の魔法が発動すると同時に、敵のモンスター軍団を含む大魔王達を光の膜が包み込む!
同時に、その膜の中で世界が白く染まるほどの光と爆発が起こり、けたたましい轟音を響かせながらそれは何度も連続していった!
対象を膜状の結界で包み込み、その内部で爆発魔法を連鎖して発生させる、この魔法!
逃げ場のない圧力は結界内に蓄積されていき、その威力はまさに星の爆発と言って良いほど高まっていく!
最強種である、ドラゴンですら消し炭も残さず消滅させるこの魔法を食らえば、モンスター軍団はおろか大魔王だって!
──やがて、爆発の連鎖が終わり、魔法によって敵を包んでいた結界が消える!
大量のモンスター軍団は影も形も無くなり、標的から外した洗脳されたハンター達は倒れ伏していた。
後は、大魔王達だけど……。
「ゴフッ……無茶苦茶……してくれる……」
爆煙の中から、僕に対して恨みの念を込めた、微かな声が聞こえてきた。
「大魔王……ギストルナーダ……」
少し、信じられないといった気持ちを抱きながら、声のした方へ目を向ける。
そこには、ボロボロに焦げた魔王四天王の二人と、炭化しかけた上半身のみとなったギストルナーダが、こちらを睨み付けていた!
あの魔法を食らっても、まだ生きていたのか……本当に、呆れるくらいの不死身っぷりだ。
「なんて魔法だ……私達の全魔力を防御に回しても、この有り様とは……」
お姉ちゃんが教えてくれた魔法だけど、本来なら禁呪として封印されるような物だ。
むしろ、生きている方が信じられないんですけど……。
だけど、すでに満身創痍の様子で、今なら殺せないまでも、封印くらいならできるかもしれない!
僕と同じように判断したディセルさんが、大魔王に向かって飛び出していった!
「その首、もらった!」
神速の抜刀術が、ギストルナーダの首めがけて振るわれる!
だがっ!
ギィン!という、耳をつんざくような金属音と共に、ディセルさんの刃は介入してきた第三者によって止められていた!
あれはっ……誰だ?
ディセルさんの刃を止めたのは、見知らぬ女性!
豊かな胸にサラサラの長い髪をなびかせ、影がありながらも無表情に近い様子で、ディセルさんと対峙している。
だ、だけど、あの女性が持っている剣……あれは、聖剣じゃないかっ!?
と、ということは……まさか……。
「エ、エルビオさん!?」
もしかしてと思って呼び掛けた僕に、エルビオさんとおぼしき女性は暗く沈んだ瞳を向けてきた。
って言うか、なんで女性になっているんですか!?
大魔王の計略で、暗黒面に堕ちてしまったとはいえ、こんな風になるなんて……。
「ええ……なんで……?」
しかし、エルビオさんが女体化したことに、当のギストルナーダ自身も驚いているようだった!
もう……なんでって、こっちの台詞だよ!
この場にいる皆が困惑していた、その時。
僕の後ろでお姉ちゃんが、「あっ」と小さな声をあげたのが耳に届いた。
な、なにか心当たりがあるのっ!?
「えっと……さっき、勇者くんの仲間に飛んできた、ウェルティムの性転換光線を、弾いたんだけど……もしかしたら、それが勇者くんに当たっちゃったのかも……」
あ……確かに、そんな事もあったっけ。
だ、だけどTSビームを食らっても変わるのは性別だけで、あそこまで容姿は変わらないはずじゃあ……。
「うーん……もしかして、勇者くんの仲間二人分だったから、倍掛けで女の子らしくなっちゃったのかも!」
そ、そんないい加減な効果ってあるの!?
……いや、腐っても魔王四天王の使う特殊攻撃だもんな。
何があっても、おかしくないか。
「アムール……」
不意に、女性化したエルビオさんが、僕に向けて憎悪のこもった声で呼び掛けてきた。
その暗い声に、ゾワッと鳥肌がたつ!
「よくも……僕の純情を弄んでくれたな……」
「そ、それは……」
「そうだぞ、勇者。あいつは、可愛い顔してとんでもない野郎だ」
うるさい大魔王!
また、へんな事を吹き込もうとするんじゃない!
しかし、エルビオさんは僕を見据えたままディセルさんの刀を弾くと、その切っ先をこちらに向けた!
一瞬、すさまじい殺気を向けられ、背筋が凍るような悪寒が走る!
こ、これが堕ちた勇者……いつもの、回りの人を和ませるエルビオさんとは思えないほど、彼(彼女?)は冷たいオーラを発していた。
「なかなか楽しくなりそうだが……今日はここまでだな」
名残惜しそうに大魔王が呟くと同時に、奴等の周囲に魔力の発動を感じた。
これは……転移魔法!?
「念には念をいれてと用意した、最後の手段……まさか使う事になるとはな……」
くっ!
どこまで用心深いんだ!
「次に会うときには、全力で殺す……」
ふざけていた雰囲気が一変し、大魔王は僕達を射抜くような視線で睨みながら、静かに呟いた。
その、淡々とした物言いに、ギストルナーダの本気を見た気がする。
「……必ず、報いは受けさせる」
「エルビオさん!」
僕の声には応えず、背を向けたエルビオさん達と共に、ギストルナーダ達は目映い光に包まれた!
……やがて光が収まった時、敵やエルビオさん、そしてハンター達の姿は無く、ただ呆然とする僕達だけが、その場に取り残されていた。




