11 もはや私を殺せる者はいない
「ほ、本当に男……なのか?」
「下着も上下着けてるけど……股間のアレは間違いないわよね……」
「でも、あんだけ可愛いなら、騙されても仕方ないよな……」
男であるとバレてしまった僕を見ながら、ハンターの皆がざわざわと感想を口にする。
うう……完全に見世物になってしまっていて辛い。
だけど、誰よりもショックを受けていたのは……。
「うそ……だろ……」
ガチャンと音を立てて、聖剣を取りこぼしたエルビオさんが、絶望的な色を宿した瞳でこちらを見ている。
「信じられない気持ちは理解できるが、現実を直視したまえ。君が愛した少女は、この通り少年なのだから」
そう言うと、ギストルナーダは僕の体ごと股間がエルビオさんの視界に入るように、グイッと前に突きつけた!
否応なしに僕の男の子な部分を見せつけられ、エルビオさんは糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる!
くっ……本当にごめんなさい……。
でも、しっかりしてください、エルビオさん!
「んん~、しかしアムルズ君もやるものだねぇ」
愕然とするエルビオさんを眺めながら、感心したようなギストルナーダが言うけど……いったい、何の事だ?
「まさか、女の子に化けて勇者の心を弄び、こうして絶望に叩き落とすとは……ざまぁ展開ってやつ?」
そ、そんな悪趣味な真似、するわけ無いでしょ!
何か反論しようとするけれど、麻痺毒で痺れた今の僕では、まともな言葉を発する事ができなかった。
そんな、呂律の回っていない呻き声に、ギストルナーダは「んん?」と眉をひそめ、耳を近づけてくる。
「ふむふむ……勇者が絶望する表情が見れて、アムルズ君も気分が晴れるようだってよ!」
言ってない!
勝手に代弁なんかして……なんて性格の悪い奴!
でも、エルビオさんを更なる絶望に落とすための言だとすれば、その周到さと姑息さとは恐ろしく計算された物なはずだ。
これが……ガマスターさんの言っていた、大魔王の真の恐ろしさか!
「ちょ、ちょっとアンタら!あの、アムールが本当にアムルズだったのか!?」
不意に、視界の端で勇者一行のグリウスさん達が、お姉ちゃん達に詰めよっているのが見えた!
「アムールさんがアムルズさんなのだとしたら、なぜ今まで黙っていたんですか!」
「まさか本当に、エルビオに絶望を味わわせるために……」
普段なら冷静な、ヴァイエルさんやルキスさんまでも疑いの眼差しでお姉ちゃん達を見つめる。
「うちのあーちゃんは、そんな陰湿な真似はしないわぁ!」
「そ、そうッスよ!それに、アムール氏が女装してたのにも、訳があるッス!」
「まぁ、冷静に考えれば自分を追放した者達に、『今は女装してハンターやってますぅ♥』なんて、言える訳も無いであろうしな」
お姉ちゃんやロロッサさん、ガマスターさんまでも僕を擁護してくれているけど……肝心のディセルさんだけは、沈黙を守っていた……。
た、たぶん、彼女の言うべき事はお姉ちゃん達が言ってくれたからなんだろうけど……。
いつもなら真っ先に反応してくれるであろう、彼女のこの態度は……もしかして……。
「……さて、いい感じに勇者が濁ってきたな」
ディセルさんの様子に不安が広がっていた僕の耳に、ポツリと呟いた大魔王の言葉が届く。
え?濁ってきたって……?
どういう事かとエルビオさんの方に視線を向けると、彼の体から黒いオーラのような物がわずかに立ち上っていた!
さらに、輝いていた聖剣の刀身が、徐々に黒く染まっていっているのが見える!
こ、これは……!?
「ふふふ、気づいたか?これは、勇者が暗転しようとしているのさ」
暗転!?
それって、どういう……。
「創造神の加護を持つ勇者は、愛によって強くなっていく。しかし、その愛に裏切られた時、心は闇に落ちて聖剣は漆黒に染まる……」
そ、そういえば、前にお姉ちゃん達もそんな事を言っていた。
そして、ギストルナーダの言う通り、エルビオさんの体と聖剣には変化が訪れている!
「ありがとうなぁ、アムルズ。君が、秘密を抱えたままで勇者から愛されたお陰で、この状況を作る事ができた」
な、なんだって!
それじゃあ、僕の名前を語ってエルビオさん達を誘き寄せた本当の目的は……!?
「そうだ!勇者を暗転させ、『闇に堕ちた勇者』となった彼を手駒にすることが、私の真の目的だったのさ!」
そ、そんな事って……。
驚愕ふる僕に、追い討ちをかけるのが楽しいのか、ギストルナーダはさらに言葉を続ける!
「私は勇者が覚醒してから、彼の周辺のあらゆる情報を探っていた。そのため、四天王の前にもほとんど姿を出さぬほどに、諜報に力を入れていたのだよ」
地味な作業だったなぁ……なんて、感慨深そうに頷きながら大魔王は勇者の方をチラリと見た。
「彼は、聖剣の勇者として申し分ない成長をしていった。しかも、途中で愛する人ができてからは、さらに強さに磨きがかかったからな」
そこまで言って、ギストルナーダは僕を真正面から見据える!
「だが、まさか勇者一行を追放された君が、彼の想い人になるとは、さすがの私も予想外過ぎて笑えてしまったよ!」
心底楽しそうに、ギストルナーダはニコニコと満面の笑みを浮かべ、芝居がかった身振りをしながら天を仰ぐ!
「おかげで、私は今回の計画を画く事ができた!最大の脅威を、最高の手駒にする計画をなぁ!」
自分の言葉にテンションが上がってきたのか、ギストルナーダは驚くべき事を口走った!
「古来より、『大魔王を倒せるのは勇者のみ』という法則がある!その勇者が暗転してしまえば、もはや私を殺せる者はいない!」
なっ!
そ、それは本当なんだろうか!?
だとしたら、このままではギストルナーダを倒せる者はいなくなってしまう!
「フハハハ!何もかもが上手くいっている!今日は、最高の日だな!」
ご機嫌で高笑いする大魔王!
だが!
「笑っていられるのも、そこまでだぜ、大魔王!」
突然、ギストルナーダの笑いを遮る声が響いた!
見れば、動揺から立ち直ったA級ハンター達が、大魔王達を(捕まってる僕ごと)取り囲んでいる!
「確かに、肝心の勇者はこの様だがな、ここにいる精鋭のA級ハンター達全員を相手にして、生きて帰れると思うなよ!」
武器を構え、魔法の詠唱を開始しながら、ハンター達はいつでも襲いかかれるようにタイミングを見計らっている状態だ。
たしかに、これだけのA級ハンターが揃えば、少なくとも魔王四天王だって倒せるだろう。
だけど、なぜかギストルナーダ達には余裕の態度を崩していなかった。
「ふっ……そうだな、ついでだから、こいつらも貰っていくか」
大魔王が謎の呟きを口にすると同時に、魔王四天王のウェルティムが一歩前に出る。
その、歩みでた妖艶な淫魔を前にして、何人かの男性ハンター達が鼻の下を伸ばすのが見えた。
「ウフフ、あたし好みに変えてあげるわ♥」
変える……?って、まさかっ!?
以前、ウェルティムと戦った僕の脳裏に、警鐘が鳴り響いた!
しかし、警告の呻き声をあげるよりも早く、ウェルティムの魔法が発動する!
「追尾式・性転換光線!」
ウェルティムの全身から、眩い光線が放たれ、それは女性ハンターばかりを狙って着弾していった!
「ええっ!?」
「な、無いっ!? 私の胸が!?」
「そ、そんなっ!? これって、男の人の……!?」
前に僕達も食らった事のある、淫魔女王ウェルティムの性転換光線をうけて、ハンター達から悲痛な声があがる!
あの時は僕も本物の女の子にされてしまい、危うく男になったディセルさんと一線を越えてしまいそうになった。
しかし、前回の無差別性転換とは違い、今回は女性ハンターばかりが男に変えられているようだ。
そして、その毒牙は勇者一行のヴァイエルさんとルキスさんにも向かう!
「え、な、なんですかっ!」
「うわ、ヤバッ!」
性転換光線が、彼女達に当たりそうになった瞬間、突然に出現した魔力障壁が迫る光線を弾いた!
「あいにくだけどぉ、その魔法は前に一度食らってるから、もう効かないわよぉ!」
そう言って、ウェルティムの攻撃を弾いたのは、お姉ちゃん!
さすがの年の功、ウェルティムの特殊な魔法ではあったけれど、対策はバッチリだったみたいだ!
「あら、残念。勇者の仲間も取り込めれば、面白かったのに」
小さくため息を吐くウェルティムだったけど、気を取り直したように蠱惑的な笑みを浮かべる!
「さぁて、どうやらハンター達は全員が男になったみたいね。それじゃあ、いくわよ『偉大なまでの魅了』!」
再び淫魔女王が魔法を発動させると、その姿が神々しい光に包まれ、さらに意識を溶かすような香しい芳香が辺りに充満し始めた!
「あ、ああ……」
「う、美しい……」
「ウェルティム……さまぁ……」
ウェルティムの光を浴び、香気を吸い込んだハンター達が、涙を流しながら恍惚とした表情で淫魔女王の前にひざまづく!
そんなハンター達の姿は、まるで神に祈りを捧げる敬虔な信者のようだ。
大魔王に捕まっていたため、その魅了が打ち消された僕と、お姉ちゃんの防御によって守られたグリウスさん以外の全てのハンター達が、ウェルティムの前に抵抗する術を失っていた。
「あなた達の主はだれ?」
「はい!ウェルティム様です!」
「あなた達は、誰のために戦うの?」
「はい!ウェルティム様のためです!」
「これから人間達を裏切って、あたしの為に尽くせるかしら?」
「はい!ウェルティム様のために、命がけで戦います!」
「ウフフ、いい子達ね♥」
洗脳されたハンター達は、ウェルティムに微笑みかけられただけで、蕩けるような表情を浮かべる。
それを見ていたグリウスさん達は、一歩間違えればああなっていた可能性に、青ざめていた。
「ギストルナーダ様、終わりましたわ」
「うむ、ご苦労」
平伏すハンター達を眺めながら、満足そうに大魔王は頷く。
「ククク、これでようやく計画が完了した……」
そう呟いた時、さすがの大魔王の気もほんのわずかに緩んだ。
その瞬間!
「異界抜刀術・逆柱!」
唐突に、大魔王の背後から聞こえた声!
そして、軽い衝撃と共に、僕を掴んでいたギストルナーダの手が緩んだ!
麻痺しているため、そのまま地面に倒れ込みそうになる僕の目に、辛うじて飛び込んできた光景。
それは、股間から頭頂まで、真っ直ぐ斬り裂かれ、両断された大魔王の姿!
そして、それを行ったのは!
「おっと!」
地面に倒れる前に、僕の体を優しく支えてくれる人物。
そして、そのまま柔らかな胸に押し付けるようにして、抱き締めてくれた。
「り……りへぇ……」
最愛のその人の名前を呼ぼうとしたけれど、やはり呂律が回らない。
そんな僕に優しく微笑みかけながら、彼女は軽々と僕をお姫様抱っこで支えて立ち上がった。
「遅くなってごめんね、アムール」
ああ……ディセルさん!
「無事に救い出せて良かった……」
そう言いながら、彼女は僕の頬にキスをする。
色々な感情が沸き上がって、涙が溢れる瞳でディセルさんを見つめながら、僕は醜態を晒したにも関わらず見捨てられていなかった事に、深く深く安堵していた。




