03 私も今では君と一緒がいい
僕のかけた身体強化魔法の光を纏い、ディセルさんが疾風のごとく駆ける!
「ぬっ!」
「おっ!?」
その予想外の速さに、待ち構えていはずのヘイルとドストルは、辛うじて初太刀を受けるのが精一杯だった!
「はあぁぁぁぁっ!」
初撃を受けて、明らかに体勢を崩したヘイルを尻目に、まずはこちらを仕止めると裂帛の意思を込めたディセルさんの連撃が、ドストルを襲う!
「ちいっ!」
ドストルは、スピードと正確さ重視の格闘家だからこそ、防御に徹する事でディセルさんの攻撃を凌いでいたけれど、それも徐々に押されていった!
「このっ!図に乗るなぁ!」
立ち直ったヘイルが、ディセルさんに向かって大剣を振り下ろす!
だけど、ディセルさんは自身の剣を振る遠心力を利用して体を回転させると、回し蹴りを大剣の腹に当てて無理矢理に軌道を逸らした!
「なっ!」
あり得ない回避方法に驚くヘイルの顔面に、一瞬の判断で標的を切り換えたディセルさんの膝蹴りがめり込む!
「ぶふっ!」
鼻血と苦痛の声を噴きながら、ヘイルの巨体がグラリと揺れた。
それを好機と見たディセルさんが、一気に大剣を振りづらい懐へと潜り込んだ!
だけど、そんな彼女の背後にドストルが迫る!
「俺に背を見せるとはなぁ!」
まるで、そちらなど眼中に無いとでも言いたげなディセルさんの動きに、激昂して襲いかかるドストル!
だけど、それを読んでいたかのようなディセルさんは、大上段に振りかぶり、剣の切っ先を背後に向ける事で、突進してくる襲撃者を牽制した!
「うおっ!」
目の前に剣先を向けられたドストルが、急ブレーキをかける!
その隙に、ディセルさんはヘイルに剣を振り下ろして防御させると、その反動も使って二人に挟まれた状態から抜け出し、体勢を整えた。
身体強化の魔法で戦闘力が上がっているとはいえ、まるで良くできた殺陣のように二人の兄を翻弄するディセルさん……やだ、格好いい……♥
って!
見惚れてる場合じゃないでしょう!
つい目が釘付けにされていたけれど、彼女が優位に立てているのは、あの兄達が浮き足だっているからだ。
仮にヘイルとドストルの力量がルドと同等だとすれば、奴等が落ち着きを取り戻して連携を始めたら、今のディセルさんでも形勢が逆転してしまうだろう。
奴等がディセルさんに気を引かれている間に、ダメージを与えるのが僕の仕事だ!
僕は、即座に標的を絞る!
素早いドストルより、一撃が怖いヘイルの方を優先的に潰すべきだな!ヨシッ!
素早く詠唱をすませ、ディセルさんを狙うヘイル目掛けて、魔法を発動させた!
「なっ、なんだ!?」
突如、僕の魔法によって生み出された、光の鎖がヘイルの全身を絡めとる!
一見すれば、動きを阻害する魔法。だけど当然、それだけじゃない!
「ディセルさん!」
僕の呼びかけに意図を察した彼女が、ヘイルから大きく距離をとった!
次の瞬間、僕の魔法は完成する!
「連鎖式爆発魔法!」
起爆の意思を込めた言葉を唱えると、ヘイルに絡まった光の鎖がひとつひとつ、爆竹のように爆発していった!
連続する雷鳴のにも似た、激しい爆音と爆煙にヘイルは飲み込まれていく!
空気を揺さぶる衝撃が駆け抜けた後……煙が晴れてきた時に残っていたのは、すべての装備が吹き飛ばされ辛うじて下着一枚だけが残った、黒こげのヘイルの姿だった!
「か……かぺ……かぺぺ……」
謎の呻き声を漏らした彼の手から、滑り落ちた大剣がガランと音を立て地面に落ちる。
それを追うように、白目を剥いたヘイルの体が、ドサリと地面に倒れた。
「……へ、ヘイル兄ぃ!?」
突然の出来事に、一瞬だけ呆気にとられたドストルが兄の名を叫ぶ!
うん、隙だらけだ!
僕は再び「連鎖式爆発魔法」を放ち、ドストルを仕止める!
ヘイルと同じように、黒こげでほぼ全裸の姿になりながら、ドストルも力尽きて失神した。
ふぅ、これでよしっと。
魔法に対する抵抗力が上がる、「完全獣人化」する前に倒せてよかった。
倒れた二人の近くで棒立ちになっていたディセルさんの元へ、僕は駆け寄っていく。
「ディセルさん、怪我はないですか?」
「あ、ああ……私は大丈夫……」
少しぎこちなく答えた彼女の体は、まだ身体強化魔法の光を宿している。
一定時間で効果が消える魔法だから、時間内に戦闘を終えられてよかった。
「アムールは……本当に、とんでもない魔法使いだね」
倒れた兄達を一瞥し、何やら呆れたような、それでいて感心してもいるようにも言いながら、ディセルさんは僕の頬に手を宛ててくる。
戦闘の後だからだろうか……彼女の熱っぽい視線や、艶のある上気した笑顔に、僕の胸はドキドキと高鳴って顔が熱くなってきた。
と、とりあえず戦いも終わった事だし、僕は頬を優しく撫でるディセルさんの手の感触を味わいながら、彼女の気がすむまで撫でられる事にした。
◆
「……アムールは、勇者達のパーティに戻るつもりはないのかい?」
倒れたヘイルとドストルを縛り上げ、念のために木に吊るし終えてから、急にディセルさんがそんな事を聞いてきた。
「え?ど、どうしてそんな事を?」
「君は、ヘイル兄様達を軽々と倒すほどの優れた魔法使いだ。誤解があったとはいえ、勇者のパーティに戻る資格は十分になると思うんだけど……」
そんな風に評価してもらえるのは嬉しいけれど……たぶん、無理だ。
勇者様達が、許す許さないじゃなくて、僕自身が耐えられない。
今でも思い出すと辛くなる……。
悪夢としてうなされるくらい、心に深い傷が残るあの追放の日の切っ掛けとなった、あの事件の事は……。
◆
──あの日、僕達はとてつもなく強いモンスターの襲撃を受けていた。
聖剣の勇者エルビオさん、重戦士のグリウスさんが前線に立ち、斥候のルキスさんも撹乱のために駆けずり回っている!
しかし、モンスターの猛攻は止まる事を知らず、エルビオさん達を癒す神官のヴァイエルさんの魔力も尽きようとしていた。
その時の僕は、まだ普通の格好をしており、ろくに魔法が使える状態じゃなかった。
だけど、世界を救う前に、こんなところて殺られてしまうわけにはいかない!
変態の謗りを受けるかもしれないけれど、僕はみんなを救うために覚悟を決めて女装をする事を選んだ!
僕は、戦闘に入った時に後方に投げ出された荷物へと駆け寄り、ヴァイエルさんとルキスさんの鞄を漁る。
申し訳ないと心の内で謝りながら、僕でも着れそうな服を取り出して、それを身に付けた!
が、次の瞬間!
けたたましい悲鳴が響き渡り、エルビオさんのクリティカルな一撃で片目を潰されたモンスターが上空へ飛び上がると、そのまま逃げ去っていく。
辛うじて窮地を脱した僕達ではあったけど……後に残った、『ピンチの際に仲間の服を盗み着していた』としか見えない僕に、みんなの視線が集中していた……。
◆
あの時の、勇者様達が僕を見る(こいつはヤバい……)といった目は忘れられない……。
戦闘後、結局どんな弁解もする事はできず、僕はあの追放宣言を受ける事になったのだ。
……タイミングが悪すぎたというのは、理解している。そして、問答無用で誤解を招く状況だった事も。
だから勇者様達を恨むつもりはないのだけれど……ただただ辛い。
「ア、アムール!? どうしたんだ!」
戸惑うディセルさんの声で、僕の思考が思い出の中から現実に引き戻された。
はて、彼女の言う「どうした?」というのは、いったい……?
小首を傾げたその時、僕は自分の頬が濡れている事に気づく。
これは……涙?泣いてるの、僕は?
「あ、あれ?なんか涙が……すいません」
あえて明るく振る舞おうとしたけれど、思い出してしまったトラウマは涙を止める事を許さない。
声を押さえ、ポロポロと流れる涙を止めようとしていたけれど、不意にそんな僕をディセルさんが優しく抱き締めてくれた。
「む、むぐ……」
「ごめんね、辛い事を思い出させたみたいで」
身長差のせいもあって、ディセルさんの胸に顔を埋める形になった僕だけど、彼女は構わず抱え込んで頭を撫でる。
間近で感じられる、ディセルさんの体温と鼓動の音がすごく心地いい。
その柔らかさと暖かさは、僕の心の傷を癒してくれるようで、なんだか……とても沁みた。
──それから少しして、ようやく落ち着いた僕は恥ずかしさのあまり、赤面しながらディセルさんに頭を下げる。
これでも先輩のC級ハンターだというのに、みっともない所を見せてしまった。
「君の弱い部分も見れて、私は嬉しいよ」
冗談めかしてディセルさんは言うけど、これも僕を気にしてくれての事なんだろうな。
「ところで……あえてもう一度聞くけど、君は勇者の元に戻るつもりはないのかい?」
「……ありませんね」
ディセルさんの問いかけに、僕はハッキリとそう答えた。
個人的なトラウマは別として、確かに勇者様の所で戦えば大きな敵を討つ事はできるだろう。
だけど、ハンターとして生活していて、身近な人達の小さな幸せを守る事の大切さも知った。
そして、そっちの方が僕の性に合っているようだという事も。
「なにより……ディセルさんと別れる選択肢は、あり得ないですよ」
僕の正体を知っていて、それでもあっさり受け入れてくれた彼女に、いまでは感謝すら覚えている。
とはいえ、当のディセルさんが僕といるのを望んでくれていれば、だけど……。
「君は時々、結構な事を言うなぁ……」
天然なんだろうか……とかなんとか呟きながら、ディセルさんはフイッと顔を背ける。
でも、わずかに見えるその横顔は、なんだか赤くなっているようにも見えた。
「……うん、少し不安だったけど、アムールにその気が無いならよかった」
パッと顔をあげたディセルさんが、僕を見つめながら微笑んだ。
「初めは、ハンターになるための足掛かりくらいにしか思ってなかった、君と組んだパーティだけど……私も今では君と一緒がいい」
「ディセルさん……」
「勇者よりも私を選んでくれたみたいで……とても嬉しいよ」
そう言いながら、ディセルさんは朗らかに笑った。
その笑顔はいつもの凛々しい物とは少し違って、心から安堵した物のようにも見える。
ちょっとだけ彼女の違う一面が見えた気がして、僕はドクンと鼓動が跳ねるのを感じていた。