04 おそらくあの方が暗躍してる
ギルドでの話を聞き終え、準備もあるからと僕達はいったん家に戻る事にした。
なんせ、勇者一行が来ると聞いたディセルさんが戦闘モードになりかけ、ちょっと人類の希望に向けちゃいけない顔つきになっていたので、落ち着いてもらう意味もあったためだ。
そんなに警戒しなくても、僕はディセルさん一筋なのに……。
だけど、ディセルさんはそんな僕を「甘い!」と、一喝する!
「そりゃ、私も君の事は信じているよ。でも、前の別れ際の事を忘れたのかい?」
前の別れ際……っ!?
ディセルさんの言葉に、ドワーフの国での辛い記憶がよみがえる!
なんでそうなったのかは、よくわからないけれど……僕はエルビオさんからキスされてしまったのだ……。
「あ、あば……あばばば……」
「うわっ!アムール氏がめっちゃ痙攣してるッス!」
ロロッサさんの言う通り、体の震えが止まらない。
しかし、そんな僕をディセルさんは、優しく抱き締めてくれた。
「勇者殿が、君を狙っているという事は、自覚したみたいだね」
「は、はい……」
まぁ、こんな格好をしているから、誤解される可能性はあったけど、まさかこんな事になるとは……。
「大丈夫、今度はあんな不埒な真似をさせないように、私が守るから」
「ディセルさん……」
そうだ……あの後も、彼女は「ノーカン、ノーカン!」と言って僕を慰め、「辛い思い出は上書きするに限る」と、いっぱいキスしてくれた。
そして、今もこうして僕を包み込んでくれる。
……うん!
ディセルさんのためにも、落ち込んでる場合じゃない!
彼女が心配しなくてもいいように、僕も自分の貞操は自分で守るように心がけよう!
「ありがとうございます、ディセルさん……もう、あんな事がないように、気を付けますね」
「うん……」
僕の方からもギュッと彼女を抱き締め返し、しばらくの間、心地よい互いの体温と鼓動のリズムに浸っていた。
はぁ……落ち着く。
「……ちょっといいか」
僕とディセルさんが抱き合い、皆がまたイチャついてる……と、若干呆れていたところに、横から声がかけられる。
それと同時に、ロロッサさんの影の中から沸き上がるように、ガマスターさんが姿を現した。
「おや、ガマスター氏。どうしたんスか?」
「うむ……実は、ロロッサ嬢の影の中で話を聞いていたのだが、今回の件……魔族が関わっている事は、すでに気づいているだろう?」
その言葉に、僕達は頷いて返す。
何が目的なのかはよくわからないけれど、僕の名を名乗ってA級チームを襲っているんだから、明らかに魔族の仕業だろう。
「うむ。そして話の内容から、我はその「偽アムルズ」に心当たりがある」
「えっ!?」
「ほ、本当ですか、ガマスターさん!?」
ざわつく僕達を前に、ガマスターさんはコクリと首を縦に振った。
「三メートル近い体躯に、単独でA級チームを手玉にとれるほどの強者……おそらくそいつは、魔王四天王の一人!『鬼人王のラグロンド』!」
鬼人王・ラグロンド……って、なんだか名称からして、魔法使いの僕とは似ても似つかない感じなんですけど?
「ラグロンドは、思いきりパワー系の重戦士だ。クセの強かった我らの中では、真っ直ぐな部類の魔王と言えるな」
「……魔王?あなた達は、魔王直属の四天王じゃないのぉ?」
何か引っ掛かったのか、お姉ちゃんが確認するように問い返す。
すると、ガマスターは小さく笑って横に首を振った。
「まぁ、魔界の情勢をよく知らなきゃ、そう思われても当たり前だがな……我ら四天王は、元々は魔界の各地方を納めていた、魔王と呼ばれる存在だったのだ」
な、なんだって……。
それじゃあ、ディセルさんを狙っていた吸血鬼王や、獣人王国を裏で操っていた淫魔女王も……!?
「そう、そして我も、な。だが……」
誇らしげに胸を張っていたガマスターさんだったけど、不意に声のトーンが落ちていく。
「あの日……邪神様が使わしたあの方が現れてから、我らは王ではなくあの方に仕える四天王となったのだ……」
「邪神から……それはいったい、何者なんですか!?」
「あの方の名は……大魔王ギストルナーダ!」
大魔王ギストルナーダ!
初めて聞くその名前に、なぜか背筋が震えるほどの悪寒が走る!
「そ、そんなの話は聞いた事もないッス!ひょっとして、ウチが引き込もってたからなんスか!?」
「安心して、ロロッサちゃん。私ですら初耳よぉ……」
僕らのパーティの中で、最年長でありもっとも見識の深いお姉ちゃんですら初耳たというのなら、それは知らなくても仕方ない事だろう。
「ギストルナーダ様は滅多に姿を現さぬから、知らないのも無理はない。しかし、その実力は強大で、我らが四天王の遥かに上をいく。さらに、異常に広い情報網を持ち、人間界と魔界の噂レベルの情報までも収集して策を練る事もあるのだ」
強い上に情報収集を怠らない用心深さ、そしてそれに基づいた作戦の立案までやってのける大魔王……。
なんだか、とてつもない強敵じゃないですか!
「……今回の偽アムルズ騒動、実際に動いているのはラグロンドだろうが、その裏には、おそらくあの方が暗躍している。一見すればふざけた案件だが、気を抜くなよ」
ひどく真面目に忠告してくれるガマスターさんの言動に、僕達はゴクリと息を飲む。
確かに、ただの愉快犯的な行動としか思ってなかった。
けれど、誰も知らないはずの僕が追放された真の理由を揶揄している辺り、恐ろしく耳の良い何者かが裏にいるという証左になっている。
それがおそらく、大魔王と呼ばれる存在なのだとガマスターさんからの忠告で気づいた僕は、改めて今回の事件がただ事ではないと自覚した。
「……大魔王の狙いはなんだと思う?」
ディセルさんが尋ねると、ガマスターさんは「わからない」とあっさり答えた。
「あの方は、何重にも罠を張り、本当の狙いを隠すような策を使う。ただ……」
「ただ?」
「おそらくは、勇者を討つための何かを狙っている気はするな」
「勇者さまを、ですの!?」
シェロンちゃんが、ギョッとしたように大声をあげた!
まぁ、考えてみれば大魔王にとって最大の障壁は、創造神様に導かれた聖剣の勇者だろうし、普段あちこちを移動している彼らを誘き出すために、アムルズの名を利用しているのかもしれない……という事くらいは、想像がつく。
具体的な事はわからないけれど……それが狙いなのだしたら、ガマスターさんのお陰で暗躍する者の存在を知った僕達が、彼らを守らなくちゃ!
そのためには、なるべく彼らに近いポジションにいなきゃいけないけど……。
「まぁ、仕方ないね……」
本来なら、僕をエルビオさんに近づけたくないディセルさんも、状況が状況だけに、不承不承だけど賛同してくれた。
逆に、ノリノリで浮かれるシェロンちゃんは、「ワタクシの存在を、勇者さまの心に刻み込んで差し上げますの!」と、気合いを入れている!
対称的な姉妹の様子に苦笑しながらも、間もなく訪れるであろう戦いと、その裏で暗躍する悪意に備えるべく、僕達は色々と話し合いを進めていく。
大魔王ギストルナーダか……いったい、何を企んでいるというのか……。




