01 今夜、一緒に……
◆◆◆
──魔界。
その最奥に、荘厳な佇まいをもってそびえる、巨大な城があった。
魔族達の頂点に立つ者達の城、いわゆる魔王城である。
そして、その一角。
四天王と呼ばれる猛者が集う部屋の円卓に、いま一人だけが着席しながら静かに物思いに耽っていた。
最後の魔王四天王、鬼人王のラグロンドである。
(吸血鬼王、死霊王、淫魔女王……)
ほんの数日前までの、散っていった同僚達の姿やり取りが頭をよぎる。
いがみ合ったりもしり、性癖にドン引きしたりもしたけれど、思い出はそれなりに楽しい物だった。
「まったく……普通、こういう四天王とかで最初に倒されるのは、俺みたいなパワータイプだと思うんだけどなぁ……」
ため息と共にメタな発言を漏らしていると、急に部屋の扉が開き、一人の人物が何も言わずに入室してくる!
許可の確認もなく、ことわりすら入れずに室内に入ってくるなど、配下の魔族ではあり得ない!
そんな真似が許されるのは、同格の四天王か、もしくは彼等を越える存在のみ!
「やぁ、ラグロンド。四天王最後のひとりは、息災かな?」
「あ、貴方はっ!」
屈強な鬼人族の長であり、魔族の頂点たる四天王のひとりの顔が驚愕に彩られる!
なぜなら、現れたその人物は、濃密な漆黒のオーラに包まれ、目の前に佇んでいるにも関わらず、真の姿を直視する事ができないほどの魔力に溢れた、すべての魔族を統べる者!
「大魔王……ギストルナーダ様……」
呆然と呟いたラグロンドだったが、ハッとしたように慌てて平伏した!
それを見た大魔王と呼ばれた男は、「楽にしていいよ~」と気さくに笑いかける。
しかし、鬼人王は知っている。
お言葉に甘えて、「へへっ、サーセン」などといった態度をとれば、あっという間に殺されるであろう事を。
「……やれやれ、人間や勇者との戦いを任せておいた四天王も、残るは一人か……」
ため息まじりで、わざとらしくギストルナーダは言葉を漏らす。
その言葉に、平伏したままだったラグロンドの背中に、氷のような冷たい汗が流れた。
「ご、ご期待に添えず、申し訳ありませんっ!」
巨体を丸め、さらに額をこすりつけんばかりに、鬼人王は頭を下げる。
そんな情けなくも哀れな姿を見て溜飲を下げたのか、大魔王は小さく笑って頭を上げるように命令した。
「まぁ、お前達が戦っている間、裏で色々と情報収集ができた。お陰で、なかなか面白い事を思い付いたよ」
「面白い事……ですか」
「ああ。人間の希望である聖剣の勇者や、たびたび君達の邪魔をしてくれた、獣人の姫が率いるハンターチームを共に落とす算段なんかをね」
あの、強大な力を持つ勇者と、なぜか因縁深いハンター達を同時に相手するのは、少し無謀なのではないだろうか……?
そんな疑問が、ラグロンドの脳裏に浮かぶ。
だが、己の身を守るためにも、それを口にする訳にはいかなかった。
「そんな訳で、ちょっと仕込みの準備をしようか。手伝ってくれ、ラグロンド」
「ははーっ!……って、もしかしてギストルナーダ様、自ら動かれるおつもりなのですか!?」
「当然だよ、私が楽しむための作戦でもあるんだからねぇ」
再び、ラグロンドの頭にギストルナーダの行動をどうかと思う考えが過るが、やはり彼は沈黙を選んだ。
「さぁ、楽しませてくれよ……聖剣の勇者、そしてハンター達……」
酷薄な笑みを浮かべて天を仰ぐ大魔王の姿に、鬼人王はまた自然と深く頭を下げた。
◆◆◆
──獣人王国での戦いの後、ホームであるバートの街に戻ってから、一週間が過ぎた。
獣人王国での激戦の疲れもあり、このところ僕達は軽めの依頼を受けて半休息といった風に過ごしている。
そんな日々ではあったけど、少しばかりの変化もあった。
それは、シェロンちゃんが僕達についてきたという事。
彼女曰く、「このチームは何やら勇者さま達とご縁がありますので、お近づきになるのに都合がよいですの!」なんだそうだ。
僕としても、なぜかエルビオさんに迫られている現状をなんとかしたかったので、シェロンちゃんにはいっぱい頑張ってほしい。
もちろん、サポートもするよ!
まぁ、そんな感じで、おおむね平常を取り戻していたんだけど、ある日の昼下がり……。
ロロッサさんとシェロンちゃんは街に出掛け、ガマスターさんはその護衛。
ディセルさんはお姉ちゃんと何やら話があるとの事で、僕は一人で魔力コントロールの修行をしていた。
淫魔女王との戦いで一時的に女の子にされてしまった時、女装を越える魔力の高まりを得ることができた僕は、それを通常時でも再現できないかと、試行錯誤している。
いや、別にまた女の子の体になりたい訳じゃないからね?
そりゃ、女体に興味がないと言えば嘘になるけど、僕にはディセルさんがいるしね。
そんな風に、誰に言い訳してるんだろうと自分自身にツッコミながらも、僕は黙々と魔法ともうひとつ、個人的な事情についても一緒に勉強をしていた。
だけど……。
「アムウゥゥルゥゥッ!」
「あぁぁちゃぁぁん!」
突如、雄叫びのように僕の名を叫びながら、部屋のドアをバァン!激しく鳴らして乱入してくる者達!
言わずと知れた、ディセルさんとお姉ちゃんだ!
って、何事ですかっ!?
「アムール!君はいったい、どれだけ私を焦らせば気が済むんだっ!」
「ええっ!?」
「女の私の方から申し出るのは、少々、慎みがないと思ってさりげないアプローチをしていたというのに、一向に誘って来ないのはどういう訳だい!」
「ディセルちゃんから聞いたわよぉ!女の子に恥をかかせるような真似をするなんて、お姉ちゃんはそんな風にあーちゃんを育てた覚えはないわよっ!」
ディセルさんに同調するように、お姉ちゃんもプンスコと怒ってるぞアピールをしてくる!
ち、違……恥をかかせるとか、そんなつもりじゃ……。
「……この家に帰って来てから一週間、君は私と添い寝もしなくなった。なにか……私の事が嫌になったのかい?」
寂しげに、そして悲しげに目を伏せながら、ディセルさんが小さく言葉を紡ぐ。
ああ……彼女にこんな顔をさせてしまうなんて、僕は……。
「ち、違うんです……その、手を出さなかったのは……ディセルさんを、うまくリードできる自信がなかったからなんです!」
僕はディセルさんの手を取り、恥ずかしい告白をした。
なんとも情けないけど、彼女に悲しそうな顔をさせるより遥かにマシだ!
「うまくリードって……」
「あ、あの……僕もディセルさんと……結ばれる時のために、こっそり色々と調べてたんですよ……」
そう、僕はそういう事の経験が無いけど、ディセルさんも初めてのハズだ。
男の僕でさえ、初めての情事に対してこんなにも不安なのだから、女性であるディセルさんの不安はいかほどのものだろう。
せめて、少しでも彼女の負担を取り除いてあげたいと思い、僕も色々とそっちの勉強をしていたのだ。
でも、調べれば調べるほど、「女性に安心して気持ちよくなってもらう」難しさのハードルが上がっていく気がして、どんどん踏ん切りがつかなくなっていき、ごちゃごちゃと考えているうちに避けるような態度になってしまっていたのかもしれない。
「そう……だったんだね。てっきり、私に落ち度があったのかもと、アムールの祖母にまで相談しに行ってしまったよ」
「そんな!ディセルさんに、落ち度なんてありませんよ!」
「アムール……」
「ディセルさん……」
誤解が解け、見つめ合った僕達は、そっと互いに体を寄せ合う。
そんな僕達を見て、お姉ちゃんが心の底から面倒臭そうにため息を吐いた。
「まったく、あーちゃんは……そんな事で、ディセルちゃんを不安にさせちゃダメてしょう!」
「そ、そんな事って……」
僕としては、割りと切実だったのに……。
「第一、童貞の坊やが、最初からうまく行くわけないのじゃないの!こういうのはね、二人で経験を重ねていくものなんだからねぇ!」
「そ、それはそうかもしれないけれど、男心としてはさぁ……」
「相手がいて、はじめて成り立つ行為なのよぉ。独り善がりは絶対にダーメ!」
う……そう言われてしまうと、確かに。
「初めは、おっかなびっくりでいいのよぉ。そうやって、お互いをより深く知るための行為でもあるんだからね」
そうかな……そうかも……。
僕も焦っていて、視野が狭くなっていたのかもしれない。
そのせいでディセルさんを不安にさせてたなら、本末転倒だった。
「ごめんなさい、ディセルさん……」
「ううん……私も、もう少し君の心情を考えるべきだったかもしれないよ」
安心したように微笑み、ディセルさんは僕の頭を撫でてくる。
その手つきからは優しさが溢れていて……ハアァ……好き♥
思わず、ため息が漏れそうなほど、心の内で「好き♥」を連呼していた僕は、ようやく意を決してディセルさんを見上げた!
「ディセルさん……今夜、一緒に……」
「…………うん♥」
少し驚いた顔を見せた後、頬を染めて小さく頷いた彼女の姿が可愛すぎる!
「うふふ、曾孫が楽しみねぇ」
なんだか、まだぎこちない僕達を眺めながら、そんな事を呟くお姉ちゃんをよそに、僕は(がんばるぞ!)と内心で気合いを入れた!
だけど、そんな時。
突然、部屋の外から騒がしい大音が聞こえてきた!
「た、大変ッスぅ!」
「た、大変ですのぉっ!」
珍しく大声をあげながら、室内に飛び込んで来たのは、ロロッサさんとシェロンちゃんだ!
この二人がこんなに慌てるなんて……いったい、どうしたんだろう?
「た、た、た、大変……とにかく、大変なんスよ、アムール氏にディセル氏っ!」
「そ、そ、そ、そうなんですの、お姉さま!」
「落ち着きなさい、二人とも!」
ワタワタと慌てるロロッサさん達を、冷静な態度でディセルさんがなだめる。
「とりあえず、今夜のための準備があるので、話は明日聞きます!」
あれ、あまり冷静じゃなかった……。
そんなディセルさんの言葉に、「今夜?」と二人は首を傾げる。
うん、そうだよね。なんだか、困惑させてごめん……
だけど、ここまでロロッサさん達が血相を変えて飛び込んできたんだから、ただ事じゃそうですよ?
「私と君の初夜以上に、大切な事なんてない!」
キッパリと断言するディセルさん!
やだ……素敵♥
「ええっ!ついに覚悟を決めたんスか、アムール氏!」
「それは素晴らしいですの!勇者さまがアムールさまを諦められるよう、早々に既成事実を作ってほしいですの!」
ロロッサさんやシェロンちゃんに囃し立てられ、ちょっと照れ臭いながらも、僕も「がんばります!」とだけ答えた!
そんなお祝いムードが漂う中、少し残された気になる所を、僕はロロッサさんに訪ねる。
「それで、ロロッサさん。いったい、なにを慌てていたんですか?」
「ああ、さっきシェロン氏とギルドに顔を出してきたんスけど、緊急の依頼が発令されたらしくて。それが、『アムルズを討伐せよ』という物だったんスよ~」
へぇ、アムルズを……って!
「な、なにいぃぃぃぃぃぃっ!?!?」
その驚愕の内容に、家を揺るがすような僕達よ絶叫が響いた!




