13 私達も帰ろうか
──ボクの魔法で放たれた、強大な聖光が収まった時、眼前には上半身のみとなって床に転がるウェルティムと、無傷な仲間達の姿があった。
今の魔法、『神威発生聖衝撃魔法』は文字通り神の威光を放つ、本来なら相当に修行を納めた聖職者にしか放てない魔法だ。
ウェルティムやガマスターさんみたいな、闇に属する生命体(?)に特効な魔法で、ボク達みたいな普通の生命体にはほとんど無効……むしろ回復までする、ありがたい魔法なんだよね。
昔、お祖母ちゃんから習ってはいたけど、いままで一度も発動はできなかった。
たぶん、女の子の肉体になってより深い『両性』性を得た事で、この魔法が使えたんだろう。
「……ふっ」
床に転がっていたウェルティムが、ボクに目線だけを向けながら小さく笑った。
「なによ……この魔法……デタラメだわ……」
いや……闇属性の人があれを喰らって、生き延びてる方がすごいんですけど。
実際、ガマスターさんは一度、完全に消滅してるし。
復活できるとは言ってたけど、ちょっと時間がかかりそうだなぁ……。
「ねぇ……聞いてもいいかしら?」
もはや、消滅は避けられないのか、彼女の体は端から崩れはじめている。
それでも、なにかを確かめるように、ウェルティムはボクに問いかけてきた。
「私は……いままで、色んな恋人同士を見てきた……それこそ、男同士、女同士の恋人達もね……でもね、性転換《TS》ビームを使うと、大抵が上手くいかなくなるのよ……」
そう……なんだろうか?
同性同士の恋人達なら、片方の性別が変われば上手く行きそうに思えるんだけどな……?
でも、そういう嗜好同士だからくっついたとも言えるかもしれないし……ううん、難しい。
「結局……誰も彼も、自分の性的欲望でしか、相手を見てないと……思ったのよね……だけど、あなたは性別の変わった、パートナーの子を産んでもいい……とまで、言い放った……」
……ちょっと勢い余って言っちゃった感もあるけれど、このままボク達が元に戻らないなら……その覚悟はできてる!
「ねぇ……それって、やっぱり『愛』……なの?」
なんて答えればいいのかは、よくわからない。
でも、ディセルさんに対する気持ちが愛によるものかと言えば……ボクはただ、大きく頷いて見せた。
「うふふ……そう……愛なのね……それが、知れて……悪くない……気分……だ、わ……」
なぜか……満足そうに微笑みながら、淫魔女王ウェルティムは灰になって崩れ落ちる。
獣人王国を裏で操り、ディセルさんの運命を影で弄んだ宿敵ではあったけど……彼女が最後に微笑んだのは、いったいどんな気持ちだったんだろう。
「……もしかしたら、パートナーを食らう事でしか生きられないサキュバスだからこそ、ウェルティムは『愛』というものを、知りたかったのかもしれないな……」
「うわっ!」
急に足元で声がして、ボクは思わず飛び退いた!
見れば、頭蓋骨だけ復活していたガマスターさんが、灰になってウェルティムをしみじみとした表情で、どこかもの悲しげに見つめていた。
そっか、この二人は元同僚だもんな。
「まぁ、最後に愛の存在を知って、ウェルティムも満足して逝った事だろう」
しみじみと言うガマスターさん。
だが、その言葉に反応するように、突如ウェルティムの残骸から小さな影が飛び出した!
「……はぁー、死ぬかと思った」
「え?」
よく見ればそれは、小鳥ほどの大きさになった……ウェルティム!?
今の流れで生きてたの!?
「うふふ……あなたとディセルには、素敵な絆を見せてもらったわ。今はすっかり力を使い果たして、クソザコゴミムシ程度の力しか無くなったけど、いずれリベンジさせてもらうわよ!それまで精々、放送禁止用語を洗って待っていなさい!」
そう言い残すと、一目散に飛び去っていった。
あれ、愛を知り満足して逝ったって……。
「わりぃ。我、テキトウに言ったわ」
その場のノリで話していた事を告げるガマスターさんに、ボクはなんだか力が抜けるような感覚を覚えていた。
「まぁ、あれだけ弱体化してたんだから、元の力を取り戻すまで100年以上はかかるだろう」
そうか……なら、ひとまず安心……。
「アァァムウゥゥルウゥゥッ!」
え!?
こ、今度は何っ!?
突然、横合いからタックルを仕掛けられ、押し倒されそうな衝撃を受ける!
かろうじて倒されるのだけは回避したものの、それと同時に顔面に押し付けられる、暖かくて柔らかくて懐かしい感触があった。
これは……ディセルさんのおっぱい!
「ぷはっ!……ディセルさん!」
「ああ!君のお陰で、元に戻れたよ!」
深い胸の谷間から顔をあげると、ボクを抱きかかえながら微笑むディセルさんの顔が間近にあった。
その輝くような笑顔に、ボクの胸はまた高鳴ってしまう。
……って、まてよ!?
ディセルさんが元に戻ったということは……。
ボクは慌てて、胸元と股間を手探りで確認してみる!
胸……無し!
股間……有り!
ヨシっ!どうやら無事に、僕も男に戻れたみたいだ!
股間の懐かしい存在感を噛み締めていると、ディセルさんはさらに抱き締める腕に力を込め、僕に頬擦りをしてきた。
「ディ、ディセルさん、ちょっと落ち着いてください。……体調の方は大丈夫ですか?」
「ああ、君の魔法が効いたみたいで、すこぶる好調だよ!」
うんうん。
どうやら闇属性の者にダメージを与えつつ、皆を回復させる目論みは成功したようだ。
「ロロッサ嬢達も、元に戻ったようだな」
ガマスターさんが言う通り、峰打ちで気を失っていたお姉ちゃんやロロッサさんも、意識を取り戻して起き上がっきている。
そして、その胸元は元通りの豊かな実りを見せつけていた。
さらに、『神威発生聖衝撃魔法』の余波を受けた獣人王国の皆さんも、徐々に正気を取り戻しながら「何があったのか……」なんて、ざわつき始めた。
おっといけない、僕達もそろそろ離れないと……そう思ったんだけど、なんだかディセルさんはいっこうに僕を解放してくれない。
「あ、あの……ディセルさん?」
「なんだい、アムール」
「いや、みんなも起きてきましたし、色々と説明とか……」
「そんなのは後でいいよ。今は、君のぬくもりを堪能する方が大事だからね」
いやいやいや!
それ絶対、優先順位が違いますよ!?
だけど、説得しようとする僕を艶っぽい瞳で見つめながら、ディセルさんは耳元で囁いてくる。
「あの時……ディセルさんの赤ちゃんを産んでもいいって、言ってくれたよね」
「は、はい!?」
「あれを聞いてから、私はもう……我慢の限界に近いんだ」
え……?
「だからさ……ね、しよう?」
「す、するって……」
「こ・づ・く・り♥」
ぶほっ!
その言葉に、僕は思わず吹き出してしまった!
「き、気持ちは嬉しいですけど、人前ですよっ!?」
「もちろん、すぐここでとは言わないさ。でも、確約してくれるまで、離さないゾ♥」
「な、な、な……」
真っ赤になってガクガク震える僕を、ディセルさんは優しい笑顔ながらも、真剣な目で見てくれている。
そんな表情見せられたら……断るなんて、選択肢はあり得ない。
「……………はい」
「いやっほぅ!」
小さく呟き、小さく頷いた僕を掲げあげながら、ディセルさんは喜びに満ちた笑顔で回る。
そんな僕達を、事情のよくわかってない獣人王国の人達が、怪訝そうな顔で眺めていた。
◆
──それから、二日ほどが過ぎた。
ウェルティムの魅了から回復した人達も、ようやく落ち着きを取り戻し、今日はいよいよ獣人王国の現王であるディセルさんのお父さんと、正式に謁見する事となったのである。
場所は、戦いの舞台にもなった玉座の間。
そこに呼ばれた僕達は、居並ぶ重鎮達の前で獣人王と対面した。
王の隣には第三王妃であり、シェロンちゃんの実母でもあるウェイルットさんを侍らせ、玉座に座る獣人王の姿はなんだかちゃんとした威厳に満ちていて、人間ピラミッドでウェルティムの尻にしかれてた人と、同一人物とは思えない。
「……この度は、大義であった」
一言、そう言ってから、王様は大きなため息を吐く。
「まったくもって情けない話だ……まさか、淫魔にいいように操られ、娘達に救われる事になるとはな」
ディセルさん、シェロンちゃんを眺めながら、王様は僕達に視線を移した。
「ディセルのお仲間の方々、この度の助力まことに感謝する」
頭を下げる王様に、僕達も恐縮しながら返礼を返す。
うーん、前に逆らったディセルさんを追放したって聞いてたから、もっと傲慢な人なのかと思ってたけれど、実際はそうでもないのかな?
まぁ、ウェルティムに操られていたんだし、それで過激になってたって事もあるのかもね。
「さて……恩人の方々は後でゆっくりもてなすとして、ディセル」
「はい、父上」
「お前の追放を撤回する。国へ戻ってこい」
王様の言葉に、室内のあちらこちらからざわめきが起こった。
「ディセル様がお戻りになれば、兄上達との確執が……」
「しかし、今のディセル様は超強いらしいぞ……」
「ならば、次の王はディセル様に……」
「父上」
ざわざわと騒がしくなりつつある空気を遮断するように、ディセルさんが一歩前に出た。
「追放を解いていただくその前に、私から二つほどお願いがございます」
「……申してみよ」
「はっ。まずひとつ目は、魔族との同盟を破棄し、人間達と協力していただきたいという事」
その言葉に、獣人王は一瞬だけピクリと眉を動かした。
「……いいだろう。元より、魔族の小細工によって結ばれた同盟だ。言われずとも、破棄していただろうがな」
王様がディセルさんの申し出を受け入れた事に、また重鎮達がざわめいた。
まぁ、以前に国政に口を出して追放されて彼女が、今回は受けいれられたことで、ますます後継者として認められた感じが強くなったから、無理もないか。
「で、もうひとつの願いとはなんだ?」
「それは……」
ディセルさんに、注目が集まる。
その口からどんな言葉が飛び出すのか、皆が固唾を飲んで見守っていたけど……。
「こちらにいる、アムールと私の結婚を認めていただきたい!」
ディセルさんが僕の事を抱き上げながら、堂々と言い放った!
が、国の重鎮達はポカンと口を開け、シェロンちゃんやウェイルットさんは天を仰ぎ、獣人王は玉座から半分すべり落ちている。
「ちょ……ちょっと待て……いや、確かにこの国の恩人ではあるが、女同士で結婚とはどういう事だ!?」
「どうもこうも……私が国を逐われ、放浪していた時に手を差しのべてくれたのがアムールです。そうして、苦難を共にしているうちに愛が芽生え、二人で育んできたという事ですが?」
「いや、だが女同士でとは……」
まぁ、僕が本当は男だと知らない獣人王が、戸惑うのは当然だよね……。
でも、この衆人環視の中で、正体を説明するわけにもいかないし……。
「性別は関係ありません!私は、このアムールという人その者を愛しているのです!」
僕や獣人王の悩みをよそに、ディセルさんは至極当然の事を……といった態度で堂々としている。
その姿に僕は改めて見惚れ、父である獣人王は顔を覆って俯いてしまった。
「お前という娘は……グラリウスと同様に、どこまで自由なんだ……」
ディセルさんの母親の事を持ち出しながら、獣人王はようやく顔をあげる。
そして、その顔にはある決意のような物が浮かんでいた。
「この度の功績と、今のお前の強さを鑑みて、私はお前を次期獣人王に指名するつもりだったのだぞ?」
王がそれをハッキリと口にしたことで、三度目のざわめきが起こる。
だけど、当のディセルさんはどこ吹く風といった様子で、あまり興味も無さそうだった。
「……考えは変わらんか?」
「ええ。王位なんぞよりも、アムールと生きていく方が、私には重要です」
「そうか……」
ディセルさんの答えを聞いて、獣人王は深くため息を吐いた。
「ならば、追放の撤回は取り止めだ!お前のような放蕩娘など、何処へでも行って好きに生きるがいい!」
そう宣言すると、話は終わりだと言わんばかりに獣人王は玉座から立ち上がり、奥にある専用の出入り口の方へ向かう。
「父上、ありがとうございます!」
父の意を汲んだディセルさんが、その背中にお礼を告げると、獣人王は小さく手をあげて答え、そのまま退室していった。
「……さて、と。私達も帰ろうか」
王の後を追うように、他の獣人族の面々が退室して行き、僕達だけが残された所で、ディセルさんが声をかけてきた。
その表情はとても晴々としていて、スカッと爽やか!といった感じである。
「そう……ですね。帰りましょう、僕達の家に」
そう言って僕が手を差し出すと、ディセルさんは嬉しそうにその手を握ってきた。
「ディセルさん……」
「アムール……」
見つめあいながら、二人だけの世界に入る僕達を、仲間達は呆れながらも微笑ましく見守ってくれる。
さあ、本拠地の街へと向けて、帰ろう。
そうして、僕達は獣人王国に別れを告げ、帰路の旅路へと着くのだった。




