02 確かに、アムールには助けられました
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僕達が受け取った依頼書は、とある村の近くに小規模なオークの集団が集まっているため、早いうちに討伐してほしいという物だった。
オークはゴブリンよりも強く、定住せずに群れで移動を繰り返すモンスターに分類されている。
おもに略奪で生活しており、人間の女性を性的に襲う事も多いので、村の人の心配もよくわかる。
現地に到着し、さっそくオーク達が住み着いていた地域に乗り込んだ僕達は、特に大きなトラブルも無くオーク討伐を終了させる事ができた。
まぁ、僕自身はほとんど何も手を出す事はなく、十匹ほどいたオーク逹は美女であるディセルさん釣られて彼女に襲いかかり、反撃の刃で斬り捨てられていた。
今回の僕はといえば、こちらに向かって来た一匹を倒しただけである。
だけど、興奮して股間を膨らませながら突進してくるオークの姿……あれは怖かったなぁ。
女装している身だけに、好奇の目で見られる事はあっても、性的な目で見られる事はなかった。
それだけに、男(オス?)から性的欲望に満ちた目で見られて、さらに襲われそうになる女性側の恐怖を思い知らされた感じだ。
とはいえ、オークが僕に興奮したのは、ディセルさんの香りが僕に移ってきたせいもあると思う。
彼女曰く、「オークの鼻が誤魔化せたなら、獣人族でも君の正体には気付かないだろうね」との事だった。
ただ、むやみに正体がバレる心配が減ったのはいい事なんだろうけど……体に染み付いてきたディセルさんの香りのせいか、ふとした時に彼女を意識してしまう事が多くなった気がする。
僕の正体を隠すためにやってくれているのに、どうしても鼻にかかる香りがきっかけになり、ディセルさんのあられもない姿が思い出されてドキドキしてしまうのだ。
こんな風に思うこと自体が不純だと思うのだけれど、そんな僕の心の内を知らないディセルさんは、いつもと変わらない様子で接してくれていた。
うう……なんだか、申し訳ない。
そんな、ちょっとしたモヤモヤを抱えつつ、依頼を終えたバートの街への帰り道でのこと。
僕達は、帰路に待ち構えていたそいつらと遭遇した!
道を塞ぐように立ちはだかったのは、二人の獣人族の戦士!
「久しぶりだなぁ、ディセル」
「ヘイル兄様!」
僕の身の丈程もある大剣を背負い、全身鎧に身を包んだ獣人族の戦士を、ディセルさんは兄と呼んだ。
「ルド兄に変わって、俺達が迎えに出向いてやったぞ」
「ドストル兄様も!」
さらにもう一人、軽装の鎧にやたら頑強そうな手甲と脚甲が目立つ武闘家らしき人物も彼女の兄らしい。
ルドに続いて現れた彼等だけど……ディセルさんの兄弟は、何人いるんだろう?
「……兄が三人、後は下に弟と妹がいるよ」
チラリと聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
彼女を含めて、六人か……結構、多いんだな。いや、王族だと普通なんだろうか?
「私達の父には、妻が三人いるからね。むしろ、少ない方かもしれないな」
ディセルさんは、肩をすくめてそんな事を言った。
なるほど、王族ならそんな風に側室がいる事もあるから、兄弟は多くなるよね。
そうやって、ヒソヒソと話していた僕達に、大剣を抜いたヘイルがその切っ先を突きつけて吠えた!
「ディセル!先に来たルドに聞いているだろうが、我らが国の発展のために、お前を迎えに来た!大人しく戻って来るならば、痛い目に会わずにすむぞ!」
「私を慰み物にして、立場の安泰を図ろうという話ですか?それなら断ると、ルド兄様に伝えたハズですが」
「フッ……確かに、ルド兄は瀕死の状態で戻って来たな。あれがお前の答えなんだろう」
ディセルさんの返事に、ドストルと呼ばれたもう一人の兄が鼻で笑った。
ああ、やっぱりルドは生きてたんだな。
正直、敵対した立場とはいえ、ディセルさんの兄を殺めていなかった事に、ちょっとだけホッとした。
「そうですか、ルド兄様は生きていましたか……」
あ、あれ?
だけど、なんで当のディセルさんは、少し残念そうなんだろう……もしかして、兄弟仲が良くないのだろうか?
「だが、ルドの奴を撃退したのは、お前ではあるまい。奴がうなされていた『アムール』とかいう人物……そいつに、お前は助けられただけだろう」
「そうでなければ、ルド兄がお前のような半端者の娘にやられるハズがないからな」
僕の名前が出てきた事はともかく、半端者の娘って……側室を含めて王妃が三人いるって言っていたし、もしかしてディセルさんと彼等は異母兄弟なのかもしれないな。
母親の違いから確執があるのだとしたら、ルドも含めたこの兄達が、ディセルさんに対してやたらトゲトゲしてるのも納得できる。
「確かに、アムールには助けられました。ですが、いま私の母は関係ないでしょう」
穏やかな口調ではあったけど、ディセルさんの言葉には怒りの感情が見え隠れしている……やっぱり、この兄達とは仲が悪いらしい。
だけど、そんなディセルさんの様子を見たヘイルとドストルの二人は、やれやれといった感じで首を振った。
「どうやら、大人しく戻って来るつもりはないらしいな?まったく、手間をかけさせる奴だ」
「まぁ、それも想定の内。お前を痛め付けた後に、アムールとかいう奴にも同じ目にあってもらおう」
「フハハハ!それはいい!」
豪快に笑い、ヘイルは大剣を構える。
「それで、その『アムール』とかいうのは、どんな奴なんだ?」
え?
「どんな奴もなにも……目の前にいるでしょうが」
「は?」
ディセルさんの言葉にキョトンとしたヘイル達の目が、そこで初めて僕に向けられた。
も、もしかして、今の今まで僕の事は眼中になかったの!?
だとしたら、ちょっと悲しい……。
「おいおい!まさか、ルドはこんな小娘にやられたというのか?」
驚いた……というより、呆れたといった感じで、ヘイルが大袈裟に天を仰ぐ。
ドストルも、口には出さないものの、その表情はヘイルと同意見だということを物語っていた。
「いったい、どんな手を使ったんだ?まさか、色仕掛けとは言わんよな?」
「ククッ……あんなガキが相手では、誘惑される方が無理でしょう」
「それもそうだ。なら、情にでも訴えてからの、不意打ちでもしたか」
「それが一番あり得そうですね。あれでルド兄は甘いですから」
人間らしい汚ないやり口だと、ヘイル達は吐き捨てるようにして勝手に結論付けていた。
むむ……なんだか弛緩した空気と共に、談笑している奴等の態度から、僕達が侮られている気配がヒシヒシと伝わって来る。
けれど、どうやら僕が男だとはバレていないらしいな。
僕にとっては、馬鹿にされた事よりもそちらの方が重要だ。
「……アムールを馬鹿にするのは、やめてもらいましょう」
……ディセルさん?
先程、母親の事を揶揄された時よりも、深く静かに感情を押さえながら、彼女は僕を小馬鹿にした兄達へ警告する。
馬鹿にされた僕のために……怒ってくれているのだろうか?
そう思った瞬間、僕の胸が「キュン♥」と高鳴った!
んもう……なんで彼女は、こんなにも僕をときめかせるんだろう。
「フン……随分と怒り心頭といった感じだな。そんなに、その小娘がお気に入りか?」
「まぁ、見た所は一端の魔法使いのようですし、それなりに警戒はしておいた方がいいかもしれませんね」
思考が戦闘モードに入ったのか、ついさっきまでの緩んだ気配が消えて、構えるヘイル達からの圧力が増してくる。
そんな奴等から、僕を守るようにして、ディセルさんが間に立ちはだかった!
「アムール、強化魔法をお願い。それで私が時間を稼ぐから、君の魔法を兄達にかましてやってくれ!」
「あの二人を、同時に相手するんですか!?」
見た所、どちらもルドと同等の強さであり、奴と同じように 『完全獣人化』もできるかもしれない。
だとすれば、いくら魔法で身体強化しても、ディセルさんの方がかなり不利だ。
「確かに、普通なら分が悪いだろうね。でも……」
チラリと振り返ったディセルさんは、心配する僕の顔を見てクスリと笑みを見せた。
「後方に控える君を守るのが、前衛たる私の仕事さ。それに、私は君の魔法を信じている!」
だから、君も私を信じてほしい!と、ディセルさんはまっすぐに僕の目を見つめた!
んんっ!その偽りの無い瞳に、またキュン♥キュン♥来てしまう!
ここまで僕を信じてくれる人の期待に応えなきゃ、男が廃るっていうものだ!
「わかりました!よろしくお願いします!」
「ああ!任せてくれ!」
敵の前に立つ頼もしい背中に向かって、僕はありったけの想いを込めながら身体強化の魔法を発動させた!