12 ディセルさんの赤ちゃんを産んでもいい
これ以上は、場を掻き乱されてはたまらない!
何かを思い付いたらしいウェルティムを撃ち落とすべく、ボクとガマスターさんは魔法を連射する!
しかし、淫魔女王はそれらを悠々とかわすと、踞ったままのディセルさんの側へと降り立った!
「ディセルさん!」
いけない!
今のディセルさんがウェルティムの手にかかったら、一瞬でなにかスゴいのが出てしまうかもしれない!
急いでウェルティムを攻撃しようとしたけれど、ディセルさんに覆い被さるような姿勢をとる奴に、迂闊に攻める事ができなくなってしまった!
くっ……そんなに、ディセルさんにくっつかないでもらいたい!
ディセルさんの隣は、ボクの場所なんだからっ!
「は、離れろ……」
「うふふ、そう邪険にしないでよ」
はぁ……と甘い毒にまみれた吐息を浴びせながら、ウェルティムはディセルさんに頬を寄せた。
「ねぇ、ディセル……男になって、どんな気分かしら?」
「うう……な、なにを……」
「うんうん、いい反応ね。まぁ、童貞くんが私に迫られたら、たまんないわよねぇ」
にちゃりとした粘着質な笑みを浮かべ、胸や身体を押し付けながらウェルティムはディセルさんの頬を撫でる。
ディセルさんはそんな淫魔を振り払おうとするけれど、弱々しい抵抗はまったく意味を成していなかった。
「うふふ……童貞にしろ処女にしろ、私なんかに好きにされたくないって気持ちは伝わってくるわぁ……淫魔としては、少しショックだけどね」
あ、当たり前だ!
ディセルさんを、そんじょそこらの思春期男子と、一緒にしないでもらいたい!
だけど、口ではショックなんて言いながらも、ウェルティムはさらに密着し、からかうようにしてディセルさんに囁きかける。
「でも……私じゃなくて、あっちのあの娘なら、あなたも望む所じゃないのかしら?」
ボクの方へ目を移し、ディセルさんの顔もこちらに向けさせながら、淫魔の誘惑は続く。
「あなた達は、恋人同士なんでしょう?だけど、女同士じゃ心はともかく、肉体的には少し物足りなかったんじゃなくて?」
「そ、そんな……ことは……」
「ふふ……満ち足りてる、そう思っていたのよね。でも、今のあなたなら、本当の意味でアムールとひとつに繋がれるのよ?」
「ア、アムールと……ひとつに……」
「そう、ひとつに。その充足感と快感は、心だけの交わりよりも遥かに気持ちいいわよ」
ウェルティムが囁くたびに、ディセルさんの瞳に、ギラギラした欲情の鈍い光が宿っていく。
これはマズいと、ボクもディセルさんに呼び掛けるけど、淫魔女王の放つ淫気に阻まれて声は届いていないようだった!
「今のあなたなら、彼女の身も心も……アムールの全てを自分の物にできるわ」
「わ、私の……ものに……」
「そう。アムールを貪り、なぶり尽くして、あなただけの物に……」
「うう……ぐるるる……」
ディセルさんの口の端から、涎が垂れはじめ、喉の奥から唸る声が漏れだしている。
その目から理性の輝きは薄れ、獣の本能が目覚めようとしているようだった。
「わ、わたしはぁ……」
「あの娘に、酷いことをしたくないのね……でも、仕方ないのよ」
「しかた……ない……?」
「ええ。なぜなら、あなたは私に命令されて、アムールを犯してしまうの」
「めい……れいで……」
「そう。悪いのは、命令を出した私なんだから、あなたがアムールを犯したとしても、それは仕方ない事なのよ」
「ハァ、ハァ……グウッ……グルルルル……」
唆すウェルティムの言葉に、うなり声はいっそう大きくなり、もはやディセルさんの理性は掻き消される寸前だった!
「さぁ、行きなさいディセル!あなたの想い人を、めちゃくちゃにしてやるのよっ!」
「ゴアァァァァッ!」
猛獣のような咆哮と共に、ディセルさんが地を蹴った!
一瞬で間合いを詰めた彼女に押し倒され、ボクは抵抗する間もなく床に押さえつけられてしまう!
「おいおい、こいつは洒落にならんぞ!」
ボクに覆い被さるディセルさんを引き剥がそうと、ガマスターさんが駆け寄ろうとする。
しかし、間に入ったウェルティムが、それを妨害した!
「恋人同士の営みに余計な首を突っ込もうなんて、無粋な男ね」
理解者のような事を言いながら邪魔をしてくる淫魔女王に、ガマスターさんは舌打ちをする!
「何が恋人同士の営みだ!半分、レイプみたいなもんじゃねぇか!」
「そうね。でも、それが狙いだもの」
「なにっ!」
「事がすんだ後に、ディセルは恋人を傷つけた罪悪感を抱くでしょうね。そんな、自身を許せない気持ちと、私の命令に従ったという事実は、魂の奥底にまで刻み込まれる……そうなったら、ディセルは二度と私に逆らえなくなるのよ」
「貴様……ディセルにアムールを犯させるのは、呪いをかけるためかっ!」
「そういうこと。あとは……普段、心で結ばれてるとか言ってる連中が、欲望に身を任せて破局する様が最高に面白いって事もあるわね♥」
高笑いするウェルティムに、ガマスターさんだけでなく、ボクまでうんざりとした気分になってくる。
だけど、そんな話を聞いてしまった以上、ますますこのままじゃいけない!
「ディ、ディセルさん!しっかりして下さい!」
「ハァ、ハァ……アムール!」
淫魔女王の気に当てられ、欲望にギラついた瞳でボクを見ている今のディセルさんに、説得の言葉は通じていない。
「ひっ……」
ベロリと頬を舐められ、思わず恐怖にひきつった声が漏れる!
う、ううっ……。
ディセルさんの事は大好きだけど、心の準備もできないまま、欲情した男に押さえつけられているという現状は、耐え難い恐怖しか感じなかった。
このままじゃダメだ、早くなんとかしないと……そう頭ではわかっているけど、体は怯え畏縮してしまう。
「アムールゥ……」
「きゃあっ!」
服の生地が裂かれ、顕になった胸元に、熱い吐息がかけられる。
そうして、ジュルリと舌なめずりしたディセルさんの手が、ボクの下半身へ伸びていった!
おもむろに、その手がスカートの中へ侵入してきて、ボクの太ももに触れた瞬間!
「い、いやあぁぁぁ!」
ボクの口から飛び出したのは、恐怖と否定の悲鳴だった!
だけど、その声を聞いたディセルさんの動きが、ピタリと止まる!
「う、うう……」
欲望で濁った彼女の瞳に、わずかだけど理性の光が戻ってきた!
「あ……だ、大丈夫なんですか、ディセルさん!」
「あ、ああ……怖がらせてしまって、ごめんね……」
苦しそうにしながも、ボクを怖がらせないよう、歪んだ笑みを浮かべてディセルさんは謝罪の言葉を口にする。
「バカなっ!」
そんな風に、欲望に耐えるディセルさんの姿を見て、ウェルティムが驚愕に満ちた声をあげた!
「ディセルの情欲は、最大限に引き出したのよっ!あの娘をを、ボロ雑巾みたいに犯し尽くすまで、止まらないハズなのにっ!」
ガマスターさんと交戦しながらも、信じられない物を見るような目をこちらに向けてくるウェルティム。
そんな元仲間の姿を、ガマスターさんは鼻で笑った。
「あいつらはまぁ、筋金入りのバカップルらしいからな」
「それでもっ!女同士の関係から、片方が男に変わっているのよ!? こんなに早く受け入れられるハズがないわ!」
あー、あっちの二人は知らないけど、ボクもディセルさんも性別が変わってるから、ほぼノーカンなんだよね。
むしろ、ボクのために必死に欲望と戦い、耐えてくれてるディセルさんの姿に、さっきまでの恐怖心は徐々に薄れていく。
代わりに、胸の中に沸き上がってきたのは……ディセルさんへの愛しさだった。
今も、ボクのために苦しげに己と戦う彼女の姿を見ていると、そんな場合じゃないのはわかっているのだけれど……キュンとしたトキメキを感じてしまう。
だから……まだ、ちょっぴり怖いけど……ボクは苦しそうなディセルさんの首もとに、しがみつくように腕を回した。
「ま、待って……アムール……いま、そんな風に密着されたら、私は……」
戸惑い、わずかに身を捩るディセルさん。
そんな彼女にだけ聞こえるように、ボクは耳許で囁いた。
「ボクも……男でしたから、今のディセルさんがどれだけ辛いか、少しくらいは理解できます。だから……ボクを抱くことで、その苦しみが和らぐなら……抱いてください」
「ア、アムール……」
欲望に翻弄されながらも、献身的にボクの事を按じてくれるディセルさんに、ボクだってなにかをしてあげたい。
そして、その苦しみから解放されるための手段がそれであるなら、ボクの全てを捧げてでも救ってあげたいと心から思った。
さっきまでは怖かったけれど……今なら女の子としての初めてを捧げてもいい。
いや、むしろディセルさんじゃなきゃ、イヤだ!
「アムール……」
想いが通じたのか、ディセルさんはボクの体をソッと抱き締めてくる。
その力強くも優しい抱擁から、彼女の想いも伝わってくくるようだった。
今なら……心が触れあってると実感できる今なら、例えひとつになったとしても、淫魔女王の呪いは発動しないだろう。
「ありがとう……でも、今はここまでにしよう。私達が、元に戻れたら……その時に、続きをしようね」
いまだに情欲の炎に焼かれている中であっても、ボクを傷つけないために少し冗談めかしながら、ディセルさんはそんな事を言う。
ちょっとだけ残念な気持ちを感じながら、その思いやりに応えるため、ボクは微笑みながら頷いた。
「……ウェルティムを倒します。ここで、少し休んでいてください」
「ああ……任せたよ」
軽くキスを交わして、ディセルさんから離れたボクは、呆然とこちらを見ている淫魔女王へ向けて最大級の魔法を放つべく、詠唱を開始する!
「ちいっ!」
詠唱のために無防備なボクに向けて、ウェルティムが魔法による攻撃を仕掛けてくる!
だけど、発動させようとしている魔法の強大さから発生する魔力のフィールドが、それらを簡単に打ち消してしまった!
「うぐっ……」
「拘束影魔法!」
攻撃が通じなかった事に動揺し、わずかに逃げる気配すら見せたウェルティムを、さっきまで対峙していたガマスターさんの魔法が捕らえた!
「これで、こいつは逃げられん!ぶちかましてやれぇい!」
「くっ、ガマスターアァァ!」
憎々しげに吠えながら、ウェルティムが暴れる!
だけど、やつが逃れるよりも早く、ボクの魔法は完成した!
「神威発生聖衝撃魔法!」
発動した、天を揺るがす神の咆哮を模した聖なる衝撃波が、光を伴って淫魔女王の肉体を焼いていく!
神の威を冠するこの魔法は、淫魔のような闇に属する相手には、絶大な威力を発揮するのだ!
「うあぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
あ、ウェルティムの近くにいたガマスターさんまで、巻き添えを食ってる。
そういえば、アンデッドである彼にも、絶大な威力を発揮しちゃうな……でも、ここで魔法は止められないし……。
「わ、我は後から再生可能だから、気にすんな!」
ビッ!と親指を立てて、(たぶん)ニヤリと笑うガマスターさん!
ありがとう、お言葉に甘えてさらに出力を上げます!
「い、いやぁ!お手柔らかにぃ!」
今の余裕はどこへいったのか、ガマスターさんはすぐに弱音を吐いていた。
「うう……い、いいのかしら、アムール?私が死ねば、ディセルは女に戻れないかもしれないのよ?」
そんな中、聖なる光に焼かれながら、ウェルティムはボク達を脅すように叫んだ!
「あ、あなた達は、女同士で付き合っていたんでしょう?片方が男のままじゃ、遠からず破局するのは目に見えてるわよぉ!」
若干、誤解はあるものの確かに性別が変われば、様々なすれ違いも生まれてくるだろう。
だけど……。
「欲望や自分本意な想いだけで繋がっていたなら、そうなるかもしれない……だけど、ボク達はそんな事にはならないと、断言できる!」
「な、何を根拠に……」
「男とか、女だとかじゃなく、ディセルさんという人そのものを好きだからだ!」
そして、もしも性別が元通りにならないと言うなら……。
「ボクが……ディセルさんの赤ちゃんを産んでもいい!」
ハッキリと、そう断言する!
その瞬間、足下にいたディセルさんが「はぅん♥」と小さく身悶えした。
「そ、そこまでの覚悟を……」
「ああ、決めている!だから……これで終わりだあぁぁ!」
目映い閃光と、終わりを告げる轟音!
そして、凄まじい衝撃波が、全てを呑み込んでいった!




