09 だったら、こうすればいい
「と、とにかく!お母さまも複雑でしょうけど、いまは淫魔女王の討伐が最優先ですの!」
「そ、そうね……」
親友の娘の奇行に、天を仰いでいたウェイルットさんだったけど、シェロンちゃんの言葉にキリッ!とした顔つきになった。
「淫魔女王は陛下と共に、玉座の間で采配を行っています。今の時間なら、まだそこにいるでしょう」
玉座の間か……隠れたりされるより、わかりやすい所にいてくれてよかった。
「しかし、そこまで堂々としているということは、父上はもう完全に落とされたと思って間違いないね」
あるいは、剣を交える事になるかも……と、ディセルさんはポツリと呟く。
「……その時は、ボクがサポートしますから」
戦士の心構えとして、戦いになれば身内でも斬る覚悟ができてるんだろう。
とはいえ、できれば斬りたくないのも本音だと思う。
だから、僕はディセルさんが望む結果になるよう、全力でサポートするだけだ。
「ありがとう、アムール」
そんな僕に、ディセルさんは微笑みかけてくる。
しばし無言で見詰めあっていた僕達だったけど、みんなから「行くよー」と声をかけられて、我に返った。
「隙あらば二人だけの世界に入るくせは、なんとかした方がいいわよぉ」
お姉ちゃんから耳打ちされ、全くもってその通りだと反省しながら、僕達はウェルティムが巣くう玉座の間を目指して、城内へ潜入していった。
◆
ウェイルットさんを先頭に、僕達は城の中を進む。
その間、まったくすれ違う者は無く、まるで無人の城内を行くがごとしだった。
確か、ドワーフの国への第二次侵攻で人は少なくなっているはずだけど、ここまで城を空っぽにするなんて事があるのだろうか?
「……ずいぶんと人が少ないんですね」
「この日のために、極力人払いはしてありましたから」
僕の抱いた疑問に、ウェイルットさんが答える。
だけど、その言葉を聞いて僕は、よくわからない小さな違和感を覚えた。
その正体がハッキリしないうちに、いよいよ僕達は玉座の間へ続く回廊に到着する。
この道の先、あの閉ざされた扉の向こうに、魔王四天王の一人がいるのか。
「ウェイルット様は、ここで待機していてください」
「そうはいかないわ、ディセル。私だって、やるべき事をやらねばなりません」
非戦闘員に近いウェイルットさんだけど、一緒に乗り込む姿勢をがんとして譲らない。
できれば、王妃様には安全な場所に下がっていてほしいけど、そこは勇猛な獣人族なだけの事はあるなぁ。
「……わかりました。シェロンと一緒に、私達の後ろに控えていてください」
「ええ、わかったわ!」
「はいですの!」
ここに残していくのは無理だと判断したディセルさんがそう指示を出し、彼女達を一歩引かせて僕達を見回した。
「行くよ!」
その一言にみんなが頷いたのを確認し、ディセルさんが先陣をきって玉座の間へと向けて駆け出す!
彼女が扉を蹴破って突入するのとほぼ同時に、僕達も室内へと踏み込んだ!
だが、そこで僕達の視界に飛び込んで来たものは……!
「いらっしゃい、『レギーナ・レグルス』のお嬢さん達」
玉座ではなく、四つん這いで組体操のようにピラミッド型に積み上がった人達を椅子代わりにして腰掛け、三十人以上はいる完全武装の兵士に守られた、妖艶な美女が僕達に微笑みかけてきた!
あれが、淫魔女王ウェルティムかっ!
「ウフフ、可愛い娘達が……って、えっ!あなた、もしかしてガマスター!?」
「ククク、久しいなウェルティム」
余裕の笑みを浮かべていたウェルティムが、ギョッとした顔になり、人間椅子から転げ落ちそうになった!
まぁ、そりゃ驚くよね。
「な、何をやってるのよ、あなた!」
「フッ……かつての魔王四天王である、ガマスターは死んだ。今ここにいるのは、冥界神様の元で修行中の一人の男に過ぎん」
始めは戸惑っていたウェルティムだったけど、ガマスターの返しを聞いているうちに冷静になったようだ。
気を取り直し、体勢を整えると、再び余裕の笑みを浮かべて話しかけてくる。
「ふぅん……どうやら、ガチで死んで冥界にいったから、鞍替えしたみたいね」
「まぁ、そういうことだな。もっとも、四天王は各々がかつては魔王と呼ばれた存在。己の都合優先だとしても、当然であろう」
「そうね……あのおかたが現れる前までは、そうだったわね」
何かを懐かしむような、淫魔女王の呟き。
それにしても、彼女らを統べているらしい、あのお方っていったい……。
「そちらの積もる話は、後にしてもらおうか!」
弛緩しかけた空気を引き締めるように、『ニホントウ』に手をかけたディセルさんが鋭い殺気を放つ!
そのあまりの気迫に、ウェルティムを守るように並んでいた兵士達がわずかに後ずさった!
「フフ、すごい殺気じゃない……あなたがディセルね?」
「ほぅ……魔王四天王様に名を知られるとは、私もなかなかのようだ」
「ええ、手に終えないお転婆さんだと、聞いているわ。ねぇ、国王様?」
え?国王!?
そ、それじゃあ、あの人間ピラミッドのてっぺんで、ウェルティムに椅子代わりにされてるあの人が、ディセルさんのお父さん!?
「父上!?」
「お父さま!?」
ディセルさんとシェロンちゃんが、思わず声を出してしまう!
しかし、妻子の前で醜態を晒しているにも関わらず、王様は恍惚とした表情で淫魔女王の尻に敷かれていた。
「ウフフ、声をかけても無駄よ。もう私の声しか聞こえないから」
ねぇ?と見せつけながらウェルティムが撫でると、獣人王はさらに顔を蕩けさせて「はい……」と頷いた。
「くっ……父上、なんという姿に……」
やっぱり、喧嘩別れしたとはいえ、父上のあんな姿を見るのはしんどいよね。
「悲観しなくてもいいのよ。あなた達も、もうすぐこうなるんだから」
は?
何を言ってるんだ、あの淫魔女王は?
サキュバスである奴の『魅了』が通じるのは、異姓のみ。
つまり、こちらで堕ちそうなのは僕だけだ。
それでも、高い精神防御で心を守っているから、そうそうは魅了されたりはしないけどね!
……だけど、そう思っていた時。
僕達の後ろで、ドサッと人が倒れる音が響いた。
何事かと振り替えると、そこには植物の蔦ようなもので縛られて倒れるシェロンちゃんと、悲しげな表情で術符を構えるウェイルットさんの姿があった!
「なっ!?」
「ごめんね、シェロン……ディセル……」
小さく謝罪の言葉を口にしながら、ウェイルットさんの手から放たれた符が発動し、そこから発生した植物がシェロンちゃんと同じように、僕達に絡み付く!
「くっ!」
「ウェイルット様!どういう事ですかっ!」
さすがに動揺を隠せないディセルさんに、ウェイルットさんは顔を伏せ、か細い声を漏らした。
「本当にごめんなさい、ディセル……私はもう、あの方に逆らえないの……」
あの方って……ウェルティムの事!?
「……獣人王を人質に取られているからかしらぁ?」
お姉ちゃんの問いに、彼女は首を横にふる。
「違います……私自身が、あの方の命令に従う事を受け入れたのです」
受け入れたって……まさか、彼女もウェルティムに魅了されている?
いや、でも……。
困惑している僕達に、人間ピラミッドの飢えで笑うウェルティムの嘲笑が降りかかってきた。
「アハハハ!どうかしら、信じていた母親に裏切れた気分は?」
「貴様……いったい、ウェルティム様に何をした!」
怒気を孕んだ視線で、ディセルさんが奴を睨み付けるけど、淫魔女王はふふんと鼻で笑って殺気を受け流す。
「そうね、教えてあげるわ。あなた達も知っているだろうけど、普通サキュバスの魅了は異性にしか通じないの」
そう、確かにそれは知っている。
「同性には通じない……だったら、こうすればいい!」
パチン!と淫魔女王が指を鳴らすと、ウェイルットさんがコクリと頷いて、突然服を脱ぎ始めた!
な、なにをやって……え?
ボトリと、ウェイルットさんの胸元に入っていた詰め物が床に落ちる。
そうして上半身を顕にした彼女の体つきは……女性の線の細さを残しながらも、間違いなく男性のものだった!
「なっ……!?」
「王妃の……影武者?」
頭に浮かんだ可能性を口にするも、悲しそうな表情のまま、ウェイルットさんは首を横に振る。
「いいえ、彼女……いや、彼は本物のウェイルット王妃よ」
「馬鹿な!」
驚愕する僕達を楽しそうに眺めながら、ウェルティムの目が妖しい光を帯はじめた。
「これがさっきの答え……同性には魅了が効かないなら、対象を異性にしてしまえばいい!」
そ、そんな無茶苦茶な!
「あなた達も性転換して、私の虜になるがいいわ!」
そう叫んだウェルティムの瞳から、妖しい光が弾け、一筋の光線となって放たれた!
「食らいなさい、TSビーム!」
縛られていたために、回避することもできなかった僕達に、ウェルティムの攻撃がまともに撃ちこまれる!
そして次の瞬間、膨らんだ奇妙な光が僕達の体を包み込んでいった!




