08 あなた以上に自由に生きてるわ
──さて、王城に忍び込もうというのはいいんだけど、一体どうしたものだろうか。
まさか、素直に城下町を突っ切って、正面から侵入する訳にもいかない。
第一、変装とかしたって、嗅覚の鋭い獣人族には、ディセルさんやシェロンちゃんの匂いで正体がバレてしまう恐れがあるし……。
「もちろん、その辺りの手は打ってありますの!」
僕の不安を解消するかのように、ひとつウィンクをしたシェロンちゃんは、懐から一枚の紙を取り出す。
それに何やら魔力で印を結ぶと、たちまち紙片は小鳥に変わって空へと飛び立っていった!
「あ、あれはもしかして……」
「へぇ、『符術』じゃない。シェロンちゃんは、珍しい術を使うのねぇ」
シェロンちゃんの使った『符術』は、術式のこもった紙片にキーとなる魔力を注ぐ事で発動するタイプの魔法で、僕も見るのは初めてだった。
お姉ちゃんが感心していあたり、彼女はかなりの精度で使いこなしているみたいだな。
「基本的に魔法は苦手な獣人族だけど、シェロン達みたいな狐タイプの獣人族は、ちょっと変わった魔法に適性があるんだよ」
妹自慢をする姉の顔をして、ディセルさんが説明してくれた。
「私も使えない事はないけれど、紙片に込める術式のバランスが難しいのよねぇ」
すごいわぁ!と、お姉ちゃんもシェロンちゃんを誉める。
けど、この人の場合は本当に使う魔法が問題だからなぁ……ドラゴンでも殺せるような魔法ばかり込めようとするから、うまくいかないんだと思う。
「それで、今の小鳥は連絡用か何かかな?」
おや、魔法関係には食いついてくるかと思ったけど、意外に冷静なガマスターが小鳥の飛んでいった方向を眺めながら、シェロンちゃんに尋ねた。
「その通りですの。城内にいるお母さまに、ワタクシ達が到着したことをお伝えいたしましたの」
そうか、敵側にいる内通者に連絡をとって、内部へ手引きしてもらうんだね。
「さぁ、皆さん。行きますの!」
先導するように進み出したシェロンちゃんの後に続いて、僕達も歩き出した。
◆
「──ここですの!」
そう言って、歩みを止めたシェロンちゃんだったけど、僕達はいまだに深い山中にいた。
気になる事と言えば、彼女の前には小さな祠があるって事くらいだけど……?
「この祠の下に、城へ通じる隠し通路がありますの」
なるほど、どこの城にもあるという、有事の際の脱出用っていうやつか。
今回は、逆にそれを利用して城内に侵入するんだな。
「本来でしたら、城内側からしか鍵を開けられないので、侵入は無理なのですが、お母さまが向こうから開錠してくださるはずですの!」
うん、それなら密かに潜入できそうだ。
「へぇ……こんな隠し通路があったんだね……」
「え?ディセルさんは、知らなかったんですか?」
「うん。私は敵に囲まれても、正面から脱出する心構えでいたから……」
さ、さすがディセルさん。なんとも剛毅だ……。
「お姉さまだけでなく、城内のほとんどの方がこんな心構えですので、この隠し通路を知るのは王族でもほんの一部だけなんですのよ……」
困ったものですのと、シェロンちゃんはため息を吐いてみせる。
なるほどなぁ……まぁ、勇猛な獣人族らしいと言えばらしいけど、せめて王族にはこういう逃げ道もあると知っておいてほしいよね。
でも、そんな話を聞いたら、潜入の成功率がますます上がった気がしてきたぞ。
そうしてスコシ士気の上がった僕達は、祠の後ろにカモフラージュされていた入り口を見つけ、そこから地下に続く階段を降りていった。
──何度か道を曲がりながらも、基本的に一本道な地下道を進んでいく。
道幅は狭いものの、天井までの高さは十分にあって、あまり閉塞感は感じない。
しかも、一部の壁はぼんやりと光っているから、ある程度の視界も確保されていた。
そうして、小一時間ほど歩いただろうか。
ようやく僕達の目の前に、通路の終わりを示す登りの階段が姿を現した!
ここを登れば、いよいよ城内か。
一応、警戒しながらも不意打ちに備えてガマスターを先行してもらう。
「なんで我が、こんな斥候のような真似を……」
「いやいや、ガマスター氏はウチのボディガードなんスから、守護ってもらわないとッス!」
「そうだね。それに、アンデッドなんだから、大概の攻撃は致命傷にならないだろうし」
「そう考えると、理想的な先行者だね」
「……んもう、しょうがないにゃあ」
誉められて(?)気をよくしたのか、やる気を見せたガマスターが、階段の先にある扉のノブに、ソッと手を伸ばした。
このアンデッド、割りとチョロいのかもしれない。
そんな事を思いながら見ていると、ガマスターはグッと扉を押し込む!
すると、重い音を軋ませながら、ゆっくりと扉は開いていった。
よし!
シェロンちゃんのお母さんは、ちゃんと開錠しておいてくれたみたいだ!
念のために注意深く様子をうかがい、僕達は隠し通路から城内への侵入を果たす!
ふむう……どうやらここは、城の物置に使われてる部屋みたいだな。
雑多に物が置いてある室内を見回していると、不意に入り口の方から人の気配を感じた!
「……シェロン?」
わずかに開かれた入り口から、確認するようにか細く呼び掛ける女性の声がする。
その声を聞いたシェロンちゃんとディセルさんの耳が、ピン!となった!
「お母さま!」
「ウェイルット様!」
姉妹の声が重なると、それに応えるように一人の女性が部屋の中に入ってきた。
「ああ……シェロン。それにディセルも、よくぞ無事で……」
この女性が……獣人王国の第三王妃で、シェロンちゃんの実母である、ウェイルットさんか。
娘達の無事な姿に安堵したような笑みを浮かべる優しげなその人は、確かにシェロンちゃんに似ている。
彼女と同じように金の髪に狐の耳と尻尾があり、美しさと気品に溢れた満ちた佇まいは、まさに王妃様といった雰囲気だ。
だけど、そんなウェイルットさんも、今は母親の顔になって娘達と手を取り合っていた。
「お母さまも、ご無事でなによりですの」
「ええ、お陰さまでね。あなたの方は、首尾よくいったのかしら?」
「もちろんですの!お姉さまだけでなく、頼もしい方々をお招きしましたの!」
「下手をすれば、私より手強い仲間達です!」
「まぁ、なんて頼もしい方が……た……?」
ディセルさん達の言葉に、僕達の方へ目を向けたウェイルットさんの動きが、不意にビシリ!と固まった。
その視線の先には……ガマスター!
「ア、アンデッド!?」
「あ、ああ、あのっ!だ、大丈夫ッス!こ、こちらは、ウチの召喚した護衛みたいな人で……」
初対面の相手に、人見知りするロロッサさんが、しどろもどろになりながらも、なんとか説明しようとする。
「ア、アンデッドを召喚とは……もしや、死霊魔術師なのですかっ!?」
「あ、いえ、正確には違うんスけど……」
「その通り。こちらのロロッサ嬢は、そんな器に収まる方ではないのだよ!」
「アンデッドが、自我を!?」
流暢なガマスターの言葉に、ウェイルットさんは驚愕の表情を浮かべた!
い、いけない!
このままじゃ、どんどん混乱が広がっていくし、僕達もみんな怪しいヤバい奴と思われてしまうかも!
「彼女は、邪悪な人ではありませんし、こちらのアンデッドも完全に制御下にあるので、どうかご安心を」
警戒を強めそうになっていたウェイルットさんに、僕は精一杯の笑顔で話しかけた。
「あ、貴女は……?」
シェロンちゃんと、あまり年端の変わらない女の子に見える僕の姿に、彼女の警戒がわずかに和らいだように見えた。
今がチャンスだ!
「ボクは、アムールといいます。ディセルさんと一緒に、ハンターチーム『レギーナ・レグルス』所属している魔法使いです」
「まぁ!貴女が噂に名高い……!」
う、噂に名高いって……そんなに僕って有名なんだろうか?
ちょっと照れるな…。
「……ディセルを手込めにしようとした、魔王四天王の一人、吸血鬼王スウォルドを倒したという、魔法使いの少女……確か、『アナルブレイカー』なる二つ名の……」
「ぶぼっ!」
恥ずかしい二つ名を久々に聞いて、僕は思わず盛大に噴いてしまった!
や、やっとギルドのみんなも忘れてくれた忌み名を、よりにもよってディセルさんの故郷で聞く事になるなんて……。
これが、『どれだけ潰しても、過去はミミズのように這い出してくる』というやつなんだろうか……。
「あーちゃん……」
「アムール氏……」
「アムールさま……」
「そういや、四天王もその二つ名にはびっくりしてたなぁ……」
ディセルさん以外のみんなからも、ちょっと引いたような目が僕に向けられる。
違うんです!あれは、偶然の事故なんです!
「大丈夫だよ、アムール。私は君の味方だ……」
「ディセルさぁん……」
みんなに引かれて涙目になっていた僕を、ディセルさんが優しく抱き締めてくれる。
彼女の胸に顔を埋め、優しく撫でられていると、不名誉な二つ名の事もどうでもよくなってくるようだった。
「……ありがとうございます、ディセルさん。もう大丈夫です!」
「うん、よかった」
見詰めあう僕達に、みんなはまた始まったといった風だったけど、ウェイルットさんだけは何やら怪訝そうな顔をしていた。
「あの……そちらのアムールさんは、ディセルのチームメイトなだけ……なのよね?」
ただならぬ気配を感じたのか、確認するようにウェイルットさんが尋ねてきたけど、ディセルさんは胸を張って「ただのチームメイトではありません!」と言い放った!
「こちらのアムールは、私の最愛の人で……将来を誓いあった仲です♥」
「ぶぼっ!」
ディセルさんの言葉に、今度はウェイルットさんが盛大に噴きだす!
「さ、最愛!? それに、将来を誓いあったって……女の子同士でしょう!?」
あー、うん……そこはちゃんと説明したい所だけど、事情はややこしいし、話も長くなっちゃうからなぁ……。
うーん……と唸る僕達の様子に、ウェイルットさんは、シェロンちゃんにも事情を求めようと目を向けた。
だけど、彼女もまた難しい表情を浮かべて、顔を伏せてしまう。
「ほ、本気……なの?」
「はい!もちろんです!」
「あー……アムール、さんも?」
「……はい♥」
状況はさておき、ディセルさんとの仲を問われたら本気ですとしか答えようがない。
そんな僕達の答えを聞いて、ウェイルットさんは静かに天を仰いで呟いた。
「ああ、グラリアス……あなたの娘は、ある意味あなた以上に自由に生きてるわ……」




