03 結婚しましょう
「な、なんで……」
ディセルさんは、僕が彼女の考えを読んでいたことに驚いたみたいたけど、そりゃわかりますよ。
シェロンちゃんからチラリと聞いている、魔王四天王が暗躍しているという獣人族の現状。
ディセルさんは思慮深い所もあるけれど、基本的にはシンプルな思考の持ち主だ。
そんな彼女が、生まれ故郷である獣人王国を裏で操る黒幕の存在を知って、放っておくはずがない。
だけど、その決意を僕達に話さずにいたという事は、おそらく自分達だけでケリをつけよう……なんて考えていたんだろう。
さっきの妙に甘えてきた態度だって、エルビオさん達との事を抜きにしても、「最後に……」なんて考えていたなら納得だ。
「……小国とはいえ、国をひとつ相手取る事になるんだよ。私とシェロンはともかく……君やマーシェリー、ロロッサには危険すぎる」
「ボク達は危険でも、ディセルさん達は王女という立場があるから、万が一の事があっても最悪の事態は免れる……そういう事ですか?」
僕の言葉に、ディセルさんは小さく頷く。
だけど……そんなのは嘘だ。
彼女は国を追放されたにも関わらず、魔族に売られるために連れ戻されようとしていた。
そんな扱いを受けていたのだから、敗北すれば死ぬより辛い目に会わされる事は間違いないじゃないか。
「……貴女はボク達の身を案じてくれているのかもしれませんけど、ボクだってディセルさんが心配なんです」
「ア、アムール……」
見つめる僕の視線を受けていたディセルさんは、無意識に片ひざを床について、目線の高さを合わせてくる。
僕はそんな彼女の肩を包むようにして、ぎゅっと抱きしめた。
「国が相手だろうとなんだろうと、大事な人と離れる理由にはなりませんよ」
一蓮托生、死ぬなら一緒に、だ。
もっとも、僕もディセルさんも死ぬつもりはないけれどね。
「で、でも……」
どうやら、まだ彼女の中には迷いがあるようだ。
だから僕は、いったん抱きしめていた彼女を離すと、秘めていた決意をディセルさんに告げる!
「……結婚しましょう、ディセルさん!」
「……へ?」
僕の言葉が唐突過ぎたのか、ディセルさんは頭の上に「?」を大量に浮かべていた。
「え?いや、ちょっと待って……え?」
混乱するディセルさんの手を取り、しっかりと目を見つめて、僕はもう一度その言葉を口にする。
「獣人王国を取り返したら、僕と結婚してほしいんです!」
「え……えぇぇぇっ!?!?」
真っ赤になって戸惑うディセルさん。
ギルドの認識証を贈った時にも少し思ったけれど、普段は僕を惑わせている彼女が、攻めに回られるとこんな風にワタワタする姿は本当に可愛いと思う。
これだけでも、プロポーズした甲斐がある気がするな。
「い、いや……そ、それは私だって君となら……とは思っていたよ?でも、こんなタイミングでプロポーズしてくるなんて……」
「こんな時だから、ですよ!」
「え?」
「こんな告白をされた後に、ディセルさんだけで国に戻ったら、『私……この戦いが終わったら、結婚するんだ』なんて、よくあるフラグになっちゃいますよ!」
物語りの中で、悲劇の前触れとなる台詞や行動……いわゆる、死亡フラグだ。
そんな物が壮大に立ったままで、ディセルさん達だけで乗り込むなんて、不吉過ぎるでしょう?
「ぷっ……あはははははっ!」
僕の言葉を聞いて、ディセルさんが大笑いを始めた。
「な、なんだいそれは!」
まぁ、死亡フラグ云々は冗談のつもりだったけど、思ったよりもツボに入っちゃったのかな。
それからひとしきり笑った後、涙を拭きながらディセルさんは僕に微笑みかけてくる。
「はー……そうだね、こんな死亡フラグが立ってしまったら、一緒に行かないと危険だよね」
「そうですよ。それに、ディセルさんの御家族にも、挨拶にいかなきゃいけませんしね!」
「うん……でも、父上を正気に戻して君を紹介しても、反対されるかもしれないよ?」
「その時は、貴女を拐って逃げます!」
「そうか……嬉しいよ、アムール……」
再び、僕達はどちらからともなく、抱きしめ合う。
お互いの体温と鼓動を感じるくらいに近い距離が、とても心地よくて幸せに思えた。
「必ず生きて帰ろうね、アムルズ」
「ええ、ディセルさん!」
あえて、僕の本名を呼びながら想いを告げてくる彼女に、僕も力強く答えた。
◆
その後、ギルドにレポートを提出しに行き、ついでだからとリズさんに頼まれた買い物なんかをしながら帰宅した僕達は、早速チームのみんなを集めて『獣人王国奪還』のための作戦会議を始める事にした。
「話を始める前に……私事でみんなを危険に巻き込む事になるのを、どうか許してほしい」
ペコリと頭を下げるディセルさんとシェロンちゃんに、みんなは笑顔で頷く。
「もう、水くさいわねぇ。あーちゃんの大事な人のためだし、チームの仲間なんだから協力するのは当然よぉ」
「ウ、ウチも仲間のためなら頑張れるッス!」
「ありがとう、マーシェリー、ロロッサ……」
二人にお礼を言い、ディセルさんは僕に視線を向ける。
だから僕も無言で頷いて、見つめあったまま微笑み合った。
そんな僕達の様子を目敏く看過したお姉ちゃんが、ニヤニヤしながら声をかけてくる。
「あらあら~?なんだかディセルちゃんが吹っ切れたみたいだな~って思ったけれど、もしかしてあーちゃんと何か進展があったのかしらぁ?」
クスクスとからかうようなお姉ちゃんに、ディセルさんは表情を輝かせながら頷く。
「うん。実は、王国を奪還した後、アムールと結婚することになったんだ!」
一瞬の沈黙。
そして、次の瞬間には、僕とディセルさん以外のみんなが一斉に「ブホッ!」と吹き出した!
「な、な、な……ほ、本当なの、あーちゃん!?」
「あ、うん」
あっさりと頷く僕に、さすがのお姉ちゃんも言葉を失う。
僕の祖母であり師匠でもあり、長年面倒をみてもらっていたけれど、お姉ちゃんのこんな顔を見るのは初めてかもしれない。
「う、うひょぉ~、マジッスか……」
ロロッサさんといえば、何故か話を聞いた彼女の方が恥ずかしそうに赤くなり、グネグネと身をよじっている。
「かぁ~っ!これはターミヤ氏にも、一報入れとく必要があるッスね!後で、冥界ネットワークで伝えとくッス!」
「うん、よろしく頼むよ」
興奮するロロッサさんに、ディセルさんは静かに頷いてお願いしていた。
……今はドワーフの国で、捕虜の獣人族に抜刀術を叩き込んでいるであろう、ターミヤさん。
それはもちろん、抜刀術を広めたい野望もあるんだろうけど、おそらく後にディセルさんの後押しをするための布石でもあるはずだ。
そんなターミヤさんだからこそ、きっと喜んでくれるよね。
そして、もしかしたら僕とディセルさんの結婚に反対してくるかも……と思ったいたシェロンちゃん。
だけど、意外にも彼女はこの話に賛成のムードを醸し出していた。
お姉ちゃん大好きっ娘の彼女にしては、なんだか妙だな……。
「あら、なにも反対する理由はありませんの」
「そ、そうなの?」
「ええ。なぜなら、お姉さまは幸せになる、恋敵は消える、そしてこれを聞いて傷心にくれる勇者さまに、ワタクシをアピールする絶好の期を得ることになりますもの!一石三鳥ですの!」
オホホホ!と高笑いするシェロンちゃんの姿は、まさに策士!
さすが恋する乙女だ、面構えが違う!
「……まぁ、ちょっと話が脱線してしまったけど、本題に戻ろう」
キャッキャッとした浮かれムードを引き締めるように、ディセルさんはひとつ咳払いをする。
そうして、テーブルの上に一枚の地図を広げた。
「これが、獣人王国の見取り図だ」
へぇ……これが……。
僕はまだ獣人王国へ行ったことが無いけれど、魔族の領域に隣接するその国は、山脈と森に囲まれて、なかなか堅牢に見えた。
少数とはいえ、精鋭の戦士達である獣人族が地の利をいかして立てこもれば、よほどの戦力差が無い限り落とすことは困難だろう。
「国を囲む森や、背後にそびえる山脈には、行き来できる街道は一本きり。いくらアムール達が力を貸してくれるとはいえ、さすがに正面から行っては返り討ちにあってしまうだろう」
確かに。
でも、だからこそ何か策があるんですよね?
そんな声が上がると、ディセルさんはコクンと首を縦に振る。
「もちろん、策は在るさ。それじゃあ、シェロン。説明をよろしく」
「かしこまりましたの、お姉さま」
ディセルさんに代わって前に出たシェロンちゃんは、スッと地図を指差しながら説明を開始した。




