01 怒った顔も可愛いよ
◆◆◆
「──ルドが返り討ちにあった……だと?」
ここは、邪神の配下である魔王が支配する、魔族領域に隣接する獣人族の国マクズウェル。
その王城の主である獣王サーイーズは、追放した末娘を捕縛しに行った次男の敗北の報を聞いて眉をひそめた。
「馬鹿な……ディセル程度の腕で、ルドに勝てるはずがない」
「ですが……ルド様は今朝、ボロ雑巾の方がまだマシといった有り様で、辛うじて国に戻った所を保護されております」
「そこまで、ボロボロにされていたのか?」
「はい。発見者が、最初はでかいゴミかと思ったと話すくらい、ボロボロでした」
「ふむう……」
部下の報告を聞いて、サーイーズは大きく息を吐きながら玉座に体を預けた。
「ディセルを追放してから、わずか数ヵ月……たったそれだけの期間で、ルドを越えるほど強くなったとでもいうのか?」
子供達の実力は把握しているだけに、敗北の報を聞いてもにわかには信じ難い。
しかも、ルドには『完全獣人化』が可能になる、魔道具を預けてあったのだ。
たとえば、噂の聖剣の勇者がその場にいたというシチュエーションでもない限り、敗北はあり得ないはずだった。
「今もルド様の意識は戻っていませんので、詳細はわかっておりません。ですが、何者かの介入があった可能性があります」
「なにっ!」
まさか、冗談まじりで想像していた状況が、本当にあったとでも言うのだろうか!?
「今も時折、『アムール』なる人物の名を漏らしてはうなされております」
勇者ではなかったか……と、内心で安堵しながら、サーイーズは当然の疑問を口にした。
「何者だ、そいつは?」
「申し訳ありません、我々も存じておりません」
謝罪しながら、部下が頭をさげる。
『アムール』……聞いたことも無い名前だ。
そんな無名の者に、ルドほどの強者がやられたというのだろうか?
なんとも不気味な話だが、それでもディセルは魔族の大幹部に差し出すために、必ず連れ戻さなくてならない。
それがサーイーズの、延いては獣人族の地位向上に繋がるのだから。
「次は長男のヘイルと、三男のドストルを送り込め。必ず、ディセルを捕らえてくるのだ!」
王子にして獣人族の精鋭、しかもそれを二人同時に送り込むあたりに、王の本気が伺える。
ブルリと震えながらも命令を伝えるべく、部下達は頭を下げて退室していく。
そんな彼等が去った後、獣人族の王は小さなため息を漏らした。
「愚かな娘が……手間をかけさせる」
ギリッと歯軋りしながら、サーイーズは愚痴るように吐き捨てていた。
◆◆◆
ディセルさんの兄を撃退したあの日から、数日が過ぎた。
あれからも僕達はいくつかの依頼をこなしていて、もうすぐディセルさんにも正式なハンターとしての資格が認められそうな所まできている。
初めは懐疑的だった他のハンター達も、ディセルさんの人柄に触れて徐々に受け入れてきているようだ。
順風満帆……と言いたい所だったけど、僕的に少しだけ困った事がある。
それは、僕の借りている部屋に、ディセルさんが一緒に住んでいるという事だ。
大概、どんなパーティでも男女の部屋は分けているけれど、僕は女性ハンターという事になっているから、端から見れば何もおかしな事はないし、むしろ金銭的余裕が有るわけでもないのに、部屋を分けたりする方が不自然かもしれない。
でも、ディセルさんみたいなキレイな女性が同じ部屋にいるだけでもドキドキするのに、彼女は王族特有の無頓着さで下着姿で過ごしたり、脱いだ物をその辺に置きっぱなしにする時もあって、目のやり場に困る事が多々あった。
一度、注意をしたこともあったけど、ディセルさん曰くこれは僕のためでもあるという。
「私やルド兄様は、匂いでアムールが男の子だとすぐに気づいただろう?だから、君の匂いを誤魔化すために、私の匂いで上書きしているのさ」
下着姿いるのも、匂いを拡散しやすくするためと言われてしまえば、僕にはもう反論の余地もない。
でも、獣人族の人は肌を露出した方がリラックスできると聞いた事があるから、きっとそれもあるんだろうな……。
しかし、あまりにも堂々とされていると、男として意識されていないみたいで、ちょっと悲しい。
こんな格好をしていて、今さらかもしれないけど。
なんにせよ、ハンターとしてやっていくなら、最低限の身の回りの事はできて然るべきだ。
なので、先輩ハンターとして、様々な注意点を細々とディセルさんに伝える。
「まるでアムールは、お母さんみたいだね……」
「お母さん違います!」
あえて強めに返事を返すと、クスッと笑った彼女は、僕の頭の上にポン!と手を置いた。
「アムールの怒った顔も可愛いよ♥」
なっ!な、な、な、な、な……!
胸の奥で鼓動が高鳴り、カッと頬が熱くなってとっさに言葉が浮かんでこない。
そんな僕に微笑みかけながら、ディセルさんはさらにヨシヨシと頭を撫でてきた。
何か言わなくては!……とは思うのだけれど、僕は撫でられる心地よさにうっとりとしてしまう。
ここの所、こんな風に彼女にはぐらかされたりして、主導権を取られてばかりだ。
我ながら情けないけど、美人のお姉さんに甘く囁かれたら、勝てないよなぁ……。
そんな感じで、役得とも生殺しとも思える日々を過ごしていた、ある日。
ギルドに顔を出した僕達を、受付嬢のネッサさんが手を振って呼んだ。
「お疲れ様です!アムールさん、ディセルさん」
「どうも、ネッサさん」
「うん、お疲れ様」
挨拶を交わした後、何事かと思って僕達を呼んだ理由を聞くと、以前のゴブリン討伐の報告書について聞きたい事があるという。
「お二人は、ゴブリンの群れを討伐された後、謎の獣人に襲われてそれを撃退したんですよね?」
ディセルさんが、素性を秘密にしておきたいとの事だったので、襲って来たのが彼女を連れ戻しにきた兄……つまり獣人族の王子だという事は伏せてあった。
かといって、いまや大部分が邪神の軍勢についた獣人族と遭遇した事を報告しない訳にはいかなかったので、謎の獣人という事にしておいたのけれど……。
「もしかして……ディセルさんの審査に、何か影響があったんですか?」
「いえ、こんな辺境の地域に敵性獣人族が現れたので、もう少し何か情報がないか、確認してほしいと上から通達がありまして。でも……審査に影響があったと言えば、あったのかなぁ……」
心配になって聞いた僕に、神妙な顔をしたネッサさんは、一転してニコニコしながら一枚の依頼書を差し出した。
「少し早いですけど、おめでとうございます。次の依頼が成功すれば、当ギルドは正式にディセルさんをハンターとして認定いたします!」
「おお!」
ネッサさんの笑顔が伝染したみたいに、ディセルさんの顔にも笑顔の花が咲いた。
てっきり、悪い報せが来るのかと思っていた僕も、釣られて絵顔になってしまう。
「しかも、報告にあった謎の獣人撃退の功績を加味して、規定通りにF級からのスタートではなく、E級からのスタートになる予定です」
「へえ……」
その言葉に、ディセルさんよりも僕の方が驚いた。
ワンランク上からのスタートなんて、よっぽど有名な大型新人くらいにしか取られない処置だ。
「ここは、アムールさんにも感謝してくださいね。彼女がディセルさんの活躍を事細かく報告してくれたお陰で、実力が認められたんですから!」
確かに細かく報告書を書いたけど、それだけ彼女の活躍っぷりが伝わったという事なんだろう。
短い間だけど、一緒に組んでいたディセルさんがそんな風に認められたのは、僕にとってもなんだか嬉しくなるような出来事だった。
「とは言っても、油断は禁物ですよ!あくまで、この依頼を成功させてからですからね!」
キッ!っと引き締めるように言ったネッサさんから書類を受け取り、僕達も真面目な顔で頷く。
「それじゃあ、最終審査の依頼……行きましょうかディセルさん!」
「ああ。すまないが、最後までよろしく頼むよ、アムール!」
コツンと拳を合わせた僕達は、意気揚々とギルド支部の建物を後にした。