02 獣人王国の奪還!ですよ
僕の正体を見せるという事で、下半身を露出させられてシェロンちゃんに突きつけさせられた訳だけど……。
「お、お、おち……おち……」
いまだ、ガクガクと震えるシェロンちゃんは、ゴーストメイドのリズさんから手厚い看病を受けていた。
ディセルさんもやり過ぎてごめんね……と、付きっきりで慰めている。
まさか、そこまでショックを受けるなんて……というか、僕だって泣きたいのに。
「……お、お姉さま、もう大丈夫……ですの」
やがて、ショック状態から立ち直ったのか、シェロンちゃんはディセルさんの手から離れて立ち上がると、僕の前に迫ってきた!
「あなたが男性……なのだという事は、理解しましたの。ですが、そんな格好をしているのは、どういう理由ですの?」
まぁ、ここまできたら僕の事情は、包み隠さず話した方がいいかもしれない。
なので、ここに至るまでの経緯を駆け足で彼女に語った。
「……なるほど、馬鹿馬鹿しいとは思いますが、事情はまぁわかりましたの。ですが、理解者であるお姉さまはともかく、ルドお兄さまやエルビオさままで惑わせるのは、どういうつもりなんですの!」
「べ、別にその二人はを惑わせてるつもりなんて、ないんだけど……」
「そのつもりも無く、あんなに熱烈な告白など、されるわけがありませんの!」
「うん、その辺は私も何があったか知りたいね」
ええっ?
な、なんでディセルさんまで乗ってくるんですか!?
「強者に惹かれてるだけのルド兄様はともかく、邪神教団の時にあれだけ絆の差を見せつけたエルビオ殿が、ここまで強気に出た理由は知りたいね」
私が離れていた間に、何かあったんじゃないかい?とディセルさんは尋ねてくるけど、そんな心当たりは……。
強いて言えば、お姉ちゃんがグリウスさんにナンパされ、ロロッサさんもヴァイエルさん達に連れていかれた後、二人きりになった時に、何かあったのかもしれない。
でも、僕はドワーフの国の飲料水に入っていた、わずかなアルコールにやられて、短い間だけど寝ちゃったからなぁ……。
そうして、気づいた時には獣人族の襲撃が起こっていたし。
「なるほど、その時に何かあったのかもね……しかし、二人ともアムールの事をよろしくと言っておきましたよね?」
ディセルさんは、ジロリとお姉ちゃんとロロッサさんに、非難めいた目を向ける。
「だってぇ、ナンパなんてされるの四十年ぶりくらいだったんだものぉ……若い頃を思い出して、ちょっとドキドキしちゃったぁ」
「ウ、ウチは、問答無用過ぎて……休み無く冥界神様の聞くヴァイエル氏も、無言でウチのおっぱいを揉むルキス氏も、怖かったッス……」
ポッと頬を赤らめるお姉ちゃんに、シクシクとすすり泣くロロッサさん。
その二人の様子に、ディセルさんは小さくため息を吐き、シェロンちゃんは「四十年……?」と小首を傾げていた。
「……まぁ、向こうも意図的にアムールとエルビオ殿を二人きりにしようとしていた節があったから、仕方ないか」
そうだったの……?
とはいえ、そのお陰で獣人族の別動隊を迎撃できたんだから、怪我の功名ではあったのかもしれない。
「それにしても、アムールの寝込みを襲ったかもしれないとなると、いよいよ勇者殿も油断ならないな……」
「そ、その事なんですけど……」
難しい顔をするディセルさんに、僕はエルビオさんと二人になった時にとある告白をしようとした事を伝えた。
すなわち、僕の正体について、である。
「き、君がアムルズだと明かそうとしたのかっ!」
驚くディセルさん……いや、お姉ちゃんやロロッサさんも同様のリアクションを見せる前で、僕はコクリと頷いた。
「元はといえば、エルビオさん達が僕を追放したのは、僕の事を案じての事でした。だから、心配をかけたけど無事にやっていると教えたかったんです」
その結果、軽蔑されるかもしれなかったのも覚悟の上だ。
それよりも、今はエルビオさん達を結果的に騙している事に、申し訳なく思う気持ちの方が大きくなっている。
「……アムールさまを女性だと思っている、エルビオさまの誤解もとけて良い考えだと思いますの!」
自らの恋路に可能性を見いだしたシェロンちゃんが、僕に賛同してきた。
うん、確かにその件もあるしね。
勘違いさせてしまったエルビオさんには、キッチリと僕を諦めてもらって、ディセルさんを安心させたい。
「うーん、でもそれってどうなんスかねぇ……」
「え……?」
意外にも、僕の考えに難色を示したのは、ロロッサさんだった。
「あの、エルビオ氏のアムール氏に対する入れ込み具合が、ヤバいと思うんスよ」
「……と言うと?」
「冥界には、様々な恋に破れた方々も多くいるッス。そんな人達は、思いが強ければ強いほど、ヤバい事になってるパターンが多いんスよね」
ヤバい……パターン?
それって、悪霊化してるって事なんだろうか?
「まぁ、そういう事ッス。で、エルビオ氏ほどの方が失恋だけならともかく、男の子に愛を語ってキスまでしていた事実を知ってしまったら……」
「し、知ってしまったら……?」
「最悪、絶望のあまり暗黒の勇者に反転してしまう可能性もあるッス!」
あ、暗黒の勇者!?
なんなんですか、それは!?
「えっと……生前に、手酷い失恋をしたり、愛に破れた人達が、暗黒面に堕ちて暴走する事があるんス。冥界で、そういった人達をよく見たッス」
そ、そんなによくある話なんだ……。
でも、確かに物語りの中でも、愛に破れた人が狂戦士に成り果てたり、悪の道に走るなんて話もあったっけ。
「エルビオ氏は、真面目で一途な方っぽいッスからねぇ……それだけに、ショックで暗黒化する可能性は、高いような気がするんスよ」
そ、そんな……。
でも、ロロッサさんの言うこともちょっとわかる気がする。
ディセルさんと対峙し、「絶対に諦めない」と宣言してしまうくらい、情熱的な人だもんな……。
それが反転したらと思うと……こ、怖い!
だけど……僕の正体は絶対に明かせないとしても、エルビオさんにどうやって諦めてもらえばいいんだろう。
僕とディセルさんの関係を知っていても、まったく諦める気配のない彼をどうにかできるイメージが湧かない。
「やっぱり、あーちゃんが男の子だって伝えるのが、一番手っ取り早いわよねぇ。でも、勇者君達は魔王との戦いもあるし、暗黒面に堕ちても困るのよねぇ」
いつもはのんびりとした雰囲気のお姉ちゃんですら、さすがに真面目な顔で思案している。
「それに、うちのあーちゃんには、もうディセルちゃんっていうお嫁さんがいるんだし、なんと勇者君の気持ちをか丸く納める方法はないかしらぁ?」
そんな方法、あるのかなぁ……。
僕達が腕組みしながら「うーん……」と唸っていると、ピョコンと手を挙げてシェロンちゃんが立ち上がった!
「ワタクシに、良い考えがありますの!」
「良い考え?」
その言葉に、みんなの注目が彼女に集まる。
「要するに、エルビオさまには次の恋を用意してあげれば良いんですの!」
「次の恋……つまり、勇者君に新しい誰かを好きになってもらうっていう事?」
「左様!」
左様って……でも、次の恋って言うけれど、相手はいったいどうするのさ?
「それはもちろん、ワタクシに決まっていますの!」
さも当然と言わんばかりに、シェロンちゃんは薄い胸を大きく張ってみせた!
そういえば、彼女はエルビオさんに気がある素振りを見せてたっけ。
「ディセルお姉さま達の関係はうまく行き、ワタクシとエルビオさまのロマンスも成立する!誰も困らない、最適解だと思いますのよ?」
そう言われれば、そうかもしれない。
でも、シェロンちゃんがエルビオさんと上手くいくっていう、目はあるんだろうか?
一番の問題点を挙げると、彼女はニッコリと含みのある笑みを浮かべる。
「そこは当然、皆さんに協力していただきますの!」
そ、そうきたかぁ~!
自分の想いを成就させるために、柔軟に周囲の状況を利用するなんて、この娘は意外と策士なのかもしれない。
「ワタクシとエルビオさまが結ばれ、世界の平和が守るためにも、よろしくご協力をお願いしますの!」
ニコニコとお願いしてくるシェロンちゃんの姿に、「この娘は昔から要領がいいんだよな……」と、ディセルさんも苦笑いしていた。
◆
話が一段落ついた後、再びレポートの製作にあたっていた僕は、ようやくそれらを書き終えると、大きく伸びをしながらディセルさんに声をかけた。
「やっと、終わりました!」
「そうか。それじゃあ、ギルドまで一緒にいこうか」
僕が仕事を終えるのをま待っていてくれたディセルさんは、散歩待ちをしていたワンコのように、いそいそと外出の支度を始める。
「そうですね。提出がてら、次の準備もしなきゃいけませんし」
そんな僕の言葉に、ディセルさんは動きを止めて少しだけ眉を潜めた。
「次の……とは?」
「当然、獣人王国の奪還!ですよ!」
「っ!?」
事も無げに言う僕を、ディセルさんは大きく目を見開いて見つめていた。




