10 これが僕の偽らざる気持ち
ルドの率いる獣人族の一団を捕らえた僕達は、仲間達との合流を兼ねて、他に襲われていそうな場所を探す。
僕達が対処した獣人族の数は、だいたい七十人ほどだったけれど、シェロンちゃんの話では、襲って来ている獣人族の数は約二百。
それが全員、『完全獣人化』できるっていうんだから、恐ろしい話だ。
「ルドお兄さま以外にも、ヘイルお兄さまとドストルお兄さまも参戦しておりましたから、各々が一隊を率いていると考えるのが、妥当だと思いますの」
そう話すシェロンちゃんの言葉が確かなら、あと二ヶ所は同時に進行されているポイントがあるはずだ。
地下にあるドワーフの王都は、侵入できる場所は少ない。
それだけに、他の襲撃地点はそう遠くではないだろうと当りをつけて移動していた僕達の耳に、微かに戦闘をしているような音が届いてくる!
「……あっちだ!急ごう!」
獣人族の鋭い聴覚で、場所を確定したディセルさんの後に続き、僕達は戦場へと急いだ!
◆
戦闘の行われていた地点にたどり着いた僕達の目に飛び込んで来たのは、獣人族の王子達と戦いを繰り広げる、仲間達の姿だった。
「氷結地獄魔法!」
少し蒸し暑いくらいのドワーフの地下王都に、身を切るような冷気が吹きすさび、それに襲われた獣人族の兵士が一瞬で凍りつく!
お祖母ちゃ……お姉ちゃんの放った、冥界の冷気に匹敵するという氷魔法の一発で、部隊の三分の一が戦闘不能になった獣人兵達が目に見えて狼狽えていた。
「お姉ちゃん!ロロッサさん!」
「あ、アムール氏にディセル氏!」
「あらぁ、あーちゃん。そっちは、大丈夫だったみたいねぇ」
駆け付けつた僕達の姿を見て、戦闘中とは思えないのんびりとした口調で、ヒラヒラと手を振ってくるお姉ちゃんとロロッサさん。
そして、よそ見しながら放たれた電撃魔法が、またも獣人兵達を凪ぎ払っていた。
う、ううん……こうも雑に扱われると、敵ながらちょっと可哀想な気もするなぁ……。
しかし、二人が無事でよかったけど、なんでここに?
「実は、勇者氏のパーティの皆さんに拉致されてたウチに、ターミヤ氏から念話が届いたんス」
一応、ターミヤさんの召喚主であるロロッサさんには、ある程度の距離なら自由に彼からの念話を受信する事ができるそうだ。
ディセルさん達と別れた後、即座にロロッサさんへと連絡を入れたターミヤさんからの念話による指示を受け、襲って来た獣人族を探していたら、ここで戦闘になったらしい。
「とりあえず、生け捕りにしてほしいとの事だったから、こうして、ね♥」
ウインクしながら言うお姉ちゃんの後ろには、氷付けにされたり、感電して麻痺したりしている多くの獣人兵達が、死屍累々とした山となっている。
うーん、さすがマーシェリーお姉ちゃん。
世界最強の魔法使いの一人にあげられる実力は、伊達じゃない。
「とりあえず、指揮していた一人は倒したから、あっちのもう一人を捕まえれば、ひとまずは決着ねぇ」
そう言ったお姉ちゃんの視線の先では、ディセルさんの兄の一人であるヘイルを、グリウスさん達が追い詰めている所だった。
指揮官が二人いたってことは、どうやらルドの一隊が別動隊で、こっちが本隊だったみたいだな。
「よし!さっさと終わらせてしまおう!」
聖剣を構え、仲間達の元へと加勢に当たるエルビオさん!
間もなくして、敵の首魁を勤めるヘイルの悲鳴が響き、こうして獣人族による強襲は、最小限の被害で鎮圧する事ができたのであった。
◆
「あんたらのお陰で、本当に助かった!改めて礼を言わせてくれ!」
そう言って、ドワーフの戦士長が深々と頭を下げる。
確かに、たまたま僕達が居合わせたから良かったけど、獣人族の奇襲が成功し、対応するのが彼等しかいなかったら、もっと被害は甚大な物になっていただろう。
「これも、創造神様のお導きですね」
にっこりと笑うヴァイエルさんの言葉に、エルビオさん達も「そうかもしれないな」と頷く。
ほんと、エルビオさん達や僕達がここを訪れていたのは、すごい偶然だもんね。
なんにしても、ルド達を含めた捕らえた獣人兵は全員拘束したし、これでようやく一段落ついた。
後は、ドワーフ達となにか考えあるらしいターミヤさんに任せておけば、安心だろう。
「あ、あのっ!勇者さま!」
合流した仲間達と話していたエルビオさんに、シェロンちゃんが声をかける!
「さ、先程は助けていただき、ありがとうございました……ですの」
頬を染め、モジモジとしながらお礼を言う彼女の姿は、なんだか初々しくて微笑ましい。
「誰かを守るのが、勇者の使命だからね。君が無事でよかったよ」
爽やかなエルビオさんの微笑みに、シェロンちゃんの顔がさらに赤く染まっていく。
うーん、分かりやすいくらいに、恋をしていますなぁ。
「あ、あ、あのっ!よろしければ、ワタクシもお姉さま達のように、お名前で呼ばせていただいてよろしいでしょうか……?」
真っ赤な顔で、恐る恐るシェロンちゃんは尋ねる。
すると、エルビオさんはもちろんだともと、快諾してくれた。
その瞬間、シェロンの背後には大輪の華が咲き乱れる(ような気がした)!
「あ、ありがとうございますの!……エルビオ……さま♥」
完全に恋する乙女な表情で呟くシェロンちゃんの気持ちを知ってか知らずか、エルビオさんはにこやかに頷いていた。
「あー、ちょっといいかな?」
そんな僕達に、ドワーフの戦士長が声をかけてくる。
「実は我々の王からも、あんたらに感謝の言葉を伝えたいと連絡が届いたんだが、よかったら城の方までご足労願えんだろうか?」
ほほぅ、それは……。
滅多にない機会だし、ドワーフ達との友好関係も築けるかもしれない。
ここは、二つ返事で申し出を受けようとした、その時!
突然、ヴァイエルさんがカッと目を見開いて、その場に踞った!
「あっ♥あっ♥し、神託!神託来たっ♥」
身悶えしながら、恍惚の表情で神託を受けるヴァイエルさん!
なんだか、危ないポーションか何かやってらっしゃる?といった雰囲気だけど、これが普通なんだろうか……。
「は、はいっ♥ありがとうございます、創造神様ぁ♥」
蕩けきった顔で神託をキメていた彼女だったけど、神からの声が途切れたようで、ぐったりとしながらも顔をあげる。
「ハァ……ハァ……そ、創造神様からの神託……ですぅ……。私達は……エルフの国へ向かえ、と……あはぁ♥」
汗とよだれを拭いながら、虚ろな笑みを浮かべてヴァイエルさんは神の伝言わ伝えてきた。
し、神託って怖ぁ……。
「そうか……なら、行かなくちゃいけないな」
名残惜しそうに呟いて、エルビオさんはドワーフの戦士長に、王との謁見を辞退する旨を伝える。
それが世界を救う勇者の務めでもあるので、戦士長も引き止めるような事はしなかった。
すると、エルビオさんは僕達の方に歩いてきて、別れの言葉を口にする。
「また、しばらく君に会えなくなるから、寂しいよ」
そう言いながら、エルビオさんは握手を望むように右手を差し出してきた。
そんな風に言ってもらえると光栄だけど、なんだろう……妙な雰囲気を醸してるなぁ…。
なんにしても、挨拶の握手くらいはちゃんとしなきゃね!
「エルビオさんも、お気を付けて」
微笑みながら、僕は差し出されたその手をソッと握り返す。
すると、次の瞬間!
不意にグイッ!と体を引き寄せられてしまい、僕の体は彼の腕すっぽりと納まってしまった!
え、ええ?な、なんなのっ!?
訳がわからずオタオタしていると、エルビオさんの顔が近付いてきて……唇が重ねられた!
「!?!?!?」
ほんの一、二秒ほどのキス……だけど、急な彼の行動に、僕を含めた全員が愕然としたまま固まってしまう!
「な、な、な、な……」
「驚かせてごめん……だけど、これが僕の偽らざる気持ちなんだ」
僕を抱きかかえたまま、慈愛に満ちた瞳と輝くような笑顔で、エルビオさんは見つめてくる。
そのあまりにも勇者なスマイルを前に、一瞬だけ胸が高鳴り、つい言葉を失ってしまう。
しかし、そんな僕に変わって、勇者のパーティの仲間達が声をあげた!
「やった……やりやがった、あの野郎!」
「意識している女の子に対しては、ザコメンタルもいいところな、あのエルビオさんが……」
「童貞は時々、思いきった行動に出るなぁ……」
「……皆、ちょっと言い過ぎじゃない?」
散々な感想を口にする仲間達を、エルビオさんはジト目で睨む。
すると、一瞬の隙を突いて背後から伸びてきた手が、僕の体をエルビオさんの元から奪い取った!
「と、突然、なんて事をするんですか、貴方はっ!」
飛びかかるように迫り、僕を確保したディセルさんが、子供を守る母狼のごとくエルビオさんを威嚇する!
その迫力と本気っぷりに対して、エルビオさんは怯む事なく対峙していた。
「前にも言ったけど、僕はアムールを諦めない!勇者うんぬんではなく、ひとりの男として、僕は彼女を愛しているんだ!」
…………え?
えぇぇぇぇぇっ!?!?
な、何を言ってるんですか、エルビオさん!?
僕は男の子ですよ!?
ああ、いや……でも、アムールという女の子の振りをしている訳だから、彼の言い分もおかしくないというか……。
そんな唐突な告白を受けて、思考回路がショート寸前な僕を他所に、ディセルさんとエルビオさんが火花を散らす!
「こちらも前にも言いましたが、アムールは私の恋人です!勇者殿とはいえ、入る余地はありません!」
「君達の百合々々とした関係は、承知の上さ。その上で、彼女を僕に振り向かせると言っている!」
「ほほう……すでに、婚約者クラスと言っても過言ではない、私に勝てると?」
「……最後に選ぶのは彼女だ。僕はその時まで、最善を尽くすだけさ!」
はわわわ……二人とも、ガチだ……。
すでに、視線でぶつかり合う段階を越えて、二人の背後には猛々しい猛獣のイメージが炎を背負って睨み合っている!
まさに、一触即発!
だけど、そんな空気を弛緩させたのはエルビオさんの方だった。
「アムール、そろそろ僕達は行かなきゃならないけど、次に会う時は君の気持ちも聞かせてくれ、」
「は、ひゃい!」
つい裏返ってしまった僕の返事に、エルビオさんは眩しい笑みを見せる。
そうして、仲間達の方へ振り返り、なんやかんやと質問されたり激励されながら、立ち去っていった。
……嵐が過ぎ去り、呆然としていた僕だったけど、突然ゾクリとした悪寒が背中を走った!
刺すような視線を感じて、そちらへ顔を向ければ、なぜか鬼の形相のシェロンちゃんが、鋭い目付きで僕を睨み付けている!
「な、なんという事ですの……ディセルお姉さまだけでなく、エルビオさままで、たらしこむなんて……」
キリキリと音がしそうなレベルで目をつり上げるシェロンちゃんは、ブンブンと頭を振り、キッ!と決意の表情を固めると、僕を指差して宣言してきた!
「アムールさん!貴女は完全にワタクシの敵……いえ、恋敵に認定いたしますの!」
そう断言すると、メラメラと瞳に炎を燃やす!
……なんで、エルビオさんにキスされた挙げ句、シェロンちゃんにまでライバル視されなきゃならないんだろう。
泣きたくなるような気持ちを抱いたまま、僕は彼女の口上を右から左へと受け流す事しかできなかった……。




