09 素晴らしいですの!お姉さま!
ディセルさん、エルビオさん、そしてルドによる三人の剣士は、静かながら張り詰めた空気の中でにらみ合いをしていた。
でも、ディセルさんとエルビオさんは、いちおう味方同士なんだから、そんなにピリピリと火花を散らさなくてもいいと思うんだけど……。
「ディセル!生意気だが、妹のよしみだ!アムールを俺に差し出すなら、腕の一本で勘弁してやるぞ!」
「バカを言う……それよりも、自分の首が飛ばぬように、気を付けた方がいいですよ、兄上」
「ハッ!言うようになったじゃねぇか!」
完全獣人化したルドは、通常のままのディセルさんに猛烈な勢いで迫る!
「『完全獣人化』するか、アムールに助けてもらうかしねぇで、俺に勝てるつもりか!」
「もちろん!」
ルドの剣撃を軽々とかわしながら、余裕の表情を崩さないディセルさん。
その様子に、ルドはチラリとエルビオさんの方へと視線を向けて、彼の出方をうかがう。
「安心していいですよ、兄上。貴方の相手は、私一人で十分ですから!」
その言葉と同時に、激しい金属音と火花が散って、ルドの剣が弾かれた!
僕の目には映らなかったけれど、たぶん神速の抜刀術による反撃だろう。
「エルビオ殿、兄上は私をご指名のようなので、そちらはお任せします!」
「……仕方ないな(アムールに、いい所を見せたかったんだけど)」
よく聞こえなかったけど、ため息と共に呟いたエルビオさん。
それを聞き付けたのか、ディセルさんの耳がピクピクと反応した。
「あ、ターミヤ先生からの注文で、全員生け捕りにしてほしいとの事なので、よろしく!」
「ええっ!?」
ギョッとするエルビオさんと同じように、僕も驚いてしまった。
む、無茶な注文するなぁ、ターミヤさんも。
だけど、不安そうな僕の方を見たエルビオさんは、微笑みを浮かべて「任せてくれ」と剣を掲げると、ルドと同じように『完全獣人化』した数十人の兵士へ向けて、駆け出していった!
ううん、なんだかよくわからないけれど、気をつけて!
「はあぁぁ……ディセルお姉さまに勇者様は、大丈夫なんですの……」
先程、ディセルさんから預けられた、獣人族の少女……たしかシェロンちゃんが、ハラハラと落ち着かない様子で姉とエルビオさんの戦いを見守っている。
たぶん……僕の実年齢と、一緒くらいの歳だよね?
妹って事だったけど、狼の特長を持つディセルさんや兄のルド達と違って、この子は狐タイプなんだな……。
僕が隣でオロオロしている彼女の横顔を見ていると、不意にシェロンちゃんはこちらを睨むようにして捲し立ててきた!
「ちょっと!貴女が何者かは存じませんけど、なぜそんなに落ち着いていられますの!」
なぜって……。
「それは、ディセルさんが勝つって信じてるからだよ」
彼女の勝利を微塵も疑っていない僕の台詞に、シェロンちゃんはうぐっ……と言葉に詰まる。
「で、ですが、王国にいた頃のディセルお姉さまは、ルドお兄さまに勝った事がありませんの……」
「そうだね……でも、大丈夫!」
彼女が追放されてハンターになってから、僕はずっと一緒いて、間近で見ていたんだ。
今のディセルさんなら、ルドになんか絶対に負けない!
「むうぅぅ……なんですの、その自信は!言っておきますけど、ワタクシの方がずっとお姉さまの事を知っているんですのよ!」
それは、妹なんだしそうなんだろう。
あ、良かったらディセルさんの子供の頃の話とか、聞かせてもらえたら嬉しいな。
「の、のんきな事をおっしゃいますの……そもそも、お姉さまやお兄さま、あげく勇者さまからも気にかけられている、貴女は何者なんですの!?」
改めて聞かれると、確かに僕は変な立ち位置にいるなぁ……。
でも、強いて言うなら……。
「ボクは、ディセルさんと同じチームのメンバーで……恋人……かな」
ちょっと気恥ずかしかったけど、もしかしたら将来的に義妹になるかもしれないシェロンちゃんに、そう告げる。
「ふうん……お姉さまがハンターになったとは聞いておりましたけど、チームメンバーの方なのですのね」
パートナーの意味を額面通りに受け取った彼女は、僕を値踏みするように見ながら、「まぁ、いいですわ」とため息混じりに呟いた。
「お兄さまも執着する以上、貴女に実力がある事は認めますの。ですが、お姉さまの一番の理解者は、ワタクシであるという事は覚えていてほしいですの!」
僕に宣戦布告するような勢いで、彼女はビッ!と指を突きつける!
この子は、本当にお姉ちゃんが大好きなんだなぁ。
「……あ。そろそろ決着がつきそうだよ」
「え?」
僕達が話している間に、ディセルさんとルドの戦いは、終盤を迎えていた。
◆
剣閃が走り、血飛沫が舞う!
「ぐあぁっ!」
苦痛の声と共に、ルドは片ひざをついた!
すでに、何度斬られたのはわからない。
驚異的な回復力を持つ、『完全獣人化《今の状態》』でなければ、とっくに絶命していただろう。
「兄上、そろそろ敗けを認めてはどうです?」
ほとんど最初の位置から動いていないディセルさんが、踞るルドに降伏を勧める。
だけど、プライドが許さないのか、ルドの目からは戦意が消えていなかった。
「……奇妙な剣技を身に付けたくらいで、調子に乗るなあぁぁ!」
血を吐くような咆哮と共に、ルドはディセルさんに飛びかかる!
「……ふぅ」
だけど、その刃が彼女に届く前に、小さなため息と共に繰り出された一瞬の閃光が刀身を両断し、ルドの体を斬り裂いた!
「ぐっ……がはっ!」
さすがのルドもその一撃に大きなダメージを負ったようで、獣化が解けながら白目を剥いて大地に崩れ落ちる!
普通なら致命傷だろうけど、『完全獣人化』していた事もあって、まだ生きているようだ。
「お、お姉さま……なんて強さですの……」
追放される前とは比べ物にならないほど強くなったディセルさんに、シェロンちゃんも目を白黒させていた。
「すごすぎですの!『完全獣人化』した戦士に、通常状態のまま……しかも、圧倒的に勝利するなんて、獣人国始まって以来の快挙かもしれませんの!」
興奮しながらディセルさんを讃えるシェロンちゃんの姿に、何となく僕も誇らしくなってくる。
「素晴らしいですの!お姉さまぁ!」
感極まったのか、突然シェロンちゃんが盛大に尻尾を振りながら、ディセルさん目掛けて駆け出して行く!
って、まだエルビオさんの方は戦闘が続いているだから、何かあったら大変だ!
僕もそれを追って駆け出そうとした、その時だった!
突如、横合いから完全獣人化したルドの部下が飛び出してくる!
深いダメージを負わされているためか、その目は正気を失っていて、狂暴な衝動のままに獲物を求めているようだった。
そんな手負いよ獣が、シェロンちゃんを視界に入れてしまう!
「ごあぁぁぉっ!」
「きゃあっ!」
涎を撒き散らしながら、シェロンちゃんに襲いかかる獣人兵!
くっ!間に合うかっ!?
彼女を守るため、いちおう発動待機させていた防御魔法を展開させる!
だがっ!
硬い金属がぶつかるような音が響き、獣人兵の爪がシェロンちゃんを襲う寸前で止められていた!
僕の防御魔法による効果ではなく、二人の間に飛び込んだ人物が剣で受け止める!
「ふぅ……すまない、ちょっと打ち漏らしてしまった」
獣人兵を止めたのは、聖剣を構えたエルビオさん!
シェロンちゃんを庇いながら申し訳なさそうに声をかけ、獣人兵を押し返した!
すまないなんて言ってるけど、すでに数十人にものぼる獣人兵達を倒しているこの人もさすがとしか言いようがない。
「ぜあっ!」
気合いと共に、手負いの獣人兵をねじ伏せたエルビオさんは、腰を抜かしてへたりこんでいたシェロンちゃんに、ソッと手を差し出す。
「怖い思いをさせてしまったね。大丈夫かい?」
「は……はい、ですの……」
頬を赤く染め、キラキラと潤んだ瞳で勇者を見上げるシェロンちゃんは、どこか上の空で返事を返す。
あれ……これってもしかして……。
「シェロン、大丈夫かい!」
「は、はい!お姉さま!」
心配して駆けつけたディセルさんの声に、ハッとしたように答えたシェロンちゃんは、エルビオさんに手を引いてもらいながら立ち上がる。
だけど、その時のうっとりとした表情から、僕だけでなく、ディセルさんも悟ったようだ。
ああ、これは恋する乙女の顔だと!
危ない所を助けられて恋に落ちる……ちょっとチョロい気もするけど、王道ではあるよね。
そんな事を考えていると、なぜかディセルさんが「これはいい……」と、ほくそ笑んでいた。
んん……?
もしかして、シェロンちゃんとエルビオさんがくっついたら、姉として安心……みたいな事なのかな?
「……っと、今はそれどころじゃないか。
」
二人を微笑ましく(?)見つめていたディセルさんだったけど、軽く頭を振ると様子を見にきたドワーフ達声をかけ、倒れている獣人族の人達を縛り上げておくように頼んでいた。
「これでよし……とりあえず、シェロンの話では、まだまだ侵入している獣人兵はいるはずだから、まずは皆と合流しよう!」
戦士の顔に戻った彼女の提案に、僕達も賛同して頷いた。




