06 好きだよ……
うう……結局、エルビオさんと二人きりになった僕は、彼のすすめどおり適当に店に入ろうとした。
ちょっと、落ち着いて僕と話がしたいそうだ。
しかし、ドワーフの国の飲食店はほぼ飲み屋と同意で、どこに行っても騒がしさとセットになっている。
さらに、聖剣の勇者である彼をドワーフ達は放っておかず、ワラワラと囲んでは聖剣について質問を浴びせてきた。
さすがに、エルビオさんも「ダメだ、こりゃ」って雰囲気を醸しているので、仕方なく僕達は軽い食べ物とジュースのような物を購入してから、人気の無い場所へと移動して腰を下ろした。
「さ、さすがにエルビオさんはドワーフにも人気ですね」
「いや、彼等は聖剣の方に興味津々なだけだよ」
疲れたように笑うエルビオさんの表情から、何度もそれで絡まれたんだろうなぁ……というのが察せられる。
それにしても……改めて僕と話がしたいっていうのは、どういう事なんだろう。
もしかして、腹を割って正体を明らかにしなさいって事なのかな……。
でも、僕が本当は追放したはずのアムルズだって知れたら、とんでもない事に……って、具体的にどうなるんだろう?
よくよく考えてみれば、追放されたのもエルビオさん達が僕の身を案じての事だったし、『役立たず』のレッテルが張られた事だって、今後同じような戦いに巻き込まれないための配慮とも取れる。
実際、女装しようとしていた事は広まっていないもん。
それに、家族への迷惑はお祖母ちゃんがチームに参加した事で心配ないし……。
だとすれば、向こうから追求される前に、実は僕がアムルズだと告白して、こんな格好をしている理由を説明すれば、あまり大事にはならないかも?
もちろん、僕をパーティに迎えたがっていたエルビオさん達からの印象はさらに悪くなるだろうし、軽蔑されるかもしれない。
でも、それは僕の撒いた種なんだから、正面から受け止めなくちゃ!
なにより、後からバレて揉める事になれば、僕以上にディセルさんやロロッサさん達に迷惑をかけるかもしれない。
それは嫌だな!
よし!この際だから、ハッキリと言ってしまおう!
決意を固めた僕は、景気付けとばかりに手にしたジュースをグイッとあおる!
冷たい液体が、喉を潤す感覚が心地いい。
スッキリとした爽快感で勢いをつけて、僕はエルビオさんに向かって声をかけた!
「あのっ、エルビ……オさ……ん?」
な、なんだ?
なんだか、頭がふわふわして、ろりぇつが……まわらにゃい……。
◆◆◆
偶然と仲間達の機転により、勇者エルビオは想い人であるアムールと二人きりとなる事ができた。
とにかく何かしら話をしようと、隣に座るアムールを意識しつつ、エルビオは買ってきた飲料水を口に含む。
(あれ……これって、少しアルコールが入ってる?)
買ったのは、ただのジュースのような物のはずだ。
そんな物にさえ、仄かにアルコールの匂いを感じさせるのは、さすがドワーフの国の飲み物といったところだろう。
(香りつけ程度の酒っぽいから、酔うような事は無いだろうけど……)
そんな事を思っていると、アムールがそれをグイッ!と一気に飲み干してしまった。
そして、「あのっ、エルビオさん……」と 彼の名前を呼びながら、突然に体を預けてくる。
「っ!?」
その急な展開に、エルビオの心臓はドクンと高鳴った!
(な、な、な、な、なんだっ!いったい、どうしたんだ!?)
思いもよらないアムールの行動に、エルビオは真っ赤になりながら口をパクパクとさせる。
だが、もしや体調を崩したのでは?という思考に至り、彼女にそっと声をかけた。
「ア、アムール?」
「……」
名前を呼ばれ、上目遣いにエルビオを見上げるアムールの顔を見た瞬間、彼は言葉を失った!
濡れたように艶のある桜色の唇、ほんのりと朱に染まった頬。
そして、眼鏡の奥で潤んだ瞳がエルビオの姿を映している。
儚げながら、どこか妖艶な少女の表情は、聖剣の勇者と称えられる青年から自由を奪うほど美しい物であった。
ゴクリと、エルビオは息を飲む。
何も言わずに見つめてくる彼女に対し、何を求めているのか必死に頭脳を回転させて答えを導き出そうとしていた。
そんなエルビオに、救いの手を差し伸べるかのように……アムールはスッと目を閉じる。
実を言えば単に眠気に襲われただけだが、エルビオが導き出した答えは違う物だった。
(こ、これは……いわゆる『キス待ち』というやつではないだろうかっ!)
異性との経験の少ない彼ではあるが、勇者に選ばれてからは何度か女性から言い寄られた事もあった。
その当時は、勘弁してほしい気持ちでいっぱいだったが、愛しく想う人から向けられるそれは、なんと魅力的な事か……。
バクバクと高鳴る心臓の音を感じながら、エルビオはアムールの体を支えるために、肩に手回して引き寄せた。
そんな彼の行動に、彼女は抵抗する事もなくスルリと腕の中に収まる。
(ああ……)
間近にある彼女の顔、ほんのりと香る彼女の匂い、柔らかな彼女の体……そのすべてがエルビオを魅了する。
これ以上は、我慢できない。
意を決し、自分も瞳を閉じながらエルビオはアムールへと顔を近付けていく。
そして……二人の唇が、小さな水音と共に重ねられた。
(──あれ?)
まどろむ意識の中、アムールはわずかな違和感を覚える。
何か……いや、誰かが自分の唇に触れているのだ。
柔らかい物が当てられている感触……しかし、経験のあるその柔らかさは、すぐに答えへとたどり着くことができた。
(僕に……キス……誰が……?)
一瞬、疑問がうかんだものの、自分にキスをしてくる相手なんて、愛しのディセルに決まっている。
いつもよりなんだか遠慮がちな感触ではあるが、それが却って初々しく、アムールはなぜか奥手な恋人の姿を想像して微笑みを浮かべた。
(ん……ディセルさん……)
こちらからも応えたいが、不思議と体に力が入らない。
なので、アムールは向こうから攻めを全て受け入れる事にして脱力した。
──時間にすれば、十秒程度だったろう。
しかし、唇を離し息継ぎをしたエルビオにとっては、半日以上はそうしていたかのような感覚があった。
「……はふぅ」
呼吸と共に小さく声を吐き出すと、呆けたような表情のまま、エルビオは自らの唇に震える指先を充てる。
(キス……してしまった……)
その意味が脳の隅々まで行き渡ると、一気に体が熱くなってきた!
それと同時に、全身が幸福感に満たされる。
好きな相手とのキスは、こんなにも素敵な物なのかと、まるで聖剣を初めて手にした時のような、感動と興奮を覚えていた。
しかし、そこでふと冷静になる。
勢いまかせでしてしまったが、もしや自分だけが勝手に盛り上がっていただけだったらどうしよう……。
そんな疑念が頭に浮かび、そっとアムールの顔を覗き込む。
すると、彼女はまるで愛しい人との口づけを喜ぶように、幸せそうな笑みを浮かべていた。
その笑顔を見た瞬間、再びエルビオの体に熱いものが沸き上がってくる。
(ああ……アムール!)
腕の中の、少女をグッと抱き締める。
さすがはハンターというべきか、一見すれば華奢に見える彼女の体は、柔らかさの中にまるで男の子のような芯の硬さを感じた。
非力な美少女に見えるというのに、厳しく自分を鍛えているだなと思うと、ますますアムールへの想いが膨らんでいく。
そんな少女をさらに抱き寄せて、エルビオはその耳元で想いの丈を告げる決意を固めた!
「アムール……」
緊張のあまり、囁くようなか細い声しかでない。
これが自分の声かと思うと、なんとも情けなく感じるが、それでもエルビオはかすれた小声で言葉を続けた。
「僕は……君が、す……」
『好きだ』と、告げようとしたその時。
エルビオの耳に、すぅすぅと寝息のような音が届いた。
「!?」
思わず、抱き締めていたアムールをそっと離して確認すると、アムールはなんとも幸せそうな顔ですやすやと眠っていた。
「え……あ、もしかして、飲み物の中のアルコールか……?」
ほんのりと香る程度だったとはいえ、どうやらこの少女には少し効きすぎたらしい。
ふにゃりとした無防備な寝顔を見せるアムールを見ている内に、エルビオは大きな脱力感と、ほんの少しの安堵感を覚えて、深く深く息を吐き出した。
「告白は……お預けかぁ」
眠るアムールが倒れないよう、その体を支えながらエルビオは苦笑いを浮かべる。
しかし、その表情に焦りのような影は見受けられなかった。
以前は、ディセルのアムールへ対する熱烈なキスを見せつけられ、敗北感に打ちのめされた物だが、今日で(ぎこちないながらも)同じラインに立てたはずだ。
「好きだよ……アムール」
腕の中で眠る少女に、エルビオは小さく告げる。
当然ながら返事はないが、今はこれでいい。
どこかスッキリとした気持ちを覚えたエルビオは、アムールの体を抱きかかえながら立ち上がる。
「さて、僕のお姫様は眠ってしまったし、ひとまず皆と合流するか」
ひとり呟いて、エルビオはアムールの重さに幸せを感じながら、歩き出した。




