04 君は……いったい何者だ?
「……久しいな、ディセル」
「あ、貴方は……!?」
森の中から現れた、武装した人物。その姿に、僕も驚きを隠せないでいた。
なぜなら、その男……彼も獣人族だったからだ!
しかも、その口調からするに、二人は顔見知りらしい。
「まさか、こんな辺境に流れて来ているとはな……手間をかけさせるな」
「探してほしい……などと、言った覚えはありませんよ、ルド兄様」
兄様!?
目の前の彼は、ディセルさんのお兄さんなのかっ!?
でも、それにしては二人の間に不穏な空気が流れてるというか……仲が悪いのかな?
「それで……今さら私になんの用です?」
「大した事じゃない。城に戻れ」
「城に……!?」
つい声が漏れた僕に、ルドと呼ばれた男はいま気づいたようで、眉をひそめた。
「なんだ、この小娘……いや、男?」
ディセルさんにどことなく似た雰囲気で小首を傾げる辺りに、二人の血の繋がりを感じる。
しかし、すぐに僕への興味を失ったのか、ルドはディセルさんの方へ再び向き直った。
「私を邪魔だと追放しておいて、今度は帰ってこいとはどういう風の吹き回しですか?」
「どうもこうもない。必要だから帰れと言っている」
冷たく言い放つ兄に対して、ディセルさんはギリッと歯軋りをする。
「邪魔だからと捨てたり、必要だから帰れと言ったり……私は兄様達の道具ではない!」
吼えるディセルさんに、ルドはひとつ舌打ちをすると面倒そうに彼女を睨み付けた!
「王族の女など、道具も同然だろうが。お前をくれてやれば、魔族の将軍とコネが出来るのだから、むしろ国の役に立つ事を喜べ」
「私は、魔族や邪神等に組みしないと言ったはずだ!」
「そういう、生意気な女をわからせるのが趣味な奴がいるそうだ。お前と気が合いそうじゃないか」
そ、そんな奴に妹を売ろうというのか!?
いや、それよりも……。
「ディセルさん……貴方は、王族の人だったんですか!?」
「元、だよ。私は邪神軍に付くことを良しとせずに、追放された身だからね」
そんな事情があったのか……どおりで、素性を隠すわけだ。
「とにかく!私は戻る気などありません!」
「チッ!手間をかけさせやがって……なら、半殺しにしてから無理矢理に連れて帰るぞ」
ブワッ!とルドから殺気が溢れだす!
それを受けたディセルさんの手元が、カタカタと震えだした。
「くっ……」
「俺との実力差は、わかっているよな?お前みたいな未熟者が、太刀打ちできる相手ではないと、な」
「うう……」
完全に呑まれたディセルさんの手が、ますます震えていく。
あれだけすごい剣士な彼女が、こんなに怯えるなんて……それほど、このルドという兄とは差があるのか。
だけど……。
「大丈夫ですよ、ディセルさん。ボクがサポートしますから」
怯える彼女を勇気付けるように、僕はディセルさんの震える手を握った。
「ア、アムール?」
「なんなんだ、お前は?邪魔をする気なら、お前から殺すぞ」
割って入った僕に、ルドは脅しをかけてくる。
だけど、幼少の時に一度だけ見たお祖母ちゃんの本気に比べれば、このくらいのプレッシャーはまだ耐えられるってものだ。
「ボクは、ディセルさんのパートナーです!嫌がる彼女を、力づくで連れて行かせたりはしません!」
「アムール……」
ディセルさんを庇う姿勢を見せた僕を完全に敵と見なしたのか、「なら死ね」と一言告げると、ルドはスラリと剣を抜いた。
それと同時に、地を蹴って突進してくる!
「アムール!」
僕の名を呼ぶディセルさんの声と、激しくぶつかり合う金属音が重なった!
「え?」
「なっ!」
次いで、ディセルさんとルドの驚いたような声が漏れる!
僕にルドの刃が振りおろされる前に、ディセルさんが剣で受け止めた形だったが……二人とも、止められるとは思っていなかったようだ。
思わぬ出来事に、ルドは後方に跳んで、間合いを取った。
「ディセル……お前……」
「こ、これは……力が溢れてくるような、この感覚はいったい……」
「さっき、ディセルさんの手を握った時に、身体強化の魔法をかけておきました」
「身体強化の魔法!? これが?」
普通なら、身体強化は能力の五割増しくらいが限界だけど、僕は三倍までなら対象に負担をかけずに強化する事ができる。
急なパワーアップに、ディセルさんが驚くのも無理はないか。
「驚くのは後で。とにかく、あいつをお願いします!」
「あ、ああ!」
気を取り直したディセルさんは、ルドに向かって剣を構える。
そして、残像が残るほどの速さで踏み込むと、勢いを活かして打ち込んでいった!
「ぐぅっ!」
辛うじて、その初撃をルドは受け止める!
しかし、嵐のように激しく剣を振るうディセルさんの猛攻に、たちまち追い込まれていった!
「ば、馬鹿な!この俺が、ディセルごときにっ!」
「うおぉぉぉっ!」
速度を増すディセルさんの剣が、徐々にルドの防御を切り崩していく!
そして、ついに彼女の一撃がルドの胴を斬り裂いた!
「ぐはっ!」
「ハァ、ハァ……と、止めを……」
血を吐いたルドに、ディセルさんが斬りかかろうとした、その時!
突如、彼女の体が宙を舞い、僕の足元まで飛ばされてきた!
「ディセルさん!」
「くっ……ま、まさか……」
見れば、彼女の鎧に打撃の跡のようなへこみがある。
カウンター気味の反撃を受けて、吹き飛ばされたのか。
そんな僕達の視線の先で、ルドがゆっくりと立ち上がった。
「クソが……お前みたいなザコに、殺られる訳がねぇだろうがっ!」
そう叫んだルドの肉体が、僕達の前で急激に変化を始めた!
口が裂け、牙が伸びて顔が獣の物に変わっていく!
肉体は膨張し、全身が針金のような体毛に覆われていく!
獣の特徴がある人間に近い姿から、二足歩行の完全なる獣へと変化したルドは、ギラギラした瞳で僕達を睨み付けた!
「馬鹿な……完全獣化は、月の力が強い夜にしかできないはずなのにっ!」
『ククク、魔族からもらった魔道具の力で、俺はいつでも完全獣化できるようになったのだ』
肉体が変化したせいか、少しくもぐった声で、ルドは笑いながら軽く手足を振って感覚を確かめているようだ。
そんな兄の姿を見ながら、ディセルさんはゴクリと息を飲んだ。
「アムール……君だけでも逃げなさい」
「えっ?」
「完全獣化した者は、通常の五倍は強くなる……君の魔法が効いてる間に、私がなんとか兄を止めるから、君だけでも逃げるんだ!」
『逃がす訳ないだろ』
「っ!?」
ほんの一瞬で、僕達の懐に入ってきたルドの剣が、ディセルさんに向かって突き出された!
避ける事も受ける事もできず、ディセルさんは思わず目を閉じる!
だけど……ルドの剣先が、ディセルさんに届く事はなかった。
『な……なんだ、これはっ!』
ルドの剣先は、ディセルさんの喉を貫く前に、わずか数センチ手前で止まっていた。
力を込めて剣を進めようとするが、見えない壁でもあるかのように、それ以上はビクともしない。
「魔力障壁ですよ。あなた程度の力では、ボクの盾は破れませんよ」
声をかけた僕の方を、二人はギョッとした表情で見つめる。
『ぐっ……ぬあぁっ!』
ルドが僕に標的を変え、果敢に切りかかって来るけれど、当然のようにそれらは魔力障壁によって弾かれてしまっていた。
『馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!』
狂ったように斬りつけてくるルドに、僕は杖の先を向けた。
「確か……前にお祖母ちゃんから聞いた話では、完全なる獣人族には、あらゆる魔法が通じにくいんだっけ。だから、こんなのはどうですか?」
構えた杖の先に光の法陣が構築され、僕はそれを発動させた!
「無属性魔砲!」
発動の言葉と同時に、膨大な魔力の閃光が奔流となってルドを呑み込む!
『ゴアァァァァッ……………』
悲鳴を巻き込みながら、轟音と共にそのまま天を貫く矢となった光は、完全なる獣人の姿を跡形もなく吹き飛ばした!
「ふぅ……」
やがて光がおさまり、一息ついた僕を、呆然とした表情でディセルさんが見つめる。
「な……なんだい、いまの魔法は……」
「あ、魔法っていうほどの物じゃないです。たんに、魔力の塊をぶっぱなしただけですから」
魔法が効かない相手に対して、現象へと変換してない魔力その物をぶつける、僕のオリジナルの術だ。
まぁ、魔力の消費量が馬鹿にならないから、連発とかはできないけどね。
「兄様は……」
「飛ばされた影が見えましたから、たぶん生きてるでしょうね」
「そうか……」
どこかぼーっとしながら、ディセルさんは俯く。
ううん、敵対しているとはいえ、肉親だからなぁ。
その辺は、彼女も複雑なんだろう。
「もうひとつ聞きたいんだが……」
「はい?」
「君は……いったい何者だ?」
「……ただのC級ハンターです」
「うそつけぇ!」
急に大声をあげたディセルさんが、僕にガッシリとしがみついてきた!
「ただのC級に、あんな真似ができるものかっ!いったい、君はなんなんだっ!」
「わ、わかりました!話します、話しますから!」
あと、そんなにしがみついかれたら、色々と当たってしまいますからっ!
興奮する彼女をなんとかなだめて、僕は隠していた素性を語った……。
「──それじゃあ、君が噂の『聖剣の勇者一行から追い出された、役立たずの魔法使い』なのかっ!」
や、役立たずの魔法使いって……やっぱり、世間ではそんな風に広まっているのか……でも、変態でなくて、ちょっとホッとしてしまった。
「しかし、今の力を見ても役立たずには見えないんだが……?」
「ええっと……勇者様の所にいた時は、普通の格好をしていたんですけど、前にも言った通り、僕は女装をしてないと、魔法が上手く使えないので……」
「なるほどね……まぁ、その辺は色々あるんだろう」
気を使ってくれたのか、深く考えるのをやめたのか、ディセルさんはそれ以上は踏み込んで来なかった。
「それで、ええっと……アムール……のままで、呼んでいいのかな?」
「はい、そっちの名前でお願いします」
「そうか。ならばアムール、私が正式にハンターの資格をとれたら、一緒にパーティを組まないか?」
「え?」
「私にはまだまだ追っ手がかかるかもしれないから、強い相棒がいれば心強い。それに、君にしても事情を知ってる女性の仲間がいた方が、なにかと助かるだろう?」
た、確かに……正直な話、ソロでハンターをやるにも限界を感じはじめていたし、他からの勧誘を断るのにも少し疲れていた。
パーティを組めば、その煩わしさから、解放されるかも……。
それに、ディセルさんほどの剣士を得られる機会なんて、今後はそうそう無いだろうし……ヨシっ!決めた!
「わかりました。その時は、よろしくお願いします!」
「うん。私からもよろしくお願いするよ」
僕とディセルさんは堅い握手を交わす。
こうして、追放された者同士が組む、僕達のパーティは結成された。
それが、様々な困難の旅の始まりになるとは、この時の僕達はまったく予想をしていなかった……。