10 もう一仕事あるわよぉ
「凄いですよ、ディセルさん!あんな巨大なドラゴンゾンビを、剣一本で倒すなんて!」
「そういう君こそ凄いよ、アムール!魔王四天王を正面から打ち倒すなんて、快挙としか言いようがない!」
抱き合い、お互いに誉めあいながら、僕達は意味もなくクルクルと回る。
「はいはぁい、浮かれるのはそのくらいにしてちょうだい」
『しょうがなねぇなぁ、お前らは……』
ハイテンションな僕達の姿に、少し呆れたようなお祖母ちゃんとターミヤさんから声をかけられ、ハッと我に帰った。
「こ、これはすいませんターミヤ先生」
「ちょっと、テンションが上がっちゃって……」
照れ笑いしながらも、何となく繋いだ手を離せないでいる僕達に、お祖母ちゃん達は「やれやれ……」と肩をすくめて苦笑する。
『ま、なんにしても見事だったぜ、ディセル。約束通り、これで免許皆伝だな』
「ターミヤ先生……」
「あーちゃんも、素晴らしい魔力コントロールだったわぁ。これなら、自分の魔力に潰される事は無さそうねぇ」
「お祖母ちゃん……」
「『お姉ちゃん』、でしょ!」
僕の呟きを訂正しながら、笑顔のままで圧をかけてくるお祖母ちゃん。
そ、その設定、まだ通すんだ……。
『なんにしても、頭であるガマスターがやられたんで、アンデッドの群れも消滅したみてぇだし、これで一件落着かな?』
後方でハンターの皆が勝鬨の声をあげるのを聞いて、ターミヤさんがそんな事を呟いた、その時だった!
──これで勝ったと思ったのか?
まるで、空中から囁きかけるようなガマスターの声が、周辺に響く!
「なっ!?」
驚きつつも周囲を見回すと、先程ガマスターの体を打ち砕いた辺りに、黒いオーラが集まってきているのが見えた!
やがてそれはひとつの塊になると、人の形となって僕達の前に姿を現す!
「ククク……あれしきの事で、ワシを倒せたとでも思ったか!死霊王、ここに復活であるっ!」
な、なんだってー!
驚愕する僕達の目の前で、暗黒のオーラを纏った死霊王が、まさかの復活を果たす!
で、でもいったいどういう原理なんだ!?
吸血鬼なんかは、特定条件が揃えば復活することもあると知ってはいたけど、一度消滅したアンデッドが塵から復活するなんて、聞いたこともない!
ちらりとロロッサさんに視線を送るも、「ウチにもちょっとわからない」とばかりに、首を振るばかりだった。
「フッ……驚きで言葉もないようだな……。ならば、冥土の土産に教えてやろう。我が死霊魔術の、深淵をな!」
むっ!?
どうやら、奴は「絶対有利な状況なので、上から目線での自慢話」に入ったようだ。
ここは敢えて気持ちよく語らせて、奴の能力を探ることにしよう。
「ワシが作り出した独自の死霊魔術のひとつに、瀕死のダメージを負った際に配下のアンデッドを身代わりとして、復活を果たすという効果の魔法があるのだ」
……それってもしかして、奴は自分の配下のアンデッドの数だけ、復活が可能ってこと?
だとすれば、攻めて来ていたアンデッドの軍勢が消滅したのは、まさか!
「気づいたようだな……ワシの連れてきたアンデッド達は、消滅したのではない!ワシの命のストックとして、取り込んだのだ!」
つ、つまり、今のガマスターは数百回以上の致命傷を負わせないと倒せないって事じゃないかっ!
そんな滅茶苦茶な話って……。
「フハハハハ!これこそ、我が死霊魔術の素晴らしさよ!そして、『冥界神の加護』を持つ其所の女を調べ尽くせば、ワシは更なる進化を遂げられるはずだ!」
ギラリとガマスターに睨み付けられ、ロロッサさんは小さな悲鳴を漏らす。
そんな彼女を庇うように、僕とディセルさんは立ちふさがったけれど……実際、こんな奴を相手にどうすればいいんだ!?
そんな風に戸惑う僕達に、横合いから頼もしい声がかけられた!
『なぁに、数百回殺せば死ぬんだから、それだけぶった斬ればいいだけの話よ』
「そうよぉ。試験も終わったしぃ、私達も手伝ってあげるわぁ」
ガマスターの説明を聞いても、まったく動揺していない、ターミヤさんとお祖母ちゃんが、挨拶代わりとばかりにいきなり斬撃と魔法を叩き込む!
「ぶぉあっ!」
それであっさりと残機をひとつ失ったガマスターは、再生しながら二人の師匠達を睨み付けた!
「ふん……なるほど、威勢がいいのは口ばかりという訳ではないようだな」
バッ!と漆黒の法衣をはためかせて、ガマスターは四天王にふさわしい、堂々とした態度で僕達に対峙する!
「せいぜい、あがいてみせるいい!貴様らの死ごっ……!」
その時、突然!
言葉の途中だったガマスターの顔面に、猛スピードで飛来した黒い影の飛び蹴りが突き刺さった!
何が起こったのか理解する間もなく、その蹴りの衝撃で地面をえぐりながら、吹き飛ばされるガマスター!
そして、その一撃を放った人影は、着地すると同時に怒りのこもって咆哮をあげる!
『お前かぁぁ!アタシ達の仕事を増やす、クサレ死霊魔術師はぁぁぁ!』
長身を闇を凝縮したような衣で覆い、白いのっぺらぼうの仮面にもかかわらず、怒りの相を顕にした冥界神の眷族!
『天使』や『悪魔』に並ぶ、『獄卒』のカマーさんが、地面に半分削り取られて、また残機を失ったガマスターに向かって激しく怒鳴り付けた!
「カ、カマー氏!なんでここに……?」
『はぁい、ロロちゃん。みんなも無事みたいで良かったわぁ』
ガマスターに対する態度とはうって変わって、カマーさんはフレンドリーに答えてくれた。
『みんなの危惧した通り、街の方にもアンデッドが侵入してきたのよね。まぁ、犠牲が出る前にアタシが全部捕らえて、冥界に送ってあげた訳だけど』
侵入してきたのは、主にゴースト系のアンデッドだったらしいけど、そういう相手の方がカマーさん的にはやり易かったらしい。
『それでね、あらかた一掃した所で、なんだか術で縛られたような魂が集中してくような、妙な気配を感じから飛んできたわけ!』
なるほど、そうして諸悪の根元であるガマスターを発見して、蹴りをぶちこんだのか。
確かに、死霊魔術師を捕まえたら、一発入れさせろとは言ってたもんな……。
カラカラと笑うカマーさんに僕達が苦笑いを浮かべていると、呻き声をあげながら地の底から這い出るように、ガマスターが立ち上がってくる!
「き、貴様は……いったい……」
『お前らみたいな死霊魔術師のせいで、迷惑被ってる冥界の者よ!』
「なにっ!」
さすがの死霊王も、冥界の『獄卒』を前にして驚きを隠せないようだった。
しかし、次の瞬間には狂気じみた笑い声をあげ始める!
「これはいい!『獄卒』のサンプルまで手に入れば、ワシは神の領域まで踏み込めるかもしれん!」
ギラリと欲望に満ちた視線をカマーさんに向け、ガマスターは不意打ち気味に暗黒魔法を放つ!
だけど、その一撃はカマーさんが軽く横薙ぎに振るった大鎌によって、あっさりと散らされてしまった!
「なっ!?」
『この程度の魔法で、アタシをどうにかできると思ったのかしら?』
むしろ、侮られ過ぎてムカつくわ!と、カマーさんは拳を握りしめる。
『とにかく、言いたいことは山ほどあるけど……今は気の済むまで、殴らせてもらうわね♥』
ちょっと小首を傾げて可愛らしく宣言したカマーさんは、それから小一時間ほどガマスターに対して、暴の嵐を吹き荒らしていった……。
◆
『──それじゃあ、こいつはアタシが直接、冥界まで引っ立てるわ。冥界神もブチ切れてたし、キッツいお灸を据えとくからね♥』
冥界の鎖でグルグル巻きにされたガマスターをぶら下げながら、スッキリした様子のカマーさんがそう告げる。
何百回でも復活できると豪語していたガマスターだけど、カマーさんが身代わりにされていた魂をほとんど解放してしまったために、今は意識を失ってぐったりとしている。
さすがに魔王四天王だ、死霊王だとは言ってはいても、上位互換の存在存在である、『獄卒』を相手には分が悪すぎたみたいだったな。
「よろしくお願いします」
僕達が頭を下げると、『任せておいて!』と、カマーさんはドン!と胸を叩いてみせる。
『じゃあね、みんな。そのうち、冥界に来ることがあったら、また会いましょう』
そう言って手を振り、カマーさんはロロッサさんが構築した帰還ゲートを潜り抜けて、ガマスターを連行しながら冥界へと帰っていった。
でも、僕達が冥界に行くのって、死んだときって事だよね……?
うーん、しばらくは遠慮しておきたい。
「ふぅ……」
静けさが戻ってくると、誰ともなく吐き出した小さなため息の声が、妙に響く。
なんだか最後は全部持っていかれたような気もするけど、これにてアンデッド軍団襲撃事件は、一件落着だ。
遠巻きに様子を観ていたハンター達からも、今度こそ完全に終わったたと確信できたのか、談笑するような声が聞こえてくる。
「お疲れさまでした、アムール氏にディセル氏。あと、免許皆伝、おめでとうございますッス」
ロロッサさんが、労いとお祝いの言葉を僕達にかけてきた。
それを素直に受け取り、ロロッサさんもお疲れ様でしたも返すと、彼女は「ウチはほとんど何もしてないッス」と謙遜してくる。
でも、カマーさんを召喚した時点で、ものすごい功績だと思うんだよね。
あれは、ロロッサさんにしかできないだろうし。
「そ、そうッスかね……ウヘヘヘ……」
誉められたロロッサさんは、照れたようにモジモジしながら笑うけど、その姿がちょっと怖かった……。
「さぁ、そろそろ私達も街に戻りましょうかぁ」
お祖母ちゃんの言葉に皆が頷き、トコトコと街に向かって歩き始める。
「それしても、少し疲れたね」
「そうですね……ディセルさんはドラゴンゾンビ、僕は魔王四天王ですもんね」
割りとすんなり勝てたけど、思ったよりも消耗していたみたいで、今になって疲労感がのし掛かってきている。
早く街に戻って、ゆっくりと疲れを癒したいなぁ……。
「まぁ、大きな戦いの後は、派手に宴というのがハンターの相場だから、そこで食事をした後にゆっくりと休もう」
「そうですね!」
「あらぁ……残念だけどぉ、あーちゃん達はもう一仕事あるわよぉ」
え?何かあったっけ?
僕達が困惑していると、お祖母ちゃんはにこやかに、とんてもない事を口にする。
「だってほらぁ、みんなでバニーガール姿になって、宴の給仕をしようって、約束だったじゃない」
…………えぇぇぇっ!?
た、確かに、戦いの前にそんな事を言ってたけど、本当にやる気なのっ!?
「街のハンター達も、私達を狙ってきたガマスターとの戦いに巻き込まれたようなものなんだからぁ、それくらいの労いはしてあげなくちゃ、ね」
可愛らしくウインクなんかしてるけど……ああ、ダメだ。
これは、一度言い出したら絶対に譲らないモードに入っちゃった……。
「だ、だけどウチ達は、そんな衣装とか持ってないッスよ?」
「そ、それにボクは……男……なんだから、そんな衣装なんか着たらばれちゃうよ!」
「私は自前の耳と尻尾があるので、そういう衣装は無理があるかと……」
みんなからやんわりと否定する意見があがるけど、お祖母ちゃんはそれらを一切却下する!
「大丈夫よぉ!お姉ちゃんにまかせなさぁい!」
ドンと胸を張るお祖母ちゃんの姿に、正直、僕の胸中には不安しかなかった……。




