09 なんだか、昂ってきたよ
◆◆◆
「ドラゴンゾンビの単独撃破、か……ターミヤ先生からの試練は、常軌を逸するな」
愚痴るような感じで呟きながらも、私の内心は穏やかで冷静だった。
それだけ、自分の強さに自信が持てるようになったからだろう。
かつて、私を吸血鬼王に献上しようとして追ってきた兄達を、アムールが一蹴してみせた時から、私は彼に惹かれていた。
だから、同じパーティの仲間として……そして、ひとりの女として、彼と共にありたいと思っていたのだ。
しかし、アムールだけが勇者のパーティに誘われた時、私と彼の強さには大きな差があり、このままではいつか置いていかれてしまうと痛感させられた。
でも……今は違う!
偶然ではあったけれど、『剣聖』に師事して修行を積む事で、いくらかでもアムールの背中に追い付いたはずだ。
……まぁ、なぜか彼は可愛らしさがどんどん増して、女としての部分でも修行を積まなければならないと、少し焦りもしてるけど。
「フッ……」
そんな風にアムールの事を考えている内に、なんだか笑みがこぼれてくる。
そうか、これは先生からの試練でもあり、私がずっとアムールの隣にいるに相応しいと証明するためのテストでもあるのだ。
そう思えば……。
「なんだか、昂ってきたよ!」
威嚇にも似た笑みを浮かべている事を自覚しながら、私は『ニホントウ』の柄に手をかける。
それを合図にして、ドラゴンゾンビの巨体が、先手をとって動きだした!
前足を振り上げ、馬鹿げた質量差での踏みつけ!
単純で最も効果的なその攻撃を、普通ならば避けるのが正解なのだろう。
だがっ!
「異界抜刀術・旋」
スルリと鞘から抜き放たれた私の刃は、いとも容易く迫る巨竜の前足を両断する!
──異世界から来たという、ターミヤ先生の師でもあり、『抜刀術』の開祖であったその方は、試行錯誤の末にこの世界の稀少金属……オリハルコンやミスリルなどで、自分の世界に存在した『ニホントウ』を模して作った。
その結果、この世界の『ニホントウ』には魔力を乗せることで、斬撃に様々な性能を附与する技術ができたのだ。
それこそが、ターミヤ先生から直伝された、『異界抜刀術』の完成形!
ちなみに、今の一撃には魔力によって、『延びる斬撃』が附与していた。
両断され、左右に裂けた前足の残骸が、私の体を避けるように地面に落ちて溶けていく!
やはり、ゾンビだけあって生きているドラゴンよりも、遥かに脆いようだ。
「な、なんだあの剣はっ!?」
アムールと対峙しているガマスターが、驚愕の声をあげる。
まぁ、普通なら斬撃でドラゴンの足を切り飛ばすなんて真似はあり得ないのだから、無理もないけれど。
でも、いいのかな?
お前の眼前にいる少年に、そんな隙だらけの姿を晒して?
「うわあ!さすがです、ディセルさん!」
すると、死霊王の驚きの声に続いて、アムールの感嘆の声が届いた!
いや、君も戦いに集中しなきゃ!
まったく、あの子は……でも、彼からの賞賛の声は私の中の闘志に、
さらなる火をつける!
「さぁ、どんどんいこうか!」
片足を斬り飛ばした所で、アンデッドあるドラゴンゾンビは怯んだ様子もみせない。
ならば、本番はこれからだ。
『異界抜刀術』の様々な技を駆使して、斬り刻んであげよう!
◆◆◆
いくらゾンビとはいえ、あの質量を前に真正面から竜の足を一撃で斬り裂くなんて真似は、それこそ『聖剣の勇者』でもなければ、あり得ない。
そんな、常識はずれの攻撃を放ったディセルさんに、思わず僕もガマスターも目を奪われしまった。
ああ……でも、ディセルさんは初めて会った時からそうだったな。
父である王との確執から国を追放され、獣人族が肩身の狭くなる人間領に流れ着いたにも関わらず、彼女はいつも威風堂々としていた。
勇者様のパーティを追放され、こんな格好で自分を偽って地方で燻っていた僕には、そんな彼女がとても眩しく思えたんだ。
もしかしたら、パーティを組むことになった、あの時から僕はディセルさんに惹かれていたのかもしれない。
いや、確かに惹かれていたんだろう。
だから、後にギルドの認識証を贈った際、王族に贈る首輪の意味を知ってびっくりしたものだ。
そして、彼女がそれを受け入れてくれた事にも。
それからは、ひたすらディセルさんに相応しい男……まぁ、女装はしてるから、男らしくはないのかもしれないけど……。
と、とにかく!
彼女に相応しい男になるべく、鍛え上げてきたのだ!
……そう思ってきたのに、ディセルさんはまた凄い高みにいってしまう。
これじゃあ、彼女の隣に並び立つにはもっと頑張らなきゃならないな。
本当、凄い女性だよディセルさんは。
彼女の事を考えていたら、自分でも知らない間に笑みが溢れていたようだ。
それを嘲笑ととったのか、僕の方を向いたガマスターが、不機嫌そうに顔をしかめる。
まぁ、ほぼ骸骨だから、そんな雰囲気があった気がしただけなんだけど。
「フン……味方が強いのが自慢のようだが、お前のような小娘がひとりで、ワシに勝てるつもりか!」
ガマスターの体から、黒い魔力が沸き上がる!
それと同時に、やつの足元の草などがみるみる枯れていった。
「死を司るワシの暗黒魔法で、貴様ら全員、屍の奴隷となるがいい!」
ガマスターが叫ぶと同時に、漆黒の魔力が波となって僕に襲いかかってくる!
だけどっ……!
「無属性魔法!」
魔法として構築しない、ただ持ち前の魔力を放つ無詠唱にして無属性の魔法が、ガマスターの黒い魔法を吹き飛ばした!
「なにっ!?」
驚愕して隙ができた死霊王に、僕はひそかに構築していた次の魔法を発動させる!
「連続速射炎魔法!」
僕の手のひらから、連続で放たれた小石ほどの火球が、呆然としていたガマスターを撃ち抜いていく!
「ぬっ!ぐうっ!」
しかし、アンデッドの弱点属性である炎魔法の攻撃を、ガマスターは辛うじて受けきってみせた!
むぅ、かなり分厚い魔力障壁を纏っているみたいだ……さすが、腐っても魔王四天王ということか。
「こ、小娘……貴様、すべてを飲み込むワシの暗黒魔法を、どうやって防いだというのだ……」
ギリッと歯軋りしながら、ガマスターは僕を睨み付ける。
僕は詳しく知らなかったけれど、ガマスターの魔法は相殺や防御などができないタイプの魔法なのか。
後ろでお祖母ちゃんが「私は知ってたけどね!」って顔をしてるけど、それなら教えてくれればいいのに……。
でも、そんな初見殺しの魔法に対して、単純に魔力を叩きつけるだけ僕の『無属性魔法』は、奇しくも天敵だったようだ。
「お、おのれぇ!」
吼えたガマスターが、再び暗黒魔法で僕を襲う!
しかし、先程の光景を再現するように、またも無属性魔法でそれを蹴散らした!
「な、なぜだ!このワシの魔法がっ!」
盾にも矛にもなるアンデッドの兵に、高い魔力からなる防御不能の暗黒魔法。
確かに魔王四天王に相応しい、無敵っぷりだ。
だけど、そこに満足して研鑽をおろそかにした、その傲慢さが運のつき!
愛する人のために鍛練を怠らず、お祖母ちゃんの地獄の特訓にも耐えた僕の成果を見せてやるっ!
「これで決める!」
僕は内なる魔力を最大限に練り上げ、それを解き放った!
◆◆◆
「異界抜刀術・旋嵐!」
「無属性大渦魔法!」
ディセルとアムールの声が重なるようにして、それぞれの相手に必殺の攻撃が放たれる!
目にも止まらぬスピードで、延びる斬撃による連続攻撃が、ドラゴンゾンビを寸断していき、巨大な螺旋状の渦となった魔力の塊が、死霊王の魔法防御を引き裂いて本体を飲み込んだ!
「グアァァァァァッ!」
断末魔の悲鳴と共に、粉々に砕け散るドラゴンゾンビとガマスター!
──やがて二人の攻撃の余波が収まった時、それぞれが相手にしていたアンデッドの姿は、跡形もなく消滅していた。
さらに、アムール達の後方からも歓声が上がる。
どうやら、ガマスターが発生させたアンデッドの軍勢が崩壊しているようだった。
死者達の主であるガマスターが倒されので、魔力の供給が失われたためだろう。
『見事だ、ディセル!』
「やったわねぇ!すごかったわよ、あーちゃん!」
師であるターミヤとカルノから賞賛の声を受け、ディセルとアムールの胸中にも勝利の実感が沸き上がってくる。
(アムール……)
(ディセルさん……)
そして、二人はお互いが最も大切に想う相手の無事を確認しするために、顔を向け合い、視線を絡ませた。
ディセルとアムールは 二人だけの世界で見つめ合う。
やがて、どちらからともなく駆け出した若い男女は、お互いの勝利を祝うように周囲に憚る事なく、情熱的で熱い抱擁を交わしていた。




