03 久しぶりよねぇ
あの歪んだ悪霊を無事に退治する事ができた僕達は、ギルドから正式に屋敷を借り受ける事ができた。
僕達『レギーナ・レグルス』の経歴に新たな一ページが追加され、ネッサさんからも「さすが、死霊魔術系のエキスパートが参入すると違いますね」と、評価も上がっていた気がする。
「うう……なんか、ウチが過大に評価されてた気がして、ちょっと心苦しいッス……」
面倒な悪霊が相手だった事もあり、報告書以上にギルドからはロロッサさんが活躍したと思われたフシがあった。
けど、実際に彼女(というか、ターミヤさん)の一言が決め手になったような物だし、そこは素直に受けてもいいと思うんだけどな。
まぁ、恐縮する彼女には申し訳ないけど、真相が話せない以上、ギルドにはそのまま誤解しておいてもらった方が都合がいいだろう。
「だけど、まさかほぼタダ同然の家賃で入れる事になったのは、ラッキーだったね」
「そうですね」
ディセルさんの言葉に、僕も頷く。
ギルドとしては、ヤバい物件を僕達みたいな上位チームの名前で上書きできるし、チームとしての拠点を移される心配も減るから、良いことずくめなんだろう。
実際、僕達もありがたい。
「さて、それじゃあ引っ越しを始めましょうか」
住み慣れた借宿の部屋から、様々な荷物を荷台車に積み込み、新居まで移動する。
途中で、これも修行の一貫と笑うディセルさんとターミヤさんや、身体強化魔法が使える僕と違い、体力に乏しいロロッサさんは早々にリタイアしてリズさんのお世話になったりもしたけれど、三往復ほどしてつつがなく引っ越しは終了した。
後は、たくさんある部屋の中から、各自で好きな場所を選んでもらえばいい。
そんな忙しく動いていた中でも、できるゴーストメイドであるリズさんは、ロロッサさんのお世話をしながら引っ越し祝いのごちそうを用意してくれていた。
本当、いつの間に……。
今後も、できれば彼女にこの屋敷の様々な仕事をお任せしたくお願いしてみると、リズさんは嬉しそうに力こぶを作るようなポーズをとった。
「めっちゃやる気ッス。リズ氏は、家事をするのが生き甲斐ッスからね」
幽霊の生き甲斐というのもよくわからないけど、引き受けてくれたならなにより。
やがて食事も終り、就寝するためにバラけたその日の夜……ディセルさんは、当然のように僕と同じ部屋に自分の荷物を持ち込んでいた。
「あ、あの……ディセルさん?」
「ん?」
「どうして、この部屋に?」
「んもう、忘れたのかいアムール?」
え?何を……?
「私が一緒にいるのは、君の女装がばれないように香りを移すためでもあるじゃないか」
「あ……」
そういえば、獣人族みたいに嗅覚のすぐれた人達への対策だったっけ……。
「新しい場所に来たんだから、ちゃんと一からマーキングしないとね」
な、なるほど。
もうすでに、僕の私物のほとんどはディセルさんの香りが移っていたから、失念していた。
「ちなみに、この屋敷にはお風呂も備えられているそうだから、これからは人目を気にせず全身の隅々にまで匂いを移そうね……♥」
そ、そこまでしなくても……とは思うけど、ディセルさんは補食動物の目で僕を見つめている。
ああ……これから、さらに彼女に染められてしまうのだろか……。
これからの生活に対する、ほんの少しの怖さとわずかな期待感が、僕の胸中で渦巻いていた。
◆
そうして引っ越しが完了してから数日が経ち、ようやく新居に馴れた僕達の日常も落ち着いてきた。
ここの所、ディセルさんはターミヤさんと『領域』を使った修行を行い、メキメキと強くなっているようだ。
さらに、実際に体を使った『抜刀術』の型なども教わっており、ターミヤさん曰く、『剣聖』の後継者として順調に成長しているらしい。
『どんなに体勢を崩しても、絶対に崩れない芯を体の中に作れ!』
『意図的に体勢を崩す事で、その勢いも利用するんだ!』
『おっぱいを揺らせ、おっぱいを!その反動すら剣速に乗せろ!』
……なんとも感覚的で、ややセクハラじみてる気もする。
けど、当のディセルさんはすごくやる気を出していて、飲み込みも早いそうだから問題はないのだろう。
でも……それに比べて僕の方はといえば、思ったような成果は出ておらず、なんだか延びや悩んでいた。
日々、瞑想や様々な魔法の組み合わせなんかの構想を練ったりと、努力はしている。
魔力の総量なんかは、徐々に上がっている実感もあるんだけど……ディセルさんの成長からすれば微々たるような気がして、なんだか落ち着かない。
それに、苦手な分野……特に回復魔法の類いについてはあまり上達していない事も、焦りに拍車をかけていた。
やっぱり、回復魔法が得意な人に教えてもらうのが一番なんだろうか……。
でも、この街のハンターを含めた回復魔法の使い手は、神官系が多い。
神の奇跡で癒しを施す彼等と、自分の魔力で回復を促す僕達の魔法は、似て非なる物であまり参考にならないんだよなぁ……。
そんな風に、なんだかモヤモヤした物を抱えながら過ごしていた、ある日の事……。
ゴン!ゴン!と、家の玄関に備え付けてあった、来客を知らせる金属の呼び出し飾りが叩かれる音が響いた。
いつもならリズさんが対応する所なんだけど、彼女はいま屋敷の奥にいるようだったから、たまたま近くにいた僕が代わりに玄関に向かう。
「はぁーい、どなたですか?」
声をかけて、玄関の扉を開いた瞬間。
「うあぁぁぁぁぁっ!」
そこに立っていた思わぬ人物の姿に、僕は悲鳴をあげながら腰を抜かしてしまった!
◆◆◆
突然に聞こえた、アムールの悲鳴!
それが何事かと思う前に、私の体は彼の元へと駆け出していた!
声のした方向……玄関の方へ向かうと、アムールがへたり込んでいる姿が視界に入る!
「アムール!しっかり!」
私は急ぎ彼を抱きかかえると、どこかに怪我や異常はないか、クンクンと匂いを嗅いだり、スリスリと頬擦りしたり、ペロペロと首筋を舐めたり、ハムハムと耳たぶを甘噛みしたり、ペタペタと全身をまさぐって確かめた!
すると、アムールからは「あぁん♥」と「ひゃうん♥」とかいった、可愛いリアクションしか返って来なかったから、異常は無さそうだ!
よし!
「……あらあら、随分と仲良しさんなのねぇ」
彼の安否確認をしているうちに、キスしたくなってそちらに意識が向いていた私は、そこで初めてこの場にいるもう一人に気づく。
いや……正確には、気づいていたけどアムール優先だったので、視界に入っていなかっただけだが。
私達を見下ろす、謎の女性。
見たところ、私よりも少し歳上……二十代半ばといったところか?
幅の広いつばの長帽子に、鮮やかな装飾の施されているゆったりとしたローブを纏い、不思議な作りの杖を手にしている。
雰囲気と気配から、歴戦の魔法使いなのだろうと推測はついたけれど、眼鏡の奥に光る知的な瞳の輝きには、どこかで見たような既視感を覚えた。
この女性は……?
「うっ……」
私の腕の中でアムールが呻き、ハッと我にかえる。
「アムール!大丈夫なのかい!?」
「は、はい……驚かせて、すいません」
「ううん、平気ならよかった……」
心底ホッとして、私は彼をギュッと抱きしめた。
「ディ、ディセルさん!ちょっと待ってください!」
慌てるようなアムールの声。そうだった、まだ謎の人物がこの場にいるんだった!
警戒する私達を、彼女は微笑みながら見つめている。
敵……では無さそうでだけど、いったい……。
その時、アムールは私の前に出て、謎の女性に頭を下げた。
「お……お久しぶりです……お祖母ちゃん……」
…………理解するまで、少しかかったけど……お祖母ちゃん?
いま、この二十代半ばくらいにしか見えない人を、お祖母ちゃんって言った?
「そうねぇ。久しぶりよねぇ、あーちゃん♥」
驚愕で目を見開く私の前で、アムールの祖母(?)はにこやかに小さく手を振った。




